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        <title>この人に聞く</title>
        <link>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/</link>
        <description></description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2008</copyright>
        <lastBuildDate>Wed, 10 Dec 2008 10:00:00 +0900</lastBuildDate>
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        <item>
            <title>祖父の会社を「再生」させた、3代目社長の経営改革（後編）</title>
            <description><![CDATA[<ul class="secList">
<li class="clearfix">
<p class="photo"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/genryo_00_b.jpg" alt="" /></p>
<div class="textArea">
<p class="fs16 spacing10"><em><$MTEntryTitle$><br />
日本原料株式会社<br />
代表取締役社長　齋藤安弘さん</em></p>　
<p class="fs14 spacing10">カエルを水に入れてゆっくりと温めると、水温の上昇に気づかず茹であがってしまう──。ゆでガエルの法則さながらに、環境変化への対応が後手に回る企業はいまだ少なくありません。2009年に創業70周年を迎える日本原料も、20年前に齋藤安弘社長が入社した時点では、旧態依然とした体質が染みついていました。しかし、数々の施策を導入して組織の活性化に成功。祖父が興した会社を見事に「再生」させた日本原料代表取締役社長、齋藤安弘さんに改革のドキュメントを伺いました。</p>
</div>
</li>
<li>
<p class="fs14 spacing05"><em>日本原料株式会社</em> （<a href=" http://www.genryo.co.jp/" target="_blank"> http://www.genryo.co.jp/</a>）</p>
<p class="fs14 spacing20">1939年創立。初代社長、齋藤廣次氏により、ろ過砂の生産・販売会社として設立。1951年には日本濾過砂研究所を設立し、1968年には水道事業の発展に寄与した功績により、齋藤廣次氏が日本水道協会から有功賞を授与される。1970年に廣次氏が逝去し、妻である齋藤キン氏が2代目社長に就任。1998年に齋藤廣次氏の孫である齋藤安弘・現社長が3代目社長に就任。2002年に、ろ材交換の必要がない画期的なろ過装置「シフォン・タンク」を発表し、日本商工会議所会頭発明賞を初めとする数々の賞を獲得。齋藤・現社長が就任した1998年度の売上高10億4000万円から、2005年度の売上高25億2000万円へと、水処理のトータルプロデュース企業として右肩上がりの成長を続ける。</p>
<p class="fs14 spacing05"><em> YASUHIRO SAITO </em></p>
<p class="fs14">1962年生まれ。1986年に横河北辰電機（現・横河電機）に入社。1989年に日本原料に入社し、営業部、企画開発推進本部を経て、1997年に代表取締役社長に就任。数々の社内改革や新製品開発の陣頭指揮を取り、2007年には「文部科学大臣表彰科学技術賞　技術部門」の表彰を受ける。</p>
</li>
<li class="end clearfix">
<h3 class="fs18">分散と集中をこまめに切り替える経営で、急成長を実現</h3>
<div class="txt">
<p class="fs14 spacing10"><em>────平成7年に高萩工場のリニューアルに成功された後、同年には「21世紀プロジェクト（※）」を、3年後の平成10年には「ブルーバード制度（※）」を導入するなど、社内を活性化する取り組みに次々と着手されました。これらの制度は、どういった経緯で導入されたのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">高萩工場のリニューアルプロジェクトを一緒にやった10人のメンバーの中から、「今度はこういうことをやってみたい」といった声が、次々とあがったんです。ならば、会社の制度としてそういったことができる仕組みを整えようと考えてつくったのが、「21世紀プロジェクト」。この制度によって、「表の組織」と「裏の組織」をつくりたいと考えたんです。どういうことかといいますと、組織のあり方としてこういったイメージ（下のマトリックス図）が、昔から私の頭の中にあるんですね。</p>
<p><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/genryo_0101_b.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs12 spacing10" style="padding-left:10px;">（画像提供：日本原料株式会社）</p>
<p class="fs14 spacing10">赤い球は、営業部や経理部といった普通の組織。つまり「表の組織」です。紫の球がプロジェクト活動で、これを日本原料では「裏の組織」と呼んでいます。新しい仕事のネタにつながるようなプロジェクトがいろいろと発生して、成功すると赤い球に吸収されることもあれば、紫の球がそのまま赤い球になることもある。常にいろいろな球が生まれながら、組織の形を変えていく。そういうことを応援するために「21世紀プロジェクト」や「ブルーバード制度」、「自己啓発制度」や「希望調査制度」という制度（※）をつくったわけです。</p>
<p class="fs12 spacing10" style="padding-left:10px;">※21世紀プロジェクト：通常の業務とは別に、自分の企画をプロジェクトとして発足できる制度。プロジェクトメンバーも自由に選定でき、社長や取締役、部長といった経営陣や役職者をメンバーとして自分の下につけることもできる。</br>
※ブルーバード制度：一年の任期で社員に取締役権限を与える、青年取締役制度。「ブルー」は青年の「青」、「バード」は取締の「取」をもじったもの。申請資格は次長以下。任期終了後はもとのポジションに戻ることはなく、2段階以上の特進で昇進できる。</br>
※自己啓発制度：会社の業務に準じた資格取得や講習の受講に対して、会社が時間的・金銭的なバックアップを行う制度。</br>
※希望調査制度：配属部署の希望調査。年に1回行われ、3年続けて同じ部署を申請すると希望が叶えられる。</p>
<p class="fs14 spacing10">「21世紀プロジェクト」は社員の声を受けてつくったものでしたが、「ブルーバード制度」は私の経験がもとになっています。浄水場の事故の対応や福岡工場の売却といった、取締役権限でしかできないような仕事を経験したことで、私は急激に成長させてもらったし、物事の考え方もずいぶん変わりました（前編参照）。</p>
<p class="fs14 spacing10">私の下にも若くてエネルギーがある人がたくさんいるのに、何年もかけて昇進しないと、そういった楽しくて苦しい思いができないのは可哀そうです。役員権限がなければできないような大きなプロジェクトをしたいという人がいたら、それは早くやらせてやりたいと思ったんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">ですから、「ブルーバード制度」で選ばれた社員には取締役権限を与え、取締役会にも出席させます。給与も、一気に取締役並に引き上げます。私が26歳で入社して36歳で社長になるまでの間にやってきたことを社員はみんな見ているわけですから、自分にもやれないことはないと思っているはず。それができるステージをつくってあげたいんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">次は、私が40代をどう楽しんできたかということをもとに、また新たな制度をつくるかもしれませんし、私がつくった20代向けの制度に20代の社員たちが満足できないなら、それを壊して自分たちで新しいのを作ればいい。制度のあり方は、今後も変わっていくと思います。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────「21世紀プロジェクト」や「ブルーバード制度」を導入することに、社内の反対はありませんでしたか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">まったくありませんでした。高萩の工場のリニューアルの後、なし崩し的に「21世紀プロジェクト」が始まり、会社の中では当たり前のことになっていたんですね。私が社長になって「ブルーバード制度をつくるぞ」といっても、「またいってるよ」という感じで（笑）。みんな、そんなに驚かなかったですね。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────プロジェクトは順調に立ち上がったのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">導入した平成７年のうちに、4つか5つが動き出したのではないでしょうか。私もプロジェクトを立ち上げました。最初はリーダーシップを取る立場の人間がやって見せることが大切ですから。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────経営者が率先してやることが大切だと。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうです。「こんな制度をつくったから、やっていいぞ」といったって、誰も怖くてやりませんよね。しかし、私が実際にやってみて失敗も成功も全部見せれば、面白そうだということも、苦しそうだということもわかる。それが、「私もやってみよう」ということにつながるわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">これが例えば、私が完ぺきで何の失敗もなく成功してしまったら、誰もやろうとはしないけれど、失敗は失敗として、見せるというよりも見られてしまいますから、私も「失敗して何が悪い、失敗は成功の母だ」と（笑）。私がそんな態度でいるから、みんなもやる気になるのではないかと思うんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────具体的には、どのようなプロジェクトが生まれたのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">平成7年以降の新製品はすべてプロジェクト活動から生まれたものですし、ISOの9000シリーズの取得や経理の新システムの導入、研究所の別法人化など、プロジェクトの成果はたくさんあります。その中には、社員が自主的に立ち上げたものもありますし、私のアイデアがもとになっているものもあります。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────社長が自ら種をまかれることもあるのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">ありますね。会社の方向性や課題として考えていることは、社内に常に発信するようにしていますから。社員と飲んだときなどにできそうなヤツを呼んで、「こんなネタがあるけど、やってみたら面白いんじゃないの」と声をかけておくと、半年後には企画書が出てきたりね（笑）。でも、私は思いつきを口にするだけであって、大事なのはそれを具体的な計画にして、本気で実現してくれる素晴らしい人財がいるということなんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────社員の自主性に任せたプロジェクト活動は、積極的派と冷ややかに傍観する消極派にわかれるといわれますが、御社ではいかがですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">導入した初期のころは全員参加にしていたんです。プロジェクトに入ってない社員には、「どうして参加しないのか」と、九州まで私が自分でいいに行ったこともありました。「本当に嫌ならやめてもいいが、とにかく一度入ってみろ」と。それで本当に抜けていった社員もいますが、それはそれでいいのではないでしょうか。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────「21世紀プロジェクト」は13年目を迎えました。順調に定着されていますか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">途中、「21世紀プロジェクト」も「ブルーバード制度」も一切停止していた期間がありました。「シフォンタンク（※）」という新製品を発表し、新市場の開拓に全社的に注力すると決めた期間です。それまでの当社の売り上げは、官公庁との取引が80％。20％が民間という構成だったんですね。民間の20％も水処理の大手プラントメーカーとの取引でしたので、末端顧客でいえば、ほぼ100％が官公庁に由来する売り上げだといってもいい会社です。しかし、官公庁向けの需要はもう頭打ちです。社長に就任する以前からそれは感じていましたので、民間にどうシフトしていくかが私の中での長年の課題だったんです。</p>
