OBT 人財マガジン

2010.09.08 : VOL99 UPDATED

人が育つを考察する

  • 第ニ回【自律型人財-前編】
    難易度の高い問題への対応を迫られる仕事経験が人を成長させる

    • 「自ら課題を発見し、その課題解決に向け、周囲をリードしながら主体的に行動できる人財」。今、多くの企業がそんな"自律型人財"を求めています。どうすればそのような社員が育つのか。ヒントを求めて、現場で活躍する若手リーダーを訪ね、成長の軌跡を伺いました(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)

      シリーズ──「自律型の人財」の成長プロセスとは (第ニ回-前編)

       

      株式会社東急コミュニティー
      人事部企画課・TCビジネスカレッジ
      伊藤憲治さん(32歳)

      伊藤さんは、マンション・ビル管理大手の東急コミュニティーで、全社的な風土改革プロジェクトの事務局を務め、人事制度の設計や企業内大学「東急コミュニティービジネスカレッジ」の企画・運営も担う、人事の中核的な存在。会社のあるべき姿を目指すために、人事は何をすべきかを常に考えていると、伊藤さんはいいます。その広い視野や課題に向かう行動力はどのようにして育まれたのか、お話を伺いました。

    • いとう・けんじ

      1978年生まれ。大学卒業後、東急コミュニティーに入社。ビル・アパート経営部で、ビル経営のコンサルタントを4年経験し、資産マネジメント部での営業を経て、入社5年目に人事部企画に異動。課長の次のポジションとして、風土改革や人財育成にあたる。

      株式会社東急コミュニティー http://www.tokyu-com.co.jp/

      マンション・ビル管理を中心に、賃貸運営業務や建物の維持保全工事など、プロパティマネジメントに関わるサービスを幅広く手がける。設立/1970年、資本金/16億5,380万円、従業員数/7,914名(2010年3月末日現在)、売上高/1,120億円(2010年3月期)

    • 入社3年目に"2億円の訴訟"に参画。修羅場で仕事に向き合う姿勢を学ぶ

      伊藤(OBT) 伊藤さんは、ビル運営のコンサルタントを経て、営業、人事と、多彩なキャリアを積んでおられます。そもそも、どのような入社動機で就職先に東急コミュニティーを選ばれたのでしょうか。

      伊藤 就職活動をしていた当時、私は転勤のない仕事を希望していまして、東急グループなら東急電鉄の沿線以外に行くことはないだろうと思ったのが一番の動機です。実際には、当社は全国展開していますから、転勤もあります。内定後にそれを知ったときには、慌てました(笑)。

      伊藤(OBT) ビルやマンションの管理といったご事業への興味もおありだったのでしょうか。

      伊藤 いいえ、ありませんでした(笑)。当時は就職氷河期でしたので、採用していただいた恩を会社に返そうという思いはありましたが、それは「早く一人前になろう」という、担当業務に対しての意識。組織全体の課題を考えている今とは、視点がまったく違います。いろいろな仕事を経験し、上司や同僚との出会いがあって今の私があるわけで、そう考えると人というのは変わるものだなと、我ながら思います。

      伊藤(OBT) どのようなご経験や出会いが、伊藤さんに影響を与えたのでしょうか。

      伊藤 最初に大きな影響を受けたのは、入社3年目に担当した敷金返還訴訟案件の対応です。当社が一棟借りしていたある商業ビルで、賃貸借契約の解約をオーナーに申し入れたところ、テナント店舗の原状回復費用の負担について見解の違いがあり、敷金の返還を拒否されたんです。その額約2億円。莫大な金額でした。前任の係長が異動になり、急きょ私が引き継ぐことになって。入社3年目にして係長級の案件を担当することになったんです。

      伊藤(OBT) 任されたときは、どんなお気持ちでしたか。

      伊藤  10年間続いた賃貸借契約が打ち切られるときに起きた問題でしたから、たまたま関わることになった私が、なぜこんな責任を負わなくてはいけないのかと思いました。ただ、当時の私はいわゆる"面従腹背"で、上司の指示が違うと思っても黙って言われた通りにやるタイプ。訴訟案件でも課長の指示通りに動いていたら、ある時、当時の課長から、「そんな姿勢で、この問題が解決すると思うのか」と、怒鳴られたんです。思わず、「私だって大変なんです」と言い返して、怒鳴り合ったことを覚えていますが(笑)、今思えば課長は、自分の意思で仕事をしていない私の姿勢を指摘してくれたんですね。

