OBT 人財マガジン

2012.12.12 : VOL153 UPDATED

人が育つを考察する

  • 第一回【育成の瞬間】学校教育に学ぶ"感性を磨く人財育成"とは-前編

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      実践女子学園中学校・高等学校
      前校長 松田 由紀子さん

      "人の育成に最も重要なことは?"今回から"人が育つを考察する"では、人の育成についてお話を伺ってまいります。第1回目にご登場いただくのは、前実践女子学園中学校・高等学校校長 松田由紀子さんです。公立高校の校長を経験された後、生徒募集の競争力が急落し危機に陥っていた母校である実践女子学園の再建を託され、学校改革に乗り出します。学校を改革する際に、教員のモチベーションをどのように挙げ、意識を変えていったのか、また教員歴40年の教育のプロに人との関わり方について詳しくお話をお伺いしました。(聞き手:伊藤みづほ、菅原加良子)


    • 【プロフィール】

      松田 由紀子(YUKIKO MATSUDA)

      1948年神奈川生まれ。実践女子学園を卒業後、大学進学。卒業後は神奈川県の教員になり、教頭・校長職を経て、2004年より、実践女子学園中学校・高等学校の校長に着任。2010 年に退職。

    • 信頼関係がなければ、人は育てられない

      ────このたび"人が育つを考察する"では、人の育成について様々な方にお話を伺って行きたいと考えております。松田さんにおかれましては、教育者として40年もの間、多くの子どもたちの育成に携わってこられたことと存じます。本日は、人を育てる上で重要な事等、お話をお伺いできればと考えております。

      そうですね。本来、家庭・学校・社会それぞれに教育力があり、その相互の教育力の中で子どもたちは育つといわれています。ただ、それらの教育力が共に低下しているのが、現在の日本の教育の問題で、家庭・社会の教育力の低下は、学校での教育にも深刻な影響を与えています。その分、新たな指導法が必要とされており、教員としての生徒との接し方も教育の原点に戻って考える必要があると思っています。そもそも家庭の中で子どもを育てるということと、学校の様な社会的な機能が与えられた組織が育てるのでは当然違いがあるんですね。

      家庭の中であれば親子としての血縁があり、自ずと相互に愛情が生まれ、信頼も醸成されていきます。深刻な親子の対立があっても、それが前提として子どもは育っていく。しかし、学校には、その血縁という前提が当然ありません。ですから、そういう愛情とか信頼とかに変わるものを相互の関係の中で生み出す努力なければいけないと思います。

      ────愛情や信頼がない関係性の中で、学ぶ意欲ですとかモチベーションをあげるためには何が重要だと思いますか?

      例えば、私学はすべて、また公立でも高校以上は入学試験があり、生徒は自らの意思で入学を希望したというのが建前です。それを「あなたは選択して、この学校に入ってきたのだから、私たちのやり方に従いなさい」といったら、子どもたちは到底学校に適応できないですよね。

      そうなれば、当然子どもたちは反発しますし、中途退学には至らなくても、どの授業も寝たままで3年間過ごして、やっとこつじつま合わせで卒業するという子どもたちが出てくるわけです。社会は高校卒業以上を求めますから、実際に、そういうつまらない学園生活を我慢して過ごす子どもたちが出てきます。そういう点では、教員が子どもたちの心を動かすような形で役割を演ずることが絶対に必要になるだろうと思っていましたね。

      ────"役割を演ずる"ということは、実際にどのようなことをされているのでしょうか?

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      はじめは、相手をあるがままに受け入れるということですね。例えば、公立の高校では、初めから勉強が嫌いだからやらないと言う子どもたちがいます。そういう場合、50分の授業で何にも分からない状態でただ黙って座っているのは大変だねと。子どもが嫌いだと言っていることに対して、「それは、私でもあなたでも一緒だよ。やっていることが分からなくて言葉が素通りして行くような50分間であれば誰にとってもそうだろうね。でも、本当に3年間そんなふうでいいのかな」というアプローチをするんです。子どもは誰でもわかりたいと思っているし、無駄な3年間を費やすことは、凄く苦痛ですから。勉強が分かるようになりたい、出来るようになりたいという気持ちは心の奥底では全員にあります。そこのところを確認することで、初めて子どもとコミュニケーションが成立して行くと思います。