<p><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/genryo_0102_b.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs12 spacing10" style="padding-left:10px;">※シフォンタンク：ろ材の洗浄機能を持った画期的な水処理用ろ過装置。従来の装置では定期的に行わなくてはならなかった汚れたろ材の交換が不要になり、メンテナンスせずともろ材が半永久的に使用できる。平成17年度には、シフォン式の洗浄原理が「全国発明表彰特別賞『日本商工会議所会頭発明賞』」を受賞。</br>（画像提供：日本原料株式会社）</p>
<p class="fs14 spacing10">シフォンタンクの発売が決まると同時に、民間に徹底的にシフトすることを決めたわけですが、1つの大きな目標に向かわなくてはいけないときに、60人ぐらいの規模の会社の中でいろんなプロジェクトを並行してやっていると人員が足りなくなります。そこで、「21世紀プロジェクト」も「ブルーバード制度」も向こう3年間は一切停止すると決め、「会社の命題に徹底的に向かってくれ」と、全員を民間市場の開拓に向かわせたわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────徹底されていますね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">当時は、シフォンタンクがうまくいかなかったら、会社としても大きな危機を迎えるという時期でした。シフォンタンクの前身としてシフォン洗浄機というものを開発したのですが、いくら官公庁にアピールしても、入札では機能よりも価格が優先されます。6年近くアプローチし続けましたが開発コストをまったく回収できず、そうこうするうちに銀行の貸しはがしが始まったんですね。都市銀行が金融庁にガンガンやられていた、あの時代です。</p>
<p class="fs14 spacing10">そんな中、起死回生を狙って開発したのがシフォンタンクでした。これがダメならもう終わりという状況で、プロジェクトを凍結したわけです。3年間といいながら、結局は昨年までの5年間凍結しましたが、そのお陰で売上高に占める官公庁の割合は60％にまで下がり、民間との取り引きを40％にまで増やすことができました。</p>
<p class="fs14 spacing10">大手企業ならさまざまなことを並行して動かせるでしょうが、中小企業は、今本当に何をすべきなのかを考え、分散と集中をこまめに切り替える必要があります。集中すべきときには勇気を持って集中させ、分散すべきときには勇気を持って分散させることが大切になるわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────凍結していたプロジェクトを昨年から再開されたということは、経営資源を分散させる時期を再び迎えたということでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">今、何とかして風穴を開けたいと考えている夢があるんですよ。その風穴が開いてワーッと攻め込んでいくときには、経営資源を集中して投入することになりますが、今はまだそこには至らない段階。</p>
<p class="fs14 spacing10">こういった、攻め込むにはまだ間があるという段階では、経営資源をきちっと分散させてやるべき仕事をしておかないと、次の集中が始まってそれが終わったときに、ネタがなくなってしまいます。そうならないために、この1、2年は分散の時期と決めて、プロジェクトをもう一度戻せという指示を出したんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────先の先まで考えた手を打っておられるのですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">先の先を考えるというよりは、先の先が怖いんですね。そのときのために、やれることをやって備えておこうということです。</p>
</div>
<h3 class="fs18">発展途上国の人々に、シフォンタンクを届けたい</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10"><em>────風穴を開けたい夢とは、どのようなことですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">1つはシフォンタンクの海外展開です。もう1つは、シフォンタンクを災害の備えとして各自治体に設置していただくということ。これらが、シフォンタンクという技術の1つの最終型になるんだろうなと考えて、プロジェクト形式で取り組んでいるところです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────海外ではかなりのニーズが期待できるのではないですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">すでに、ドイツやオランダ、イギリス、韓国、台湾といった国で現地の法人とシフォンタンクの代理店契約を結びました。ただ、海外に出ていくと、こういった先進国の市場だけでなく、本当に水が飲めなくて苦しんでいる人たちも見えてくるんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">カンボジアやアフリカの国々では、集落単位で泥水を飲んでいるところもありますし、カンボジアでは、水をくみに行った子どもたちが地雷にやられて足を失うといったことがたびたび起きています。</p>
<p class="fs14 spacing10">その子たちは何も、親のいいつけに逆らって地雷原に突っ込んで行ったわけではないんです。雨期に豪雨が降って水があふれると、地雷は浮くんですね。そして水が引くと、今までとは違うところに沈む。大丈夫だったはずの道に、地雷が埋まるわけです。そうとは知らずに水をくみに行った子どもたちが、ドーンとやられてしまう。いろいろなことを、海外から教えてもらいました。</p>
<p class="fs14 spacing10">例えばそういうところに大手プラントメーカーの水処理施設を持っていっても、フィルターの交換というメンテナンスが必ず発生します。ODAの資金で１億円、2億円という水処理機器を設置しても、メンテナンスできなくて数年後には鉄くず同然になっている。そんなことが、たくさんあるわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">ところが当社のシフォンタンクは、非常にシンプルな機械ですが、10年でも15年でもメンテナンスしないで水がつくれるわけです。しかも、1000万円や2000万円という予算で導入できますから、そういった国々の役に立てる製品だと思っていますし、実際に欲しいといってくれる人もたくさんいるんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">ですから、ODAの事業やNGOなどの活動と一緒になって、1つでも2つでもいいから現地に持っていきたい。それを事業として成り立たせたいということが、私の夢なんです。それで大儲けをしようとは考えていませんが、寄付やボランティアという形ではなく、メーカーとしてわれわれの技術をみなさんに役立ててもらうという形を作っていきたいんですね。</p>
</div>
<h3 class="fs18">何事にも「完ぺき」はない。常に柔軟であれ</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10">経営者は有言実行であるべきだと思っていますので、今のような話をいろいろなところでするようにしています。そうすると、「社長の話を雑誌で読みました」「テレビで見ました」と、明確な志望動機を持って応募してくれる人が増えてきました。「水を通じて社会貢献をしたい」「日本原料で自己実現をしたい」と、思いが明確な人が多い。そういう人は、面接もしやすいんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────過去には採用した方が全員1年以内に辞めてしまったというお話もありましたが（前編参照）、定着率は改善されたのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">ある時期、年間を通して誰も辞めなかった年が続いて、その間の定着率でいえば100％になったことがありましたね。でも、今度はそれが嫌でね（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────なぜでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">定着率が100％の職場には甘えが出てきますし、変化も起りにくくなります。定着率がよすぎるのも、いけないことなんですよ。それに、60人や70人の社員がいたら、考え方が違って辞めていく人がいないとおかしいじゃないですか。誰も辞めないとすれば、会社の中に問題があるのか世の中に問題があるのか、そのどちらかです。会社がパーフェクトだから誰も辞めないなんてことが、あるわけがないんですよ。</p>
<p class="fs14 spacing10">ですから、人事のスタッフにも「なぜ誰も辞めないのか」と私から聞いたりしまして（笑）、この1年ほどの間には何人か辞めていきました。その中には辞めてほしくない人もいましたが、その程度のバランス感覚でいいと思うんですね。会社は人の集まりですから、「完ぺき」なんてことはあってはいけないし、ありえない。ありえないことを持続させるために労力を使うことほど、無駄なことはないんですよ。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────では、理想の組織を実現するためには、経営者はどのような役割を果たすべきなのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">偉そうなことはいえませんが、経営者も「こうあるべきだ」という形にとらわれてはいけないと思います。時代の流れや会社の状態、社員の教育レベルといったことに合わせて、経営者もあり方を変えなくてはいけないと思うんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">例えば、今年、2つの大きな地震が起きましたよね。まず、6月14日土曜日の朝に岩手・宮城内陸地震が起きた。社員に「浄水場はどうなっているのか」と聞くと、「現地に電話をしましたが、大丈夫だといっています」という。そこで、「ふざけるな。どこで何が起きているのか、自分の目で見てこい」と現地に行かせたわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">そうしながら、私の情報ルートを使って現地の様子を確認したら、浄水場が壊れて水が出ないところがあることがわかった。連絡をいれてみると、当社に来てほしいという。そこまでの情報収集を金曜日のうちにやって、3日後の月曜日には現地にモバイルタイプのシフォンタンクを持って行って水をつくりました。