現場ドキュメント: 2010年9月アーカイブ

  • 「自ら課題を発見し、その課題解決に向け、周囲をリードしながら主体的に行動できる人財」。今、多くの企業がそんな"自律型人財"を求めています。どうすればそのような社員が育つのか。ヒントを求めて、現場で活躍する若手リーダーを訪ね、成長の軌跡を伺いました(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)

    シリーズ──「自律型の人財」の成長プロセスとは (第ニ回-後編)

     

    株式会社東急コミュニティー
    人事部企画課・TCビジネスカレッジ
    伊藤憲治さん(32歳)

    伊藤さんは、マンション・ビル管理大手の東急コミュニティーで、全社的な風土改革プロジェクトの事務局を務め、人事制度の設計や企業内大学「東急コミュニティービジネスカレッジ」の企画・運営も担う、人事の中核的な存在。会社のあるべき姿を目指すために、人事は何をすべきかを常に考えていると、伊藤さんはいいます。その広い視野や課題に向かう行動力はどのようにして育まれたのか、お話を伺いました。

  • いとう・けんじ

    1978年生まれ。大学卒業後、東急コミュニティーに入社。ビル・アパート経営部で、ビル経営のコンサルタントを4年経験し、資産マネジメント部での営業を経て、入社5年目に人事部企画に異動。課長の次のポジションとして、風土改革や人財育成にあたる。

    株式会社東急コミュニティー http://www.tokyu-com.co.jp/

    マンション・ビル管理を中心に、賃貸運営業務や建物の維持保全工事など、プロパティマネジメントに関わるサービスを幅広く手がける。設立/1970年、資本金/16億5,380万円、従業員数/7,914名(2010年3月末日現在)、売上高/1,120億円(2010年3月期)

  • 経営者や上司の教えが、仕事観の礎となる

    伊藤(OBT) 風土改革プロジェクトに参加され、全社的な視野で考えるご経験をされて(前編参照)、伊藤さんのものの見方や考え方は、大きく変わりましたか。

    伊藤 そうですね。でもその翌年、入社6年目のときに、自分の考えの至らなさを痛感する体験をしました。私は、入社5年目にビル運営コンサルタントから営業に異動し、その半年後に現部署である人事部に異動になりました。風土改革プロジェクトの答申から3カ月後のことです。

    そこで取り組んだことの1つに、企業内大学"東急コミュニティービジネスカレッジ(以下TCBC)"の開設があります。これは、階層型の研修に選抜型や公募型を組み込んだ教育体系で、組織を活性化し、競争力を強化することが狙いです。その中のプログラムの一つ、「次世代経営者養成コース」の運営案を社長に報告したところ4日連続で怒られ、大撃沈する事態になってしまったんです。

    伊藤(OBT) 何が問題だったのですか。

    伊藤 まず1日目は私が一人で社長室に行って、選抜メンバーのリストを報告したところ、「なぜこの人選なのか」と。しどろもどろの私に、社長はさらに「そもそも、"経営者"という言葉の意味がわかっているのか」と。再報告を命じられました。そこで、翌日は係長と私の2人で社長のもとに行き、改めて人選の基準を報告したら、今度は「定員は、なぜこの人数なのか」と。その場では答えられずにいったん持ち帰り、3日目は課長、係長、私の3人で行って定員の根拠を説明したところ、また違うダメ出しを受けて。4日目は部長、課長、係長、私の4人で行ったのですが、それでも納得いただけず、その翌日から社長は1週間の夏期休暇。休暇が明けた月曜日が、「次世代経営者養成コース」のキックオフという、窮地に陥ってしまいました。

       

    その1週間は、私は夏休みどころではなく、社長が何を指摘するかを頭の中でシミュレーションしながら、「次世代経営者養成コース」の運営案を練りに練って。長期的な視点や柔軟性も織り交ぜた、どこから突かれても問題のないプランをつくることができたんです。妥協せずにやっていくうちに、プランがきれいな、完璧なものになっていくんですね。それがわかってくると、社長は単に私を怒っていたのではないということも理解できるようになりましたし、私自身もつくり上げたという実感を持つことができました。