      しかし、残念ながら学校の場、教師の力では、解決できない問題を抱えている子どもたちもいますので、いくら学校の場で教師と折り合って前向きに意欲を持ち、やる気になっても、やはりダメな時もあります。家庭の経済状況とかいろいろありますから。

      ただ、そういう状況になったとしても、子どもたちにはここの学校に入ったけど、意味がなかったというのではなく、勉強をする意味もわかったし、先生方からも十分大事にされたと思ってもらえるようにしなければいけない。学校に自分の居場所があり、自分が認められていたということはとても大事なことです。その上で、子どもたちが自分が置かれている状況から、自分で何をすべきか判断する。例えば、今自分は退学して働かなくてはいけなんだと。でも、これは自分で選んだ道なのだ。と思えると、そうした子どもたちは社会に対して、肯定的な感覚が生まれますよね。学校はそういう場でなければならないと思うんです。

      ────"生徒の現状を十分理解する"という関わり方がまずもって重要だということですね。

      そうです。そして前提となるのは、教える側・教えられる側の間で相互に敬意が必要ということです。お互いの心の中で誠意を持って接することが出来るか出来ないかです。

      私は一教員として、初めて出会う生徒達の初めの授業で、毎年同じことを言ってきました。それは、始業と終業の礼の徹底です。それを単に、「礼をしなさい。もう一回やり直しなさい」と言っても、子どもたちはやりませんから、初めにきちんと話をしているんです。

      その話というのは、『私は授業の最初と最後の礼をとても重要に思っている。だから、私もみなさん以上に礼をきちんとしますから、みなさんもきちんとして欲しい。私は教壇に立って、いろいろ教えてきましたが、よくよく考えてみたら皆さんに教えることは、自分自身が高校時代の恩師から受け継いだ事を伝えようとしている。授業とは基本的にはそいう営みであるということ。

      だから、私は受け継いだものに対し感謝と謙虚の気持ちを込めて礼をする。皆さんは皆さんたちで、この中で何人かが将来私と同じように学んだことを伝える立場になるかもしれない。そうじゃなくとも、職場に入っても、子どもの教育をしていても、今勉強していることを活用していく場が必ずあるはず。そういう意味でも今の授業の内容を正確に理解をしていく責任がある。そういう形で授業は行なわれている。だから互いに礼をしましょう』というんです。

      それを、初めに言っておくと、途中だらけた時でも、"もう一回やり直し"と言っただけで、子どもたちはきちんと礼をするんです。礼をするというのは一方的にさせるのはダメなんです。相互なんです。私は自分の引き継いだものの後継者として、子ども達に敬意を払う。子どもたちは受け継ぐ者として敬意を払う。それは当然なんです。そういう敬意の心が生まれない子どもに一生懸命に教えても受容はしないでしょう。

      時代にあった教育とは

      ────"礼をする"という行動を教えるのではなく、なぜ礼が必要なのかの意味を教えることが重要なんですね。多くの方は人を育成する時に忙しさからか、最も重要な背景の部分を端折り、結果や手段だけを教えることがよくありますよね。実践女子学園では、授業の中でも背景の部分を教える等の教育をされていたのでしょうか。

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      生徒の自律的・能動的活動の場として『3プラス1』の教育をしておりました。『3プラス1』教育とは「キャリア教育」「感性表現教育」「国際交流教育」の3本柱があり、生徒自身が課題を設定し解決をする探求型のテーマ学習です。そして、その根幹の部分は先生方が主導する「学力改革」である。という構造になっています。

      ────具体的にはどのようなことをするのでしょうか。

      例えば、感性表現教育では、新たな取り組みとして、典型的農村といえる岐阜県恵那市での田植えを導入したんです。実践に入る為に中学受験をするのですが、早いお子さんだと小学4年生から塾通いをしているんですね。そうすると、本来ならば家庭でご旅行に行ったり、自然体験をするなど、そういう中で育くまれるものもあるはずですが、受験中心の生活の中でそういった体験が欠落しているのではないかと危惧して機会を設けることにしました。

      実際に導入してみて、そいう子たちは、初めは田んぼのオタマジャクシやタガメとかが怖くてしょうがないんですね。でも田んぼに入らざるを得なくて、最終的には入るのですが(笑)。ただ、自然体験をした子どもたちのレポートを読むと、"こういう小さな生物が生きている田んぼだからこそ安全なお米が採れるんだとよく理解できた"とか、"こんなに大変な重労働をお年寄りがやっているのは日本の問題だと思います"とか、気付くことがあるんです。