それを全部、私が主導してやったわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────社長が自ら、シフォンタンクを現地に設置されたのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうです。山奥の災害地で、食事をしようにも乾物屋みたいなお店しかないようなところでした。カップ麺を買っても、お湯がないんですね。でも、「山の浄水場を直しにきた」という話をすると、乾物屋のおばちゃんが「あたしがつくってあげるから待ってな」と、お湯を沸かしてくれてね。そういうのが、最高にうれしいわけですよ。仕事って、こういうことのためにしてるんだよな、と。そういう経験をさせておくと、次に同じことがあったときの動きがまったく違うんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">1カ月後に青森で地震がありましたが、今度は工事部長から「これは出動ですね」といってきたんです。私が「様子を見よう」といっても、そんなことは聞かないで現地に飛んで行って「お客さんがうちに来てくれといってます」と、もう勝手にやっているわけです。「私も行こうか」と聞くと、「足手まといだから来なくていい」といわれてね（笑）。それがうれしいんです。このときに私がするべきなのは、協力会社が部品をすぐに持ってこないと工事部長がこぼすのを、「急いで届けてくれ」と私から部品会社に電話を入れて。部長を援護するといったことになるわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">社長がリーダーシップを取るべきときは自分で身体を動かさなくてはいけないけれども、みんながある程度動けるようになってきたら、次はフィールドを作って応援するほうに回らなくてはいけない。世の中と対峙して、社会や業界のパラダイムを変えるんだというときは、やはり社長が率先してその大きな改革に乗り込まなくてはいけない。社長がいろいろな顔を持って、状況を見ながら、今自分は何をするべきなのかを考えることが、組織を成長させるうえで一番大切なことなのだろうと思います。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────人が成長するのは、どのようなときだと思われますか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">追い込まれたときです。「もうこんな会社、辞めてやる」と限界を感じながら（笑）、それでも「あともう一歩」と頑張ったときに、そこで何かの光が見えるわけです。とどのつまりまで追い込まれて、もうどうしようもないというところを乗り越えた人が飛躍的な成長を遂げる。「苦労は買ってでもしろ」と昔の人がいったのは、そういうことなんですね。先人の時代から人間は生まれたときは「オギャー」なんですから、本質は変わってないんですよ。中には、飛び石を渡るように器用に要領よく生きている人もいますが、そういうのは全体的に薄っぺらな人が多いですよね。</p>
<p class="fs14 spacing10">それから、人を育てるうえでもう一つ大切なのは、できなかったときに放置しないことです。できたときに初めて伸びるわけであって、できなくて追い込まれたままの人間が伸びることはありません。ダメだったときには、なぜダメだったかを一緒に考えて、次は確実に成功できるようにしてあげる。それが大切なんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────追い込むことは、成功体験を積ませることとセットになって、初めて効果を生むのですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうだと思います。少なくとも私が育ってきた過程や、当社での社員の成長を見ている限りは、そうなんじゃないかと思いますね。</p>
</div>
<h3 class="fs18">若い人には世界に目を向けてほしい</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10"><em>────組織・人事の面で、今後の課題としてお考えのことはありますか。</em></p>
<p class="alignleft"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/genryo_0401_b.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs14 spacing10">世の中全体として、大人しい優等生的な若い人が増えているということを感じますね。海外の展示会などに出ると、町の鉄工場の親父が「お前のところの機械を私につくらせろ」と、自分を売り込みに来たりするんです。日本人に対して、ですよ。ヨーロッパ人もアフリカ人もインド人も中国人も韓国人も、みんなそう。若い人たちも、どんどん自分を売り込んでくる。戦後間もないころに、日本人が恥も外聞もなく「私たちにつくらせてくれ」と海外に出ていったエネルギーのようなものを、彼らはまだ持っているんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">けれども日本には、「そんなことで恥をかくのはいやだ」という若い人たちが多いでしょう。高度成長とともに生きてきて、一定の状況の中でいわれたことをやっていればいい生活ができるという恩恵に、日本人はあずかっていた。そういう親を見て育った子どもたちが、いっぱいいるわけです。けれども、そんな恵まれた環境は終わりました。これからまたよくなるときがあるかもしれないけれど、悪いときも必ずくるわけですから、それに耐えられるように、若い人には世界に目を向けてほしいんです。小さくまとまってほしくない。</p>
<p class="fs14 spacing10">そのためにも、シフォンタンクを早く海外の水に困っている国々の人たちに持って行きたいんですね。そういった人たちに喜んでもらえたときに感じる、アドレナリンが噴き出るような感覚を、若いヤツらに味あわせてやりたい。そんな経験が若いうちにできたら、一生の宝になりますよ。突拍子もないことかもしれないし、失敗するかもしれないけれども、とにかくやってみて成功するまで頑張るんだと思えるようになった人間は、将来強いと思うんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">そうなると、お金がなければ楽しめないという人生観ではなくなるんですね。私自身も若いころは、「35歳までにポルシェを買って、50歳までに船を買う」ということが目標でしたが、ポルシェは35歳のときに買ったものの、今はもう船なんてまったく欲しくありません。それよりも海外にシフォンタンクを持っていって、現地の人たちと「水が出た」と大喜びしていることをイメージするほうが楽しいんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────何がきっかけで、価値観が変わられたのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">いろいろな経験がベースになっているとは思いますが、私にも家族ができたということが、一つの大きな理由かもしれません。子どもたちと接することはすごく大切で、私は毎年夏休みに小学校で「泥水から水道水をつくる」という講座を開いているんですが、ここで大きな喜びをもらっているんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">当社の社員も何人かかりだして、子どもたちと一緒に小さな手づくりの浄水機を5基ぐらいつくるんですが、泥水がきれいな水になって出てくると、みんな「うわーっ」と喜んでくれるんですよ。「保健所の検査を受けていないから飲んではダメだよ」といっても、私たちの目を盗んで友だちとコソコソッとなめて、「うまいぜ」なんていい合って（笑）。それが、毎年楽しいんですよ。</p>
<p class="fs14 spacing10">みんな社会見学で浄水場は行ったことはあるけど、あんな大きなところを見たってわからないんですよね。でも、自分たちで泥水を沈殿ろ過して、砂ろ過して、塩素を入れて...とやると興味がわいて、「面白いね」といってくれる。そうすると、10年後ぐらいには当社に入社したいと思うかもしれないという、これも一種の求人活動なんですが（笑）、そういうことをほかの国でもやって、そこの子どもたちが「こんな技術があるんだ」と喜んでくれて、「こんな技術を自分たちも手掛けてみたい」という子どもが出てきてくれたら、それこそが本当の社会貢献であり、世界平和につながることだと思うんですね。そういう喜びを、うちの社員たちにも早く味合わせてやりたいんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────企業が存在する意味や働くことの原点を教えていただいたように思います。ありがとうございました。</em></p>
</div>
</li>
</ul>]]></description>
            <link>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/12/3-1.html</link>
            <guid>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/12/3-1.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">この人に聞く</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 10 Dec 2008 10:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>祖父の会社を「再生」させた、3代目社長の経営改革（前編）</title>
            <description><![CDATA[<ul class="secList">
<li class="clearfix">
<p class="photo"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/genryo_00_a.jpg" alt="" /></p>
<div class="textArea">
<p class="fs16 spacing10"><em><$MTEntryTitle$><br />
日本原料株式会社<br />
代表取締役社長　齋藤安弘さん</em></p>　
<p class="fs14 spacing10">カエルを水に入れてゆっくりと温めると、水温の上昇に気づかず茹であがってしまう──。ゆでガエルの法則さながらに、環境変化への対応が後手に回る企業はいまだ少なくありません。2009年に創業70周年を迎える日本原料も、20年前に齋藤安弘社長が入社した時点では、旧態依然とした体質が染みついていました。しかし、数々の施策を導入して組織の活性化に成功。祖父が興した会社を見事に「再生」させた日本原料代表取締役社長、齋藤安弘さんに改革のドキュメントを伺いました。</p>
</div>
</li>
<li>
<p class="fs14 spacing05"><em>日本原料株式会社</em> （<a href=" http://www.genryo.co.jp/" target="_blank"> http://www.genryo.co.jp/</a>）</p>
<p class="fs14 spacing20">1939年創立。初代社長、齋藤廣次氏により、ろ過砂の生産・販売会社として設立。1951年には日本濾過砂研究所を設立し、1968年には水道事業の発展に寄与した功績により、齋藤廣次氏が日本水道協会から有功賞を授与される。1970年に廣次氏が逝去し、妻である齋藤キン氏が2代目社長に就任。1998年に齋藤廣次氏の孫である齋藤安弘・現社長が3代目社長に就任。2002年に、ろ材交換の必要がない画期的なろ過装置「シフォン・タンク」を発表し、日本商工会議所会頭発明賞を初めとする数々の賞を獲得。齋藤・現社長が就任した1998年度の売上高10億4000万円から、2005年度の売上高25億2000万円へと、水処理のトータルプロデュース企業として右肩上がりの成長を続ける。</p>
<p class="fs14 spacing05"><em> YASUHIRO SAITO </em></p>