    伊藤(OBT) どのあたりで、そういったことを理解されたのですか。

    伊藤 渦中は走り続けるしかありませんでしたから、当時はわかりませんでした。ただ、社長が何を指摘してくるかを一人で問答したり、先輩や上司に社長役になってもらってシミュレーションをしました。そういった作業を通して、トップがどんな人柄で何を考えているのかを理解していったように思います。

    伊藤(OBT) 熟考を重ねることで、経営者の視点を疑似体験されたのですね。そのご経験によって、伊藤さんの視点はどのように変わりましたか。

    伊藤 疑似体験といってもほんの一側面にすぎませんが、論理的に、多面的に、絶えず情報をキャッチして、考えるようになりました。経営環境は刻一刻と変化しますから、世の中の動きをよく見て、当社が社会に適応するためには何が必要かを多面的に考え、思考のストックを持つようになりました。

    この話には後日談があって、3年後に会長(当時の社長)のノートを見せていただく機会があったんです。ノートには「アジア情勢」や「○○事業部」といったタグがつけられていて、社内外の問題が整理されていました。

    それまでは、会長は勉強しなくても勉強ができる人というか、思いつきで指示を出しているのかと思っていたんです。私とは次元の違う方だ、と。ところが違った。努力の方だったんです。指示はすべて、課題を先読みして、手を打たなければならない問題を整理したうえでのもの。熟考されたうえでのアウトプットだったんです。

    聞けば、会長は課長のころからこういったノートをつけているそうです。それを知ってからは、私も会長と同じノートを買って、ノートをつけるようにしています。私の場合は「マネジメント」や「業務改善」といったフレームになりますが、会長の姿勢を見習って、管理職になる前にちゃんと勉強しておこうと思いました。

    伊藤(OBT) 経営者の言動の背景にどのような思考があるのか。そこに関心が持てるかどうかで、学びの量や質が変わってきますね。

    伊藤 社長だけでなく、ビル運営コンサルタント時の直属の部長や課長からも多くを学びました。部長の教えで心に残っているのは、"金平糖理論"です。「金平糖はデコボコがあるから積み上げられるが、丸いボールは積むことができない。組織もそれと同じで、人には長所も短所もあるのだから、それを削って丸いボールにしてはいけない。いいところを伸ばすことが大切だ」と。実際、部長は、すべての人を許容するような方でしたから、いろいろな社員が近づいてくるんです。そうやって多様な人財を集めて働きやすい環境を整備することが、部長の仕事だと考えておられたのではないかと思います。

    また、思い出深い言葉としては、「価値ありと思うところに価値あり」という教えです。業務報告の際に必ず問われる「その仕事は、どこに価値があるのか」という問答。この問いに、自信を持って「ここに価値があります、意味があります」と説明できないと社内で通用しないのだから、社外(お客様)に対してだって提案(工事提案等)出来るはずがないということです。これは言うほど易しくなく、自分で文字通り良く考え、自分なりの考え・物の見方を確立していかないといけないので良い訓練になりました。

    またビル運営コンサルタント時の課長に言われたのは、「評価は与えられるものではない。勝ち取るものだ」ということ。「若いうちには、汗かき、恥かき、物かきであれ」とも言われました。「汗かき」は現場へ頻繁に足を運び大事にせよ、「恥かき」はわからないことがあれば若いうちに聞けという教え。「物かき」は記憶はあてにならないから、記録(メモ等)をしっかり取れということです。

    こういった一つひとつの教えが、最初は"点"だったのですが、2億円の訴訟のようにキャパシティを超える課題にぶつかると(前編参照)、脳細胞のシナプスと同じで、ある時パーッと繋がったんです。