      伊藤(OBT) そのお言葉で、伊藤さんの仕事に対する姿勢は変わりましたか。

      伊藤 裁判に勝つために、課長と本音の打ち合わせを重ねて二人三脚で動くようになり、課長との信頼関係が深まりました。自分の責任逃れも考えなくなりました。そんなことを気にするよりも、目の前の物事に真摯に向き合う方が、仕事も人も動かすことができる。それを実感しました。

      伊藤(OBT)訴訟の実務からは、どのようなことを学ばれたのですか。

      伊藤 仕事への姿勢、仕事の進め方...もう、すべてです。シナリオを、「向こうがこうきたら、こちらはこう出よう」と何通りも考える。関係者の複雑な利害を読み解き、論理と人情の両面から攻める。対抗するための論拠も、ハッキリと存在するものばかりではありませんから、創意工夫をして見つけ出さなくてはいけません。

      また、弁護士の先生には、現状をすべて正確に知らせる必要もあります。私から見れば大したことではない事象も、法曹にとってはとても大事な情報だという場合もあるんです。当たり前といえば当たり前のことですが、弁護士・社内参画メンバー間で非常に高い次元で情報を完璧に共有しなくてはいけない。どれも、弁護士の先生から学んだことです。

      妥協のない高度な仕事で、プロフェッショナルとはこういう人のことをいうのだと驚きました。その先生は業界でも権威の方で、そういった先生と若いうちに接することが出来たことは大きかったです。結果的には、3カ月後に和解となり、内容としては当社の主張がほぼ認められるかたちとなりました。入社3年目というタイミングでこういう体験ができたことは非常によかったと思います。

      伊藤(OBT) 3年目という、この時期にキャパシティを大きく超える仕事を任され、やり遂げるという成功体験を積んだことが転機になったのですね。

      伊藤 そうですね。私が今、新入社員育成で考えていることでもありますが、3年目くらいまでは、自律を求めないほうがいいと思います。基礎がないのに自律させようとすると、足場がないから転んでしまうんです。仕事はスポーツと同じで、"型"を学ぶことから入った方がいい。私自身も、入社後の3年間は下積期間でみっちりと基礎を学び、その上に成果が華開いてきたように思います。

      社内プロジェクトで"斜めの人間関係"から大きな刺激を受ける

      伊藤 2004年、入社4年目からは全社的な風土改革プロジェクトに参加し、視野が大きく広がる体験をしました。当時の当社は組織の風通しが悪く、経営陣がそのことに問題意識を持って、風土改革のプロジェクトチームを社内で立ちあげたんです。まずは2004年に若手のプロジェクトがスタートし、2005年に部門長と管理職のプロジェクトチームがそれぞれ立ちあがるといったステップで、改革を進めていきました。

      伊藤(OBT)  選ばれたときは、どんなお気持ちでしたか。

      伊藤 未知の案件に取り組める喜びに、とてもわくわくしました。私は職場に同期がおらず、先輩も年が離れた方が多かったので、世代が近い仲間と出会えることも楽しみでした。プロジェクトのミーティングでは、職責や職位、部署のしがらみもなく、ただ純粋に会社の将来を考えて、朝から夜中まで語り合って。親密なつき合いができました。

      伊藤(OBT)部署が違えば、視点も異なるのではないかと思います。このプロジェクトは、伊藤さんにとってどのようなご経験になったのでしょうか。

      伊藤 全社的な視野で考えることが少しずつできるようになり、物事を多面的に見られるようになりました。同じ現状も、立場が違うと見え方が違ってくる。自分の見方が正しいわけでありませんから、「こういう立場から見るとこうなんだな」と、立ち位置がパッと変えられるようになったんです。