<p class="fs14">1962年生まれ。1986年に横河北辰電機（現・横河電機）に入社。1989年に日本原料に入社し、営業部、企画開発推進本部を経て、1997年に代表取締役社長に就任。数々の社内改革や新製品開発の陣頭指揮を取り、2007年には「文部科学大臣表彰科学技術賞　技術部門」の表彰を受ける。</p>
</li>
<li class="end clearfix">
<h3 class="fs18">社員の平均年齢57歳。会社の時間は昭和で止まっていた</h3>
<div class="txt">
<p class="fs14 spacing10"><em>────齋藤社長は、創業社長の孫として26歳で日本原料に入社されました。それ以前は大手電機メーカーでSEをされていたそうですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうです。大学卒業後は横河電機に就職し、定年まで横河電機で働くつもりでいました。ところが、2年目の終わりごろに祖母から「そろそろ日本原料に入社してくれないか」という話がきたんです。私自身は、日本原料が何をやっている会社かも知りませんでしたし、入社するつもりもまったくなかったのですが、1年間ずっと口説かれまして、最後には1枚の色紙を見せられたんですね。私が1歳の誕生日のときの写真が真ん中に貼られ、その横に「夢でもいいから20年」と書いてある。「これは、おじいちゃんが『早く孫に会社を継がせたい』という思いで書いた色紙だ」と。</p>
<p class="fs14 spacing10">祖父母には5人の子どもがいたのですが、すべて女の子で跡継ぎがいませんでした。だから、最初に生まれた男子の孫である私を跡取りにするというのが祖父の遺志だった。それを知って、「あなたにバトンタッチするために会社を続けてきた」と祖母がいうのを聞いて、気持ちが決まったんです。横河電機は私がいなくても問題ないけれど、この会社は私がいなければダメなのだとすれば入社しよう、と。</p>
<p class="fs14 spacing10">しかし、入社した当時の社員の平均年齢は57歳。横河電機では平均年齢が20代後半の若い職場にいたのが、日本原料に来たら年寄りばかりです（笑）。パソコンも、横河電機では1人1台が当たり前でしたが、日本原料には1台もない。電卓ぐらいはあるだろうと思っても、それもない。計算は、みなさんそろばんです。私は、そろばんといえば裏返してシャーッと走らせる遊びにしか使ったことがありませんでしたが（笑）、とにかく、みなさんそろばんなんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">そして「まずは営業から」と営業部に配属され、「今日と明日の2日間をあげるから、これを全部計算しなさい」と分厚い書類の束を渡されたのですが、その当時あったポケット電卓というものでプログラムを組んで計算したら2時間で終わってしまったんですね。そこで「できました」と営業部長に持っていったら、「真面目にやれ」といきなり怒られまして、部長がそろばんで検算し始めるんですが、なぜか計算はちゃんと合っている（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10">それでようやく「お前はすごい」と感心されたわけですが、それは私の計算が速いからでも頭がいいからでもなく、2時間で済む仕事に2日間をかけるというスピードの中で会社が動いていたということ。これはすべてのことにおいてそうで、そんな会社に私は入社したわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────大変なカルチャーショックですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">カルチャーショックですよ。パソコンの1台ぐらいはないとまずいと思って稟議書を出しても、稟議に半年近くかかる。それも、「今のままで何の問題もない」という答えが当たり前のように返ってくるわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">しかも私は営業なのに、誰も「営業に行け」といわないんですね。お客さまのところに連れて行ってほしいと営業部長にお願いしても、「お客さんは困ったときにはうちしか電話するところはないんだから、呼ばれてから行けばいい」という。製品の開発も祖父の時代で止まっていましたし、製品カタログも昭和45年に刷った物がそのまま使われていました。平成元年に、製品カタログが白黒。ありえないですよね（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10">それに、社員の平均年齢が57歳ということは、3年経ったら大半が定年を迎えるということですから、これはどうにかしなくてはいけないと、若手の採用も会社に提案しましたが、それも通らない。何をいっても通らないんです。社長に直訴したら後でどういう扱いをされるかわかりませんから、それもできない。私は、入社したときから社内で煙たがられていたんです（笑）。今さら仕事のやり方を変えるなんてことはしたくないという人ばかりでしたから、異分子が入ってくること自体が嫌で仕方がないわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">ただその間ずっと、社内の問題点を毎日レポートでまとめるということは続けていました。そして、テレビ局勤務で定年を控えていた伯父に見てもらっていたところ、私が入社した年の11月に伯父が副社長として当社に入ってくれることになり、企画開発推進本部という部署をつくってくれたんです。そこに配属されてからですね、やりたいことができるようになったのは。</p>
</div>
<h3 class="fs18">約20年ぶりに新卒採用を再開するも、全員が1年以内に退職</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10"><em>────まず、どのようなことから手をつけていかれたのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">新卒の採用です。といってもバブル時代ですから、どこも青田刈り状態です。仲良くなった就職情報誌の営業マンにも「広告を出してもお金を捨てるようなものですよ」といわれるような状況でした。中途採用も、80万円かけて転職雑誌に1ページの求人広告を出しましたが、応募してきたのは1人でした。そうすると、面接ではなくてお願いになるんですね。「今、入社してくれたら、必ず役員候補になれます」みたいなお願いをして、入ってもらうわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">そんな中途採用をしながら、新卒者をどう採用しようかと考えていたら、就職情報誌の営業マンから、そこが出す就職情報誌は東北6県の専門学校にだけは送らないという話を聞いたんです。地元志向が強い学生が多いから、東京や大阪の会社が載っている媒体を送っても仕方がないというんですね。それを聞いて、「ここだ」と。ここが私の行くところだと思って、その営業マンから東北と北海道の専門学校のリストをもらい、自分で全部回ることにしたんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">まずは北海道までダーッと車を走らせて、東北6県の専門学校を隈なく、生徒が7人ぐらいしかいない山奥の経理の学校も回りました。それでも、先生に会社説明をしようとすると、新聞か何かを読みだして全然聞いてくれないわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────ひどいですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そんな学校ばかりですよ。「先生っ！」とすがってみたり、土下座してみたり。いろんなことをしましたね。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────何校ぐらい回られたのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">当時で80校近くありました。それを年に3回、約3週間かけて全部回りました。そうしたら3年目にようやく、6人の新入社員を東北の専門学校から迎えることができまして、約20年ぶりに新卒採用をスタートさせることになったんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────1年目、2年目の採用はゼロだったのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">ゼロです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────途中で、もうやめようとは思われませんでしたか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">私にはもう、東北しかありませんでしたから（笑）。いくら地元志向が強いといっても、クラスに1人か2人は花の都・東京で働きたいと思っている学生が必ずいるはずだから、その学生をつかまえてこようと決めていたんです。といっても、学校を訪問するにも2色刷りのカタログじゃダメですから、会社案内を新しくつくったり、会社のロゴもつくったり。そういうことも、全部やりました。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────では採用した6人の方々は、大切な新入社員でしたね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">大切ですよ。パソコン研修やマナー研修もしましたし、「水道水ができる仕組み」といったことも教えました。その当時には「私の提案制度（※）」という制度を導入していましたので、「会社の中でおかしいと思ったことを、何でもいいから書きなさい」と、会社に対する提案も書かせました。</p>
<p class="fs12 spacing10" style="padding-left:10px;">※私の提案制度：年齢や社歴を問わず、会社にさまざまなことを提案できる制度。提案者には最低100円から最高50万までの報奨金が支給される。現齋藤社長が、前職の横河電機の制度を参考に導入した。</p>
<p class="fs14 spacing10">そうしたら、みないろんなことを書いてくれたんです。この人たちは大切にしよう、これで世代交代も進むと喜んで各部署に配属したら、その途端に提案がパタッと出なくなったんです。聞けば、「書いても上司に捨てられる」という。「『若い人で会社を作っていこう』なんて、齋藤さんがいったのは、全部嘘じゃないですか」と。「そんなことないよ」と、提案を拾ってきては本社の部長会や取締役会に出したけれども、その場では社長や副社長の手前、「あれ、見逃していたかな」などといって部長たちも持って帰るフリはするけれど、実行されるのはその10分の1程度です。</p>
<p class="fs14 spacing10">そんなことが続いて、新入社員は1年以内に全員辞めていきました。4年目に採用した人も、みんな1年以内に辞めました。部長や課長には外部の管理職研修も受けてもらいましたが、研修から帰ってきたそのときは「私たちが間違っていたよ」などというんですが、3日目には元に戻っているんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">これはもう、ダメだと。私自身、何をやっているのかわからなくなってきたんですね。そして、この人たちが定年で会社を去るまでは社内改革はできないと、いったんあきらめて、コンピュータのシステムを整備したり、新しい開発のネタを考えたるといったことに主軸を移して、そういう仕事を自分でし始めたんです。</p>
</div>
<h3 class="fs18">不慮の事故により、会社存続の危機を迎える</h3>
<div class="txt"> 
<p class="alignleft"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/genryo_0301_a.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs14 spacing10">それが入社4年目のことでしたが、そんなある日、神奈川県の浄水場で当社の作業員が亡くなる事故が起りました。ろ材の洗浄工事中に、クレーンで吊り上げた重さ1.5トンの砂の袋の紐が切れて、下にいた作業員を直撃したんです。その方は、即死でした。知らせを聞いて浄水場に飛んで行ったら、警察も労働基準局も来て大変な騒ぎになっているのに、当時の工事部長や総務部長は「こんな事故は経験がないから、私の仕事ではない」という。そして「お前が対処しろ」といわれて、平社員の私がいきなりその担当になったんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">この規模の会社が社員の死亡事故を出したら、会社は潰れる。その程度は私も常識としてわかっていましたので、知っている弁護士の先生に電話をして「会社が潰れるのは仕方がないけれども、今、私にできることは何でしょうか」と聞いたところ、「ご家族やご遺族に、どれだけ誠意を持って接することができるか。それだけを考えろ」といわれました。</p>
<p class="fs14 spacing10">たまたまその方は独身でご家族はいらっしゃらなかったのですが、ご兄弟姉妹が北海道から沖縄まで8人おられたので、まずはその方々のところを車で回って東京に集まっていただき、事故の報告から始まって、お葬式をしてお墓を建てて納骨まで、警察や労働基準局や浄水場への対応もしながら、アシスタントにつけた当社の新入社員2人と、不眠不休でできるだけのことはさせていただきました。</p>
<p class="fs14 spacing10">そして最後の日に、「私たちにできることは終わりましたが、ほかに必要なことはございますか」と伺ったんですね。示談なんてことはさらさら思っていませんでしたので、これからどんな裁判が始まるのだろうと考えていたわけですが、「この1カ月間、君は非常によく頑張ってくれた。われわれとして君に望むことは、もうないんだよ」といっていただけて。しかし、「ただ1つ、いいたいことがある」と。「君がこの会社の跡取りだということはよくわかっているから、もう2度とこういう事故が起きない会社にしてほしい。それだけが望みだ」と。そして、「この場で示談書をつくれ」といわれて、8人全員が判を押してくださったんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">その一方で、そんな事故が起きたわけですから、工事部員はバタバタと辞めていきました。けれども、私が会社に戻ってきたときに、一緒に動いた社員の何人かが、私とならもう1度この会社を立て直せるかもしれないといってくれたんです。「だから、一緒にやらないか」と。これが今思えば、会社の中での初めての私のカリスマ性だったわけですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">でも、こんな事故を起こすような会社は存続すること自体が社会悪であり、潰してしまったほうがいいと思っていましたから、迷いました。ただ、そうでない会社にできるなら、もう1回やってみようと。そこでもう一度、軸足を社内改革に移していくことになったというわけです。</p>
</div>
<h3 class="fs18">あるプロジェクトの成功をきっかけに、社内が活性化</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10">ただ、そんな事故があったからといって、年輩の方々の意識が一気に変わるわけでもなく、なかなか新たな局面を迎える方向にはいかないんですね。そうした中で、会社はもう1つの課題、自社工場の売却問題というのを抱えていました。これが今思えば、社内を活性化する大きなきっかけになってくれたんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">福岡に1万2000坪の自社工場があったんですが、そこが「海の中道　海浜公園」という国営公園の計画地になっていまして、昭和20年代から買い上げの話が当時の建設省からきていたんです。それを当社だけが最後まで売らないと頑張っていたので、ついに強制収容だということで「1万2000坪を4億円で買い上げる」という通達がきた。でも、建設省とのやり取りなんて社内の誰もしたことがない。そこで、「この案件の担当になれ」と私が任命されたわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">しかも、取締役会は「8億円で売ってこい」という。ともかく行ってみるしかないと、すぐに福岡に飛んで建設省の担当者と話したところ、1万2000坪のうち当社が砂を採掘して池になっているところが6000坪ぐらいあって、その部分の評価は普通の土地の1/4から1/5になることがわかったんですね。そこでやっと、ああ、そういうことかと。それでうちの取締役たちは「8億円」といったのかと、事情が飲み込めたわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">それなら、話は簡単です。「砂は売るほどありますから、明日にでも池を埋め戻します。だから1万2000坪として評価してください」とお願いしたわけですよ。そうしたら、建設省の担当者は、「それは困る」というんですね。その池には鴨が生息していまして、そのまま「カモ池」として公園の名物にするんだという。「それを埋めてしまったら、鴨はどうなるのか」と。それはないですよね（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10">「池としての使い道があるなら、ちゃんと評価をしてほしい」と主張しまして、しまいには「もうこうなったら池の鴨をとっ捕まえて、工場の前に鴨料理の店を開きますよ」なんてことまでいって（笑）。「『10億円でも20億円でも、とにかく高く売ってこい』といわれてるんです」と交渉を続けていたら、その担当者がまたいい人で「それなら、工場の撤去費用や新工場の建設費用の見積もりを持ってきなさい」とアドバイスしてくれるんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">いわれるままに資料を提出するうちに4億円が6億円になり、最終的には11億7000万円で話をつけました。その間、取締役会には8億からは1円も上がったとはいわずにおいて、「11億7000万円になりました」と報告すると同時に、「ついては差額の3億7000万円で、やらせていただきたいことがあります」と、ある企画書を提出したんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">茨城県の高萩に祖父が建てた工場があるんですが、東洋一のろ過砂の生産工場なのに、昭和45年から何の整備もされていなくてボロボロだったんですね。それをリニューアルして、夢のようなオートメーションの工場にしたいという企画書をつくって、取締役会に提出したわけです。そうしたらみんな、8億円しか想定していませんでしたから、「それはいいことだ」とポンと許可が下りたんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────8億円に上積みできた分で高萩工場をリニューアルするというのは、福岡工場の売却交渉の段階から考えておられたのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">最初は考えていませんでした。でも8億円が9億円になり10億円になるうちに、「この差額を何かに使おう」と思い始めたんです。高萩工場をきれいにしたいというのは以前から考えていたことでしたので、ならばその費用をこの九州であげられるかなというのが、私の目標になったわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">高萩工場の社員は年輩者ばかりでしたが、工場がきれいになることをすごく喜んでくれました。そこで、「一緒にプロジェクトを立ち上げましょう」と呼びかけてリニューアルの希望を聞いたところ、「古くなったショベルローダー（砂利の運搬機）を買い替えて、事務所にエアコンをつけて、工場の屋根の雨漏りが修理できればそれでいい」というんですね。それでも、全部で8000万円程度。まだ2億円以上残ります。なのに、「もう十分だ」と。「お前のおじいちゃんがつくった生産設備が一番なんだから、残りは役員会に返して来い。そうすれば、無駄使いしない立派な跡取りができたとほめられるぞ」というんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">でも、私が思い描いていたのは「夢のような工場」です。原材料を放り込んだらあとは全て機械がピピッと自動的に処理して製品がパパッとできる、そういう工場がイメージだったわけです。方や、みんなは祖父の設備が一番だといって譲らない。そこで私も、「プロジェクトは解散します」といって東京に戻ってきちゃったんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">そのときは、これは私1人でやるしかないかなと思ったのですが、さすがに工場を1人でつくるのは無理です。誰かいないかなと社内を見回したら、新人と入社2年目の若手がちょうど10人残っていた。その10人を集めて、「夢のような工場」といわれて何をイメージするかと聞いたら「材料を入れれば、機械がパパパッとふるい分けて、製品がダダダダーと10種類くらい自動的に出てきて......」という。そのイメージが、私とぴったり一緒だったわけです。ああ、こいつらだ、と（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10">早速、翌日にその10人でプロジェクトを新たに組んだのですが、そうしたら役員たちが怒りだしましてね。「砂もつくったことがないようなやつらに、3億円を使わせるわけがないだろう」と、今度はプロジェクトを解散させられそうになったのですが、そのときに最初で最後、祖母が「役員会で一度許可したことだから、やらせなさい」と援護してくれたんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">そこで10人の若い社員と一緒に「さあ、工場をつくろうぜ」ということになるわけですが、みんな砂なんかつくったことがないから、ふるいの角度や回転数がなぜそうなっているのかといったことが、まったくわからないんですね。工場の社員に聞いても、「そんなものは、20年経ってから聞きに来い」と、誰も教えてくれないわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────しかし、工場をよくするためのプロジェクトですよね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">みんなにとっては祖父の機械が一番ですから、リニューアルして工場がよくなるなんて誰も思っていないわけです。ですから、手を変え品を変え、です（笑）。「○○さんのつくった砂は、どうしてこんなにきれいなんでしょうね。これだからうちの会社は、お客さまから信頼があるんですよね」というと、「そうだろう。これは、この角度からふるってるからなんだよ」と話してくれたりね（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10">酒を飲みに行っても、とにかく褒めて褒めて、そうすると少しずつ教えてくれるんですよ。それをみんなでメモして、機械メーカーに伝えて設備を設計してもらうといったことをしながらつくっていったわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">平成5年にプロジェクトを立ち上げて、新工場が完成したのは平成7年。生産量は2倍になり、生産コストは30％下がって、生産部員は35名いたのが10名でできるようになりました。プロジェクトが成功したことで、強い思いやバイタリティさえあれば、経験や知識がなくてもできるんだと、若い社員に自信がつきました。最初は冷ややかだった工場の社員たちも、「こいつら、すごいものをつくったな」と思ってくれたと同時に、「自分たちのノウハウが、21世紀の形としてできあがった」と喜んでくれた。新工場には、みんなの経験や知識がきっちり反映されています。それはやはり、ものすごくうれしいことだったのだと思うんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">この成功体験を通して、若手と年輩の社員たちとの世代間のギャップが消えて、1つの目標に向かう一体感が初めて芽生えました。これを機に、うちの会社はいろんな制度を導入するようになりましたし、数多くの特許を取って新しい製品ラインナップも揃うようになった。このプロジェクトが、その後に続くすべてのスタート地点になったんです。</p>
</div>
<h3 class="fs18">心から願い続けたことは、必ず叶う</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10"><em>────プロジェクト成功に至るまでの、ご入社されてからの7年もの間、さまざまな難題を乗り越えてこられた社長の原動力は、どこにあったのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">私は、子どものころから追い込まれないと動かないところがあるんですが、追い込まれると強いんですね（笑）。物事から逃げないといいますか。この会社にしても、私に継がせるのが祖父の夢でしたが、継いだ私が会社を潰してしまったのでは、夢の実現になりません。少なくとも祖父の時代以上の会社につくり上げることが私の使命で、それが一つの大きな目標としてある。やるべきことが明確なら、その過程で問題が起きてもそれは解決すればいいわけです。そういうところは、意外と強いんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">もう1つ、何か問題が起きたり何かに困ったときには、私を助けてくれる人が必ず現れるというのが、私の一番の幸運なところなんです。私の人生はすべてにおいて、周りの人からの恩恵によって成り立っているんですよ。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────幸運を呼び寄せる秘けつは何でしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">心からそのことを願っているかどうか、だと思います。私は、父から「願ったことは必ず叶えることができるが、そのためには強く思い続けなくてはならない」と教えられたんです。本当にそうだと思いますね。24時間、潜在意識の中でも考えて無意識の行動にも表れるくらいに思い続けているかどうか、ということなんだと思います。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────幸運をあてにせず、何においても社長ご自身がまず行動を起こしておられることも大きいように思います。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうですね。ただじっと座っていてもダメで、アンテナを張り巡らして、アンテナの向きを変えたり場所を変えたりしながら、誰かひっかかってこないかなと動く。それは大事だと思いますね。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────幸運に恵まれているとはいえ、うまくいったことが10あるとすれば、うまくいかなかったことも同じくらいあったのではないですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">ありますね。ただ、そういうことはどんどん忘れていくんですよ（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>高萩工場のリニューアルプロジェクトの成功により、会社を見事に活性化させた齋藤社長は、新制度の導入や新製品の開発など、会社の未来をつくるための一手を次々と打ち出します。そこには、明確な理念にもとづく経営者としての揺らがない軸がありました。後編では齋藤社長の組織観、人財観を伺います。</em></p>
</div>
</li>
</ul>

]]></description>
            <link>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/11/3.html</link>
            <guid>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/11/3.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">この人に聞く</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 26 Nov 2008 21:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>社員の生きがい、働きがいを高める経営（後編）</title>
            <description><![CDATA[<ul class="secList">
<li class="clearfix">
<p class="photo"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/sjs_00.jpg" alt="" /></p>
<div class="textArea">
<p class="fs16 spacing10"><em><$MTEntryTitle$><br />
株式会社損保ジャパン・システムソリューション<br />
代表取締役社長　井戸 潔さん</em></p>　
<p class="fs14 spacing10">ダイバーシティへの取り組み、社員の成長機会の創出、労働環境の改善......、今、「非金銭的報酬」が注目されています。その背景には、行きすぎた成果主義を是正する動きがあることもさることながら、働く側の就労観の変化も見逃せません。2009年春の大卒者を対象にしたある意識調査では、入社した会社で「定年まで働きたい」と答えた新卒者が全体の41％に上りました。長期的な視点で企業が選ばれる今の時代、目先の報酬やインセンティブだけでは、もはや優秀な人財をつなぎとめることはできないのです。では、どうすれば社員の働きがいを高めることができるのか。2002年の就任以来、「社員に成長の機会を提供することが経営者の役割」という姿勢を貫く、株式会社損保ジャパン・システムソリューション代表取締役、井戸 潔さんに伺ったインタビューの後編をご紹介します。</p>
</div>
</li>
<li>
<p class="fs14 spacing05"><em>株式会社損保ジャパン・システムソリューション</em> （<a href=" http://www.sompo-japan-sys.co.jp/" target="_blank"> http://www.sompo-japan-sys.co.jp/</a>）</p>
<p class="fs14 spacing20">1984年4月に、安田システム開発株式会社として設立。1989年、安田火災システム開発株式会社に、2002年、株式会社損保ジャパン・システムソリューションに社名変更。2005年に損害保険ジャパン社の情報システム部と統合し、現在の体制となる。国内損保事業におけるリテールビジネスモデルの革新や、国内生保・確定拠出年金・アセットマネジメント・ヘルスケア事業への注力、海外事業の積極展開などを成長戦略に掲げる損保ジャパン社を情報戦略の面から支える。</p>
<p class="fs14 spacing05"><em> KIYOSHI IDO </em></p>
<p class="fs14">1955年生まれ。78年に安田火災海上保険株式会社（現 株式会社損害保険ジャパン）入社。2000年に社長室 IT戦略室長、02年に情報システム部長を経て、同年6月に安田火災システム開発株式会社（現 株式会社損保ジャパン・システムソリューション）代表取締役社長に就任。07年に株式会社損害保険ジャパン 執行役員　株式会社損保ジャパン・システムソリューション 代表取締役社長。</p>
</li>
<li class="end clearfix">
<h3 class="fs18">実践の場を伴わない研修に意味はない</h3>
<div class="txt">
<p class="fs14 spacing10"><em>────社員の方々に刺激を与える仕事の機会を創出される一方で、教育・研修体系もかなり充実させていらっしゃいますね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">体系的に描いたフレームワークの中で人を育てていると思われるのは大変ありがたいのですが、必要に応じて整備した結果、今のような形になりました。むしろ重視しているのは、研修で知ったことを実践する場を与えることです。知識は「使ってなんぼ」のものですから。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────研修と実践の場をセットで考える必要があるということでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうです。実践の場を与えないなら、研修を受けさせる意味はありません。「少し不満が多いから研修でもやってみよう」という程度のことなら、やめたほうがいい。無駄ですし、研修を受ける本人が可哀想です。</p>
<p class="fs14 spacing10">「研修を受けた社員は配置転換させろ」といったこともあります。現場からするととんでもないことだろうとは思いますが（笑）、その職場では得られない何かがあるから、本人は停滞しているわけですよ。それを、研修を受けることによってポジションを高めていこう、新しいノウハウを身につけようと考えるのであれば、別の場所を見つけてあげることも必要です。そうすることによって、研修で得た知識が活かせるわけです。すべては、実践なのです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────研修でできることには限りがあるのですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうです。といっても、研修を否定するつもりはありません。当社も教育研修は整備していますし、外部の研修会社を活用することもあります。しかしその場合も、研修会社のノウハウの何を活用するのか、どういう場面でそれを活かすのかということを判断して導入する必要がある。これは我々、導入する会社側の仕事です。</p>
<p class="fs14 spacing10">研修を導入すればそれで育成プログラムができあがるといったことはありえないわけで、SJSという会社のサイズやカルチャーに合わせて、何を使って何を使わないといった取捨選択をしていくことによって、より良い物ができていくのではないかと思います。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────研修を行っても効果があがらないという企業もあります。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">それは会社の責任です。研修だけでなく、多面的にいろいろな刺激や機会を社員に提供しているかどうかということだと思います。</p>

</div>
<h3 class="fs18">新人は、人財育成力のあるラインにのみ配属する</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10"><em>────過去のインタビューでは、「社員の方々には『顔が見える社員』になってほしい」とおっしゃっておられました。「顔が見える社員」とは、どのような社員なのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">標準的な人間になってほしくないということです。社員一人ひとりがそれぞれの強みを持ってほしい。「この人はこれが専門」「この人に聞けば大丈夫だ」という人財になってほしいということです。よく、チームワークが大切だといわれますが、それが慣れ合いになっていては困るわけで、それぞれの強みを持った人が集まって初めて、価値のあるシステム作りができるのです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────強みとは、例えばどのようなことですか。</em></p>
<p class="alignright"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/sjs_02_b.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs14 spacing10">例えば「彼はネットワークが得意だ」とか、「商品の構造をよく理解している」とか、そういうことであっていいのです。一人ひとりの輪郭が誰から見てもはっきり見えるような、そういう人財であってほしいということなのです。</p>
<p class="fs14 spacing10">採用にあたってもこの点はすごく意識していまして、「こいつは面白そうだな」と思えば採用します。面接でひと言も話さなかった人を採用したこともあります（笑）。その彼も、今はしっかりと仕事をしてくれていますよ。そうかと思えば、「システムのシの字も知らないけれども、英語だけは得意です」といって入ってくる人もいます。とにかく、標準的でどこから見ても金太郎飴みたいな人財にだけは、なってほしくないです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────最近では社員の多様性を尊重する企業も増えていますが、御社の採用はまさにダイバーシティを大切にされているのですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">情報システムこそ、多様性を持った人財が携わらないといけないと考えています。業務を標準化することが情報システムの効用ですが、それをつくり上げるのは多様な特性を持った人たちでなければならない。標準的な人ばかりが集まっても、面白みのないシステムづくりしかできません。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────採用時には個性的だった人財が、入社後に平均的な社員になってしまうということはありませんか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">それは、ありえます。一番、頭の痛いところです。ですから、新人の配属については「育成するマインドを持たないラインには、絶対に配属するな」ということをうるさくいっています。こういう時代ですから、「人が足りない」という部署はたくさんあります。でも、育てるつもりがないなら、新人は配属しない。「人は足りている」といわれても、育成力があると見ればその部署に配属します。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────新人が配属されない部署は困るのではないですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">それはもう、努力してもらうしかないです。やりようはあります。例えば、パートナー会社の方に支援していただくといった代替手段などです。業務遂行ということだけを考えれば、この1年、2年をどう乗り切るかという話でしかありません。</p>
<p class="fs14 spacing10">しかし、新人にとっては一生の問題です。社会人としての最初の出発ほど大切なものはなく、一人ひとりの人生がかかっているわけです。であれば、しっかりと育成してくれる上司や先輩がいるところ、あるいはライン長や部長の意識が高いところに配属してあげなくてはいけない。数合わせをするように「1人減ったから1人入れてください」というような扱いは、新人に対して失礼です。会社の5年後、10年後を考えても、そうやって育った人たちが会社を背負ってくれることがプラスになります。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────新人が配属されないラインは、人財育成を学ぶ機会がないということでもあるのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">機会を与えることは必要です。ですから、「うちに新人を配属してほしい」と要望してきた部署には、育成のプランや考え方を確認するようにしています。それに対して、これなら新人を預けても大丈夫だと思えば預けますし、そうでなければ配属はしません。もしくは、本当にそのラインに新人が必要なのであれば、人財育成力のある中堅社員を前もってそこに異動させてから新人を配属します。いくら新人にやる気があっても、組織の空気が停滞していたら人なんか育ちっこないわけですから。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────新人を配属する前に、人が育つ土壌をつくるということですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そう、それが一番大切なことです。一朝一夕でできるものではありませんが、これはもう続けるしかないです。継続するしかないと思います。</p>
</div>
<h3 class="fs18">「会社と会社」の関係から、「人と人」の関係へ</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10"><em>────ご就任からの6年間で、会社はどのように変わりましたか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">「この人はプロパー社員」「この人は出向者」といった意識がなくなってきたことが、劇的な変化だと思います。本音ベースでいえば、やはりどうしても本体の社員はプロパーの社員を「子会社の人」だと思う傾向があるものです。ビジネスノウハウやビジネススキルといったものは持っていない、いわゆる「技術屋さん」として見てしまう。</p>
<p class="fs14 spacing10">それが、「こういうやり方をすると、こういう問題があります」とプロパーの社員にいわれたとたんに、「この人は何なの」と思い始めるわけです。そして、自分たちが思う以上のスピードで開発が進む、高い品質のものができあがってくる、あるいは想定以上にコストを削減できたといった成果が積み重なるにつれて、信頼もどんどんと積み重なっていく。その結果、プロパーや出向者という意識がなくなり、「人対人」で仕事ができるようになるわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">損保ジャパンと損保ジャパン・システムソリューションという、「会社対会社」で仕事をしている時代から、人が人を信頼して仕事をするようになるというのは、これは劇的な変化です。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────子会社から機能会社へという大きなステージ転換も、「人対人」の信頼関係を一つひとつ重ねていくことの上に成り立っているのですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうです。そのためには、一人ひとりの社員が「技術力」「仕事力」「人間力」の3つの力を身につけることが必要です。子会社の時代は「技術力」があればよかったわけですが、今は我々も損保ジャパンのビジネスをつくり上げる一員。社員には「君たちはシステムエンジニアではなく、ビジネスエンジニアなんだよ」というのですが、システムの面からアプローチしてソリューションを見出すことが役割だとすると、おのずと持つべきスキルは見えてくるわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">ただ、理想の組織になるにはまだ時間はかかると思っています。長い目で軸をブラさずに、続けていくしかありません。そういった中で先日、2年目職員がある提案をしてきましてね。当社にはコーチング制度という、先輩が後輩をマンツーマンで指導する制度があるのですが、その制度に見直したほうがいい点があるというんです。そういう自発的な提案をもらうと、うれしいですね。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────そういった現場からの提案は、どのような経路で社長に届くのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">特別な制度やルールはなく、その時々でポーンと出てきます。今回は、人財開発部長宛にメールで提出されたものを、「ぜひ読んでください」と部長が私に転送してくれたのです。こういう提案が出てくるということは、技術だけでない目線でものごとを見られるようになってきているということですし、そういった提案には真摯に答えたいと思います。社員が変わろうとしているきざしは、敏感に感じ取って、適切に反応しなければなりませんから。</p>
</div>
<h3 class="fs18">社員の成果を外に向けてアピールする</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10"><em>────子会社から機能会社へというステージ転換を図る企業に、アドバイスを何かお願いいたします。</em></p>

<p class="fs14 spacing10">大それたことはいえませんが、まずは、向かうべき方向をビジョンとして明確に社員に伝えることが必要です。そして、仕事で成果を収めたなら、本体の人たちを呼んできて「このようにできました」と、実績を共有することが大切です。自分たちだけで「やった、やった」というのではなく、ユーザーに成果をアピールすることが必要です。当社でも、そういったことは積極的に行ってきました。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────それがみなさんの成功体験にもなりますね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そうです。自分たちだけでやる打ち上げもするなとはいいませんが、あまり意味がないと思うんです。自分たちでやったことを、周りから評価してもらう。それが、一番大切なことです。本体のユーザー部のトップの人たちから「ご苦労さま」といわれれば、私が「ご苦労さま」というよりもはるかに効果があるわけですよ。</p>
<p class="fs14 spacing10">そこはかなり意識して、「時間があるなら来てよ」と、本体の人間に開発拠点までよく来てもらいました。そういったことが、現場の人たちの励みになると思っています。また、そのような実績が積み上がっていくと、SJSという会社に対する本体からの信頼感も高まってくるわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────信頼関係という土台があって初めて、会社対会社の関係から人対人の関係に移行できるのですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そういうことです。本体のユーザー部の人が、何か困ったことがあるときは「SJSのAさんに連絡しよう」という関係にさえなれば、後は放っておいても大丈夫なのです。そこに至るまでの信頼関係を築く機会を、会社として意識的に仕掛けていくということです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────ありがとうございました。</em></p>
</div>
</li>
</ul>]]></description>
            <link>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/11/post-54.html</link>
            <guid>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/11/post-54.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">この人に聞く</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 12 Nov 2008 10:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>社員の生きがい、働きがいを高める経営（前編）</title>
            <description><![CDATA[<ul class="secList">
<li class="clearfix">
<p class="photo"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/sjs_00.jpg" alt="" /></p>
<div class="textArea">
<p class="fs16 spacing10"><em><$MTEntryTitle$><br />
株式会社損保ジャパン・システムソリューション<br />
代表取締役社長　井戸 潔さん</em></p>　
<p class="fs14 spacing10">ダイバーシティへの取り組み、社員の成長機会の創出、労働環境の改善......、今、「非金銭的報酬」が注目されています。その背景には、行きすぎた成果主義を是正する動きがあることもさることながら、働く側の就労観の変化も見逃せません。2009年春の大卒者を対象にしたある意識調査では、入社した会社で「定年まで働きたい」と答えた新卒者が全体の41％に上りました。長期的な視点で企業が選ばれる今の時代、目先の報酬やインセンティブだけでは、もはや優秀な人財をつなぎとめることはできないのです。では、どうすれば社員の働きがいを高めることができるのか。2002年の就任以来、「社員に成長の機会を提供することが経営者の役割」という姿勢を貫く、株式会社損保ジャパン・システムソリューション代表取締役、井戸 潔さんに伺ったインタビューを2回シリーズでご紹介します。</p>
</div>
</li>
<li>
<p class="fs14 spacing05"><em>株式会社損保ジャパン・システムソリューション</em> （<a href=" http://www.sompo-japan-sys.co.jp/" target="_blank"> http://www.sompo-japan-sys.co.jp/</a>）</p>
<p class="fs14 spacing20">1984年4月に、安田システム開発株式会社として設立。1989年、安田火災システム開発株式会社に、2002年、株式会社損保ジャパン・システムソリューションに社名変更。2005年に損害保険ジャパン社の情報システム部と統合し、現在の体制となる。国内損保事業におけるリテールビジネスモデルの革新や、国内生保・確定拠出年金・アセットマネジメント・ヘルスケア事業への注力、海外事業の積極展開などを成長戦略に掲げる損保ジャパン社を情報戦略の面から支える。</p>
<p class="fs14 spacing05"><em> KIYOSHI IDO </em></p>
<p class="fs14">1955年生まれ。78年に安田火災海上保険株式会社（現 株式会社損害保険ジャパン）入社。2000年に社長室 IT戦略室長、02年に情報システム部長を経て、同年6月に安田火災システム開発株式会社（現 株式会社損保ジャパン・システムソリューション）代表取締役社長に就任。07年に株式会社損害保険ジャパン 執行役員　株式会社損保ジャパン・システムソリューション 代表取締役社長。</p>
</li>
<li class="end clearfix">
<h3 class="fs18">親会社のシステム部門と統合。2つの組織の融合が命題に</h3>
<div class="txt">
<p class="fs14 spacing10"><em>────2002年にご就任されてから7年目を迎えられました。この間、人財育成や組織運営という観点から見た企業経営には、どのようなステージがあったのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">2005年4月に損保ジャパンのシステム部門と統合したことが、ひとつの大きな転機だったといえると思います。昔は「損保ジャパンの情報子会社」と呼ばれていましたが、今や当社の業務は、損保ジャパンの業務そのものになっている。2005年を境に、会社の位置づけはまったく変わりました。</p>
<p class="fs14 spacing10">つまり、「子会社」から「機能会社」へという段階があり、その次には、まさに「事業会社」を目指すという大きな流れがある中で、今は「機能会社」のステージにいるということです。子会社はどうしても受け身の仕事が中心になりますが、そこから脱して、システム戦略という一つの機能を担う機能会社になったということなんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">会社の位置づけが変われば、社員の考え方や仕事の進め方も変わる必要があります。指示に従うことに全力を尽くすのではなく、「これはできる」「これはできない」ということをきちんとジャッジし、主体的に物事を進める風土を育てなくてはいけないわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────そのためには、どのようなことが必要だったのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">まず必要だったのは、従来の損保ジャパン・システムソリューション（以下SJS）という会社と損保ジャパンのシステム部門という2つの組織を融合させていくことでした。共に競い合い、切磋琢磨して、それぞれの強みを発揮できる組織にするということです。</p>
<p class="fs14 spacing10">本体と子会社という間柄ですと、やはりいろいろとあります。例えば、当社のプロパーの社員にとっては、損保ジャパンからの出向者は昔、教えを請うた人たちです。そうすると「お世話になった人だから」という気持ちが強くなりますから、いろいろな葛藤が生まれることもあると思うんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">ですからまず、「技術の会社としての原点にしっかりと立ち戻ろう」というメッセージを社内に伝えることが必要でした。「我々が目指すのは、2つの組織が単に1つになることではなく、第3の組織をつくっていくことだ」と。技術を持っているプロパーの社員とノウハウを持っている出向者をいかに融合して、付加価値の高いソリューション機能に仕立て上げるか。これが、統合した時に一番腐心したことですね。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────具体的には、どのような手を打たれたのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">重視したのは、技術者としてのあるべき基準を明確に示すということです。人事制度や処遇は今でも別々ですが、技術者としては共に目指すべきことに向かってもらわなくてはいけない。そのために、統合に先立ってITSS（IT Skill Standard：ITスキル標準※）を導入しました。</p>
<p class="fs12 spacing10" style="padding-left:10px;">※ITスキル標準：各種IT関連サービスの提供に必要とされる能力を、職種や専門分野ごとに明確化・体系化した指標。</p>
<p class="fs14 spacing10">ITSSは、社員のスキルの評価や処遇の査定に利用されることも多い指標です。技術者の単価と結びつけ、お客様への請求に結び付けている会社もあります。しかし、我々がITSSに期待したのはそういったことではなく、まったく別な価値観を持った人たちを一つの方向に向けるためのフレームとして活用することでした。「技術者としての生まれ育ちが別であっても、SJSのエンジニアとしてこれを目指してほしい」ということを指し示すために導入し、今もITSSを技術者育成の指針にしています。</p>
</div>
<h3 class="fs18">人財の配置ではプロパー・出向の分け隔てなく、実力主義を貫く</h3>
<div class="txt"> 
<p class="alignright"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/sjs_02_a.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs14 spacing10">ただ、やはり一番重視したのは、社員のモチベーションをいかに高めるかということなんですね。高邁な理想や高度な知識云々ということではなく、どれだけモチベーション高く仕事に取り組んでもらうことができるか。人財育成は、これにつきるのだろうと思います。</p>
<p class="fs14 spacing10">「人財こそSJSの最大かつ唯一の資産だ」ということが、私の以前からの持論ですが、これは裏を返せば、人財を育成しない限りSJSという会社は成長しないし、明日もないということ。では、社員の成長を支えるのは何かといえば、それは一人ひとりのモチベーションにかかっているということだと思うんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">ですから人財を配置してラインの構成をつくるときには、実力主義を貫くということを極めて意図的に行いました。ややもすると、親会社からきた社員がラインの長に就くことになりがちですが、システム開発は「いい腕を持っていてなんぼ」の世界です。だから、我々は実力主義でいこうと。その結果、プロパーの社員を高い役職に就け、その下に本体からの出向者をつけるということをかなりやりましたね。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────現場のみなさんの雰囲気はいかがでしたか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">最初は戸惑うこともあったのではないでしょうか。現場の社員からすると、昔お世話になった人に指示を出さなくてはいけないわけですからね。これは辛いことだとは思いますが、そこに耐えてもらわないと、会社全体が同じ方向を向けるようにはなりません。それに、プロパーの人にとってSJSは自分の会社です。自分の会社なのに、自分の頑張りが報われないと思うことほど、つまらないことはないわけですよ。</p>
<p class="fs14 spacing10">意思決定のスピードを速めて開発力を強化するということが統合本来の目的ですが、そのためには一人ひとりの社員がやりがいを感じ、エンジニアという仕事に今まで以上の生きがいを見出す組織をつくりあげることが不可欠。どうすれば社員のモチベーションを高めることができるかを、最優先に考える必要があるんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────「実力主義」の実力は、どのようにして測るのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">我々は独立系ではなくユーザー系の会社ですから、損保ジャパンの情報システムの価値をいかに高められるかということが、実力と同義になります。そういった観点から一人ひとりの社員の顔を思い浮かべ、これまでの実績を十二分にチェックしたうえで配置を決定しました。</p>
<p class="fs14 spacing10">私も以前は本体のシステム部門にいましたので、受け入れた出向者はみんな私のもと部下。全員をよく知っているものですから、決定はすべて私の判断。こういったことはトップダウンでやるしかないんですね。何かの指標に従って実力を測ったわけではないのは、私が「定量的」や「基準」といったことがあまり好きではないということもありますが（笑）、人財の配置には自信はありますね。</p>
</div>
<h3 class="fs18">刺激と機会を与えれば、人は確実に成長する</h3>
<div class="txt"> 
<p class="fs14 spacing10"><em>────社員のモチベーションを高めるということは、どの企業にとっても究極のテーマかと思います。人員配置の配慮のほかには、どのようなことをなさられたのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">一番必要だと思っているのは、日々の仕事では経験できないような機会を与えてあげることです。何かのプロジェクト開発をやったからといって、それは日常業務の延長。そのことによってモチベーションが高まるわけではありません。そうではなくて、普段では接することのないような場を経験させる。その機会をつくることが、経営の役割なのだと思います。</p>
<p class="fs14 spacing10">どういうことかといいますと、例えば当社では、損保ジャパンおよび損保ジャパングループ以外の仕事を請ける外販事業も行っています。しかし、外販事業で収益を上げることは考えていません。そうした中に社員が入っていくことは他流試合になります。その他流試合を通して人が育つ。そこに価値があるんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">こんな話をすると、「私たちは黒字にしようと思っています」と外販事業の社員に叱られますが（笑）、私はいつもいうんですよ。「これは収益をあげるための事業ではなくて、投資なんだよ」と。こちらとしては、多少は赤字になってもいいじゃないかという気持ちでやっているわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">機会の創出としてはもう一つ、中国の大連に開発拠点をつくりまして、オフショア開発