    伊藤(OBT) 人の能力は、仕事の経験や出会いを通じて獲得されるものですが、まさに、伊藤さんにとっても出会いや経験は大きなものだったのですね。

    伊藤  その通りですね。人との出会いや仕事への取り組みが、私のキャリア形成に大きな影響を与えたと思います。

    人財の可能性を信じ、"種"に水をまき続ける

    伊藤(OBT) 伊藤さんは現在、人事として風土改革(前編参照)や社員教育の事務局を務めておられます。風土改革の手応えはいかがですか。

    伊藤  私の入社当時よりは、ずいぶん変わってきていると実感しています。人事制度を改定し、企業内大学を立ち上げるなど、改革の実績もできてきました。また、「こんなことを言ってもムダ」といった閉塞感がなくなり、一部義務感もありますが「風土改革に取り組むことは当たり前」というムードが定着しています。まだまだ道半ばですが、現在の取り組みを継続し、社員の能力アップと組織の活性化につながればと思います。中には、会社は変わっていないという人もいますが、路傍のタンポポを見るように変化は注意深く見ようとしないと、見られないもだと思っています。

    伊藤(OBT) 人財を育てるためには、組織はどうあるべきでしょう。

    伊藤 最近、私は「リングとチェーンの理論」というものを考案しました。風鈴のように吊るされた円錐が"組織"だと想像してください。底辺や、底辺と並行の面が"同期の輪"、中央の縦の赤いラインが経営陣をトップとした組織の階層です。斜めの辺はチェーン(鎖)のように柔軟なもので、全社のプロジェクト活動やTCBCの選抜型のプログラムといった、部署や階層を超えて社員がつながる場を表しています。

    世の中は変化していますから、組織の円錐も、風鈴が風に吹かれるように右に左にと揺れる。けれども、トップを起点にベクトルが揃い、同期の輪や組織を超えた人のつながりができている組織は、風に吹かれても強いはずです。

    伊藤(OBT) 起点がぶれず、縦・横・斜めの人のつながりがあることがポイントですね。

    伊藤 そうです。ガチガチの組織では、これからの環境の変化に弱いと思います。そうではなく、リングでしっかりとつながっていながらも、チェーン(鎖)のように、ぐにゃぐにゃと耐久しながらも続く。そんな強固な組織をつくりたいと思っています。

    伊藤(OBT)そういった組織で活躍する"自律型人財"を育てるには、どうすればよいでしょうか。

    伊藤 "主食"と"サプリメント"を提供し続けることだと思います。"主食"とは通常業務やプロジェクト活動を通して得られる経験や出会いのこと。仕事が"主食"になるためには、上司は部下にどう育ってほしいかを考えたうえで仕事を与える必要があります。"サプリメント"は研修や社外のセミナー。こういった刺激も大切ですが、あくまでも"主食"がしっかり摂れていることが前提です。

    とはいえ、全員がすぐに"自律型"になるわけではないと思いますが、誰でもその可能性は持っています。人それぞれに、スイッチは必ずあるはずです。ただ、何がスイッチかはわからないし、いつスイッチが入るかもわかりませんが、 "主食"と"サプリメント"を提供し続ける。種には絶えず水を与え続けることが大切だと思います。

    伊藤(OBT) なぜ、そういった考えに至られたのでしょうか。

    伊藤 5年後や10年後に当社が理想の会社になっていればいいな、と。これが、私の思いです。けれども、5年間、ただ我慢していても何も変わりません。まずは自分が石を積めば、いろいろなことがきっといい方向に変わっていくだろうなと思っているんです。私としては、少なくとも「あのとき、ああ言えばよかった」とか、「諦めないでやればよかった」と、後悔することだけはしたくないと思います。

    伊藤(OBT) 社員のスイッチを入れようともしない企業、入れかけてもすぐにあきらめてしまう企業も少なくありません。理想の会社を実現するために人財を育てるという意志を持ち、可能性を信じ続けることが大切なのですね。貴重なお話をありがとうございました。

インタビュー後記


人はどのようにして育つのか


昨今は、就職活動を始めたばかりの学生に、本人がどのような仕事に向いているのかといった"将来のキャリアを考える適性テスト"なる代物を提供している"人材採用会社"があると聞いているが、採用という仕事に携わるプロとしてはあるまじき行為といえる。
正式な仕事体験が無い人間に、何をもってして適性・不適正と答えを出すのか、そのレベルの低さは滑稽としか言いようがない。
いずれにしても、商売に走っているのか、或いは全く本質が分かっていないのかであろうが。

もともと備わっている適性とか潜在能力があって、それにジャストフィットする職業を探すという順番ではない。
まず仕事をする。
仕事をしているうちに、自分の中にどんな適性や潜在能力があったのかが次第にわかってくる。
仕事というものはそういうものである。
採用のプロとして社会人経験の無い若者に教えるべきは、このような順序の大切さではないだろうか。

事実、このインタビューに登場する伊藤さんも、何も深い関心があって東急コミュニティ-に入社したわけではなく、入社後にたまたま,ご本人が携わった仕事、そこでの様々な体験と上司を含めた人との出会いが現在のご本人の形成につながっているといえる。

全く同じ仕事をしてきても、10年も経つと大きな差が生じるのは、担当する仕事からどれだけのものを吸収してきたかという吸収力の違いが、非常に大きいし、これは個人差が非常に激しいといえる。
何故ならば、 "この仕事をする中で自分はここから何を学ぶか""この仕事を通じて何を得るのか"ということを日々意識して取り組んでいる人とそうでない人ではある時間経過した後、大きな差となってしまう。

能力をつけるのに、本やパンフレットに書いてあるようなものすごい秘策なんてあるわけはなく、毎日毎日の仕事に対する取り組み方、判断、対応等をいい加減にせず、徹底して取り組む、突き詰めていくという意識や姿勢等の積み重ねがやがて必ず大きな力となって成果に結実していく。

得られるものの大きさは、そのことにかけた時間に比例するということである。
かけた時間と同じ見返りしかないということが、世の中であるということに若い内から早く気がついていた方がいいのである。
伊藤さんも訴訟や風土改革プロジェクト等、そして、ビジネスカレッジの立ち上げや運営等の経験を通して "真摯な取り組みが周りに影響を与えていく"といった"仕事への向き合い方の大切さ"を学習されたと言われている。

また、育ち方を決める要件として、対人関係のパターンも重要である。
自分とは違うタイプの人間を退けず、積極的に交わる。
どんな人かよくわからない段階でもまず前向きに信じてみようとする。
そうした対人関係のパターンをもっていると、他人はその人に近づきやすくなる。
いわゆる、「あの人は懐が深い」といった表現で評されるになる。
その懐の深さが、器量を感じさせる。
一般的には苦手意識や何となく合わない人がいて、コミュニケーションがどうしても消極的になってしまうのが世の常である。

今回の伊藤さんの持っている大変優れた能力のひとつが対人関係構築能力である。 自分の仕事の枠を超えてどのような相手でも自ら積極的にコミュニケーションをとろうと努める。
何時も同じ顔ぶれとばかり付き合っていると新しい情報は入ってこない自分自身の世界を確立せずに、直接の仕事以外のネットワークを持つことで異質な情報や知識を習得しうる。
伊藤さんのこのような姿勢は、やがてご本人のネットワークとなり、必ずや新しい価値の創造やイノベーションにつながっていくと思われる。

最後に「仕事は自分が定義する」ということであろう。
自分がやるべきことを与えられた仕事や担当する範囲内だけで捉えずに、より広く、より柔軟に考えて、そして、関係する各組織の領域を意識して侵食し合うこと等が極めて重要なのである。
自分の仕事を狭い枠に閉じ込めず全体最適やあるべき姿に到達させるためには、これを逸脱、担当外の業務へも侵害していくことにより、視点の転換が起こり新しいものが獲得しうる。
伊藤さんの例で言えば、理想の会社を作るためにご本人の担当業務を超えて縦に横に関わっていくというプロセスがご本人の成長に大きくプラスに作用していくものと考えられる。

すなわち、自分でどこまでを仕事とするか決めることにより、人との関わり方、仕事に対しての向き合い方は自然と変わっていく。それが自律型人財への第一歩なのではないだろうか。

On the Business Training 協会  及川 昭
  • 「自ら課題を発見し、その課題解決に向け、周囲をリードしながら主体的に行動できる人財」。今、多くの企業がそんな"自律型人財"を求めています。どうすればそのような社員が育つのか。ヒントを求めて、現場で活躍する若手リーダーを訪ね、成長の軌跡を伺いました(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)

    シリーズ──「自律型の人財」の成長プロセスとは (第ニ回-前編)

     

    株式会社東急コミュニティー
    人事部企画課・TCビジネスカレッジ
    伊藤憲治さん(32歳)

    伊藤さんは、マンション・ビル管理大手の東急コミュニティーで、全社的な風土改革プロジェクトの事務局を務め、人事制度の設計や企業内大学「東急コミュニティービジネスカレッジ」の企画・運営も担う、人事の中核的な存在。会社のあるべき姿を目指すために、人事は何をすべきかを常に考えていると、伊藤さんはいいます。その広い視野や課題に向かう行動力はどのようにして育まれたのか、お話を伺いました。

  • いとう・けんじ

    1978年生まれ。大学卒業後、東急コミュニティーに入社。ビル・アパート経営部で、ビル経営のコンサルタントを4年経験し、資産マネジメント部での営業を経て、入社5年目に人事部企画に異動。課長の次のポジションとして、風土改革や人財育成にあたる。

    株式会社東急コミュニティー http://www.tokyu-com.co.jp/

    マンション・ビル管理を中心に、賃貸運営業務や建物の維持保全工事など、プロパティマネジメントに関わるサービスを幅広く手がける。設立/1970年、資本金/16億5,380万円、従業員数/7,914名(2010年3月末日現在)、売上高/1,120億円(2010年3月期)

  • 入社3年目に"2億円の訴訟"に参画。修羅場で仕事に向き合う姿勢を学ぶ

    伊藤(OBT) 伊藤さんは、ビル運営のコンサルタントを経て、営業、人事と、多彩なキャリアを積んでおられます。そもそも、どのような入社動機で就職先に東急コミュニティーを選ばれたのでしょうか。

    伊藤 就職活動をしていた当時、私は転勤のない仕事を希望していまして、東急グループなら東急電鉄の沿線以外に行くことはないだろうと思ったのが一番の動機です。実際には、当社は全国展開していますから、転勤もあります。内定後にそれを知ったときには、慌てました(笑)。

    伊藤(OBT) ビルやマンションの管理といったご事業への興味もおありだったのでしょうか。

    伊藤 いいえ、ありませんでした(笑)。当時は就職氷河期でしたので、採用していただいた恩を会社に返そうという思いはありましたが、それは「早く一人前になろう」という、担当業務に対しての意識。組織全体の課題を考えている今とは、視点がまったく違います。いろいろな仕事を経験し、上司や同僚との出会いがあって今の私があるわけで、そう考えると人というのは変わるものだなと、我ながら思います。

    伊藤(OBT) どのようなご経験や出会いが、伊藤さんに影響を与えたのでしょうか。

    伊藤 最初に大きな影響を受けたのは、入社3年目に担当した敷金返還訴訟案件の対応です。当社が一棟借りしていたある商業ビルで、賃貸借契約の解約をオーナーに申し入れたところ、テナント店舗の原状回復費用の負担について見解の違いがあり、敷金の返還を拒否されたんです。その額約2億円。莫大な金額でした。前任の係長が異動になり、急きょ私が引き継ぐことになって。入社3年目にして係長級の案件を担当することになったんです。

    伊藤(OBT) 任されたときは、どんなお気持ちでしたか。

    伊藤  10年間続いた賃貸借契約が打ち切られるときに起きた問題でしたから、たまたま関わることになった私が、なぜこんな責任を負わなくてはいけないのかと思いました。ただ、当時の私はいわゆる"面従腹背"で、上司の指示が違うと思っても黙って言われた通りにやるタイプ。訴訟案件でも課長の指示通りに動いていたら、ある時、当時の課長から、「そんな姿勢で、この問題が解決すると思うのか」と、怒鳴られたんです。思わず、「私だって大変なんです」と言い返して、怒鳴り合ったことを覚えていますが(笑)、今思えば課長は、自分の意思で仕事をしていない私の姿勢を指摘してくれたんですね。