      さらに、「自分が、自分が」と、我先にとゴールに向かうのではなく、前で発表する人、後方でドキュメントをまとめる人という風に、それぞれの得意なことを活かした仕事の割り振りを考える必要がある。人の強みや弱みがわかるようになり、チームのパフォーマンスを高めるにはどうすべきかを考えるようになったということも、学んだことの一つです。

      伊藤(OBT) 通常の職掌分担とは異なる組織横断プロジェクトは、マネジメントを疑似体験する場にもなるのですね。

      伊藤  そうですね。私は24人いたメンバーの中で二番目に若かったのですが、先輩たちに遠慮はしていられませんから、「こういう案をまとめてみました。どうでしょうか」と、たたき台を作成したうえで主要メンバーに事前に案を見せてちゃんと根回しもして、まとめていきました。これには、さきほどお話した訴訟での経験も活きました。訴訟で学んだのは、何事もたたき台を持つことが大切だということ。ゼロには何をかけてもゼロですが、たたき台があればそれに積み上げていけますから。

      伊藤(OBT) 何が伊藤さんをそこまでやる気にさせたのですか。

      伊藤 訴訟の経験で、やるからには真摯に向き合うという姿勢が、私の中にできあがっていたのだと思います。プロジェクトでは7カ月後に、経営陣への答申が予定されていました。経営に意見を述べるので、職を失うような覚悟が必要だと思いました。でも、プロジェクトで議論する中で、組織や風土が抱える問題点が見えてきていましたし、事実を明らかにして正義を問うことの大切さも徐々にわかってきて。やるならみっともない発表はしたくないと、覚悟を決めたんです。

      伊藤(OBT) どのような答申をされたのですか。

      伊藤 当時の当社の現状として、社会、顧客、社員に対する「3つのミスマッチ」が起こっていました。マーケットの変化に対応しきれておらず、上司や経営者が現場に顔を出さないため、社内ではコミュニケーション不全が起こっていたんです。その解決に向けて、商品開発委員会の設置やクロスファンクショナルチームの導入、評価制度の見直しなど、さまざまな施策を提案しました。

      そうしたら、社長から「いい発表だった」と言われまして。すごく嬉しかったです。会社は変わると思いました。それまで感じていた閉塞感は、自分の中で虚像を描いていたのかもしれないと、自分自身も省みて。会社の問題を自分のこととして考えようと思うようになった、一つの転機になった気がします。

      伊藤(OBT) 経営トップが現場の声に対して聴く耳を持ってくださったことで、伊藤さんを始めとするプロジェクトメンバーの皆さまの主体性が引き出されたのですね。

    インタビュー後記


    経験を自分のものにするには


    伊藤憲治さんのお話をお伺い、以前にある人から言われた「二十代の時の仕事に対する取り組み方が三十代を決める」という言葉を思い出しました。

    常に目の前の仕事に没頭し、いつもいつもそのことが頭から離れないくらい考え続けると、その仕事の本当の面白みや意味が少しずつ見えてくる。それには、小さな発見を見逃さず、常に吸収しようとする貪欲さを持つこと。

    どんな仕事にも意味があり、必ず学べることがある。しかし、多くの人はその小さな発見を見逃してしまうのではないだろうか。 何故ならば、そこまで考え続けていないのであろう。
    伊藤さんは、どんな小さな経験からも"学べるべきところ"を見つけ出し、自分の物へと吸収する。それは、常に様々なことを疑問に思い、また、考えている人に多く見つけられるものである。そして、その蓄積こそが、次の一歩を踏み出すための大きな自信となり、また、仕事に対する向き合い方を変えるのではないだろうか。

    そのため、伊藤さんは仕事だけにのみならず、様々な人との出会いからもたくさんのことを吸収する。

    後編では、経営者や上司の考え方を吸収し、仕事に対してのご本人なりの考えを明確にしていきます。そして、人事として風土改革や社員教育の事務局を積極的に行うなど、5年後10年後に向けた理想の会社作りに対しての熱い思いを伺いました。


    On the Business Training 協会 伊藤みづほ 菅原加良子


    *続きは後編でどうぞ。
      第ニ回【自律型人財-後編】経営者の視点に立ち、自社を俯瞰する