      また、感性表現教育で国語科のテーマとして、生徒に俳句を作らせているのですが、田植えをした後の俳句はみんな格段に良い句が生まれてきます。ぬる田に足を入れた時の指の間に土が盛り上がってくる感覚とか、今まで味わったことがない感覚が刺激されるんですね。そこから、感性がもの凄く活性化されて子ども達の自然表現も深く・広くなるんだと思います。"風に匂いがする"とか、通常では出ない表現が出てきます。

      ────実際に体験させることが重要なんですね。

      私の考える感性教育は、外部的な刺激があればある程、脳への伝達回路は深く・太くなると思っています。だから、通常の授業では出来ない経験をさせ脳へ刺激を与えることによって、子ども達の感覚がより研ぎ澄まされるというのが田植え体験なんです。

      そういう様な鋭い感受性とか真・善・美をきちんと受け止め、感動する力がある子どもは、最終的に的確な判断が出来るようになると思っています。そして、併せて感動を表現できる力、高いコミュニケーション力の獲得を目指すのが、私の感性表現教育です。

      ────生徒全員が同じ体験しますが、心に響く子と響かない子はいますか?

      基本的には、響かないという子はいないはずです。量的な多寡はあるでしょうが。それに、感性表現教育以外に国際交流教育やキャリア教育など、多面的に幅広く教育活動の場を設定していますので、活性化するポイントの違いはあると思うんですけれども、何をやってもダメという子はいないと思います。絶対に何かに反応して、その子どもが持っている興味・関心なりに響くと思います。

      ────教育の一環として25年後のキャリアデザインを描かせていると伺ったのですが。

      子ども達たちにとって25年後、ちょうど40歳前後になる頃の自分を考えさせる教育をしています。女性の40歳といえば子どもが小学校を終える頃で、全ての女性の社会参加が可能になると思うんです。その時に補助的な役割、パートタイムとかではなく、大学とその後の社会参加の中で培ったキャリアで社会復帰が出来る、そういう生き方をデザインしなさいと言っています。

      簡単にいうと中高で高い意欲を持って将来のライフデザインをし、そのうえで自分の大学進学を明確に定めていけば、まず大学の学科・学部選択のミスマッチがなくなりますよね。そうすれば、子どもたちはイキイキと大学生活を送れると思います。その延長上で自分の得た知識や技能を活かして、社会参加ができれば、モチベーションは高くなりますよね。そして、結婚、出産後でもキャリアを継続して頑張ると。

      その際に、有名大学に進学しなさいとは一切いいませんし、先生方と絶対に言うまいと約束していたんです。それは、極端な話、盗む、騙すというような犯罪的な行為を除けば、社会には多種多様な仕事が存在していて、どれ一つとしてそれらの仕事を欠いたら社会が上手く回らないという関係性の中で、全ての仕事は存在しているということです。

      だから、どんな仕事に就くことも社会に対して貢献することになる。自信を持って選びましょうと言っているんです。人間というのは、自己の利益とか興味関心だけでは生きていけない。人に求められるとか、人の役に立つということで初めて前に進む力を得るものですから。

      ────社会に出て、価値があることは、"こういった仕事をしている"ではなく、"自分のしている仕事は何のためにあるのかをきちんと理解していること"だと思います。そこがしっかりと理解していると、仕事の捉え方もやり方も違ってくると思います。

      本当にそう思います。

      生徒に寄り添い、生徒の力を引き出す教育をされて来られた松田さん。後編では、学力低下により低迷していた実践女子学園に校長として着任。学校の立て直しをされたお話について詳しくお伺いしました。

      インタビュー後記

      今回松田さんのお話をお伺いし、非常に心に残った言葉は"教える側・教えられる側が共に敬意を払う"という言葉です。 教える側は、『忙しい中教えてやっている』と傲慢な考え方になっていだろうか、また、教えられる側は、教えられることが当たり前になっており、『理解する努力をしなくなっている』ということはないだろうか...。上司部下の関係がうまくいかない場合、こういったお互いの自己中心的な考えもあるかもしれない。松田さんのお話を聞き、人を育てる・人が育つ場面で必要な考え方は、互いのことを尊重し、敬う心が重要であると改めて感じた。


      *続きは後編でどうぞ。
        第一回【育成の瞬間】学校教育に学ぶ"感性を磨く人財育成"とは-後編

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      聞き手:OBT協会  伊藤みづほ

      OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。