    伊藤(OBT) そのお言葉で、伊藤さんの仕事に対する姿勢は変わりましたか。

    伊藤 裁判に勝つために、課長と本音の打ち合わせを重ねて二人三脚で動くようになり、課長との信頼関係が深まりました。自分の責任逃れも考えなくなりました。そんなことを気にするよりも、目の前の物事に真摯に向き合う方が、仕事も人も動かすことができる。それを実感しました。

    伊藤(OBT)訴訟の実務からは、どのようなことを学ばれたのですか。

    伊藤 仕事への姿勢、仕事の進め方...もう、すべてです。シナリオを、「向こうがこうきたら、こちらはこう出よう」と何通りも考える。関係者の複雑な利害を読み解き、論理と人情の両面から攻める。対抗するための論拠も、ハッキリと存在するものばかりではありませんから、創意工夫をして見つけ出さなくてはいけません。

    また、弁護士の先生には、現状をすべて正確に知らせる必要もあります。私から見れば大したことではない事象も、法曹にとってはとても大事な情報だという場合もあるんです。当たり前といえば当たり前のことですが、弁護士・社内参画メンバー間で非常に高い次元で情報を完璧に共有しなくてはいけない。どれも、弁護士の先生から学んだことです。

    妥協のない高度な仕事で、プロフェッショナルとはこういう人のことをいうのだと驚きました。その先生は業界でも権威の方で、そういった先生と若いうちに接することが出来たことは大きかったです。結果的には、3カ月後に和解となり、内容としては当社の主張がほぼ認められるかたちとなりました。入社3年目というタイミングでこういう体験ができたことは非常によかったと思います。

    伊藤(OBT) 3年目という、この時期にキャパシティを大きく超える仕事を任され、やり遂げるという成功体験を積んだことが転機になったのですね。

    伊藤 そうですね。私が今、新入社員育成で考えていることでもありますが、3年目くらいまでは、自律を求めないほうがいいと思います。基礎がないのに自律させようとすると、足場がないから転んでしまうんです。仕事はスポーツと同じで、"型"を学ぶことから入った方がいい。私自身も、入社後の3年間は下積期間でみっちりと基礎を学び、その上に成果が華開いてきたように思います。

    社内プロジェクトで"斜めの人間関係"から大きな刺激を受ける

    伊藤 2004年、入社4年目からは全社的な風土改革プロジェクトに参加し、視野が大きく広がる体験をしました。当時の当社は組織の風通しが悪く、経営陣がそのことに問題意識を持って、風土改革のプロジェクトチームを社内で立ちあげたんです。まずは2004年に若手のプロジェクトがスタートし、2005年に部門長と管理職のプロジェクトチームがそれぞれ立ちあがるといったステップで、改革を進めていきました。

    伊藤(OBT)  選ばれたときは、どんなお気持ちでしたか。

    伊藤 未知の案件に取り組める喜びに、とてもわくわくしました。私は職場に同期がおらず、先輩も年が離れた方が多かったので、世代が近い仲間と出会えることも楽しみでした。プロジェクトのミーティングでは、職責や職位、部署のしがらみもなく、ただ純粋に会社の将来を考えて、朝から夜中まで語り合って。親密なつき合いができました。

    伊藤(OBT)部署が違えば、視点も異なるのではないかと思います。このプロジェクトは、伊藤さんにとってどのようなご経験になったのでしょうか。

    伊藤 全社的な視野で考えることが少しずつできるようになり、物事を多面的に見られるようになりました。同じ現状も、立場が違うと見え方が違ってくる。自分の見方が正しいわけでありませんから、「こういう立場から見るとこうなんだな」と、立ち位置がパッと変えられるようになったんです。

    さらに、「自分が、自分が」と、我先にとゴールに向かうのではなく、前で発表する人、後方でドキュメントをまとめる人という風に、それぞれの得意なことを活かした仕事の割り振りを考える必要がある。人の強みや弱みがわかるようになり、チームのパフォーマンスを高めるにはどうすべきかを考えるようになったということも、学んだことの一つです。

    伊藤(OBT) 通常の職掌分担とは異なる組織横断プロジェクトは、マネジメントを疑似体験する場にもなるのですね。

    伊藤  そうですね。私は24人いたメンバーの中で二番目に若かったのですが、先輩たちに遠慮はしていられませんから、「こういう案をまとめてみました。どうでしょうか」と、たたき台を作成したうえで主要メンバーに事前に案を見せてちゃんと根回しもして、まとめていきました。これには、さきほどお話した訴訟での経験も活きました。訴訟で学んだのは、何事もたたき台を持つことが大切だということ。ゼロには何をかけてもゼロですが、たたき台があればそれに積み上げていけますから。

    伊藤(OBT) 何が伊藤さんをそこまでやる気にさせたのですか。

    伊藤 訴訟の経験で、やるからには真摯に向き合うという姿勢が、私の中にできあがっていたのだと思います。プロジェクトでは7カ月後に、経営陣への答申が予定されていました。経営に意見を述べるので、職を失うような覚悟が必要だと思いました。でも、プロジェクトで議論する中で、組織や風土が抱える問題点が見えてきていましたし、事実を明らかにして正義を問うことの大切さも徐々にわかってきて。やるならみっともない発表はしたくないと、覚悟を決めたんです。

    伊藤(OBT) どのような答申をされたのですか。

    伊藤 当時の当社の現状として、社会、顧客、社員に対する「3つのミスマッチ」が起こっていました。マーケットの変化に対応しきれておらず、上司や経営者が現場に顔を出さないため、社内ではコミュニケーション不全が起こっていたんです。その解決に向けて、商品開発委員会の設置やクロスファンクショナルチームの導入、評価制度の見直しなど、さまざまな施策を提案しました。

    そうしたら、社長から「いい発表だった」と言われまして。すごく嬉しかったです。会社は変わると思いました。それまで感じていた閉塞感は、自分の中で虚像を描いていたのかもしれないと、自分自身も省みて。会社の問題を自分のこととして考えようと思うようになった、一つの転機になった気がします。

    伊藤(OBT) 経営トップが現場の声に対して聴く耳を持ってくださったことで、伊藤さんを始めとするプロジェクトメンバーの皆さまの主体性が引き出されたのですね。

インタビュー後記


経験を自分のものにするには


伊藤憲治さんのお話をお伺い、以前にある人から言われた「二十代の時の仕事に対する取り組み方が三十代を決める」という言葉を思い出しました。

常に目の前の仕事に没頭し、いつもいつもそのことが頭から離れないくらい考え続けると、その仕事の本当の面白みや意味が少しずつ見えてくる。それには、小さな発見を見逃さず、常に吸収しようとする貪欲さを持つこと。

どんな仕事にも意味があり、必ず学べることがある。しかし、多くの人はその小さな発見を見逃してしまうのではないだろうか。 何故ならば、そこまで考え続けていないのであろう。
伊藤さんは、どんな小さな経験からも"学べるべきところ"を見つけ出し、自分の物へと吸収する。それは、常に様々なことを疑問に思い、また、考えている人に多く見つけられるものである。そして、その蓄積こそが、次の一歩を踏み出すための大きな自信となり、また、仕事に対する向き合い方を変えるのではないだろうか。

そのため、伊藤さんは仕事だけにのみならず、様々な人との出会いからもたくさんのことを吸収する。

後編では、経営者や上司の考え方を吸収し、仕事に対してのご本人なりの考えを明確にしていきます。そして、人事として風土改革や社員教育の事務局を積極的に行うなど、5年後10年後に向けた理想の会社作りに対しての熱い思いを伺いました。


On the Business Training 協会 伊藤みづほ 菅原加良子


*続きは後編でどうぞ。
  第ニ回【自律型人財-後編】経営者の視点に立ち、自社を俯瞰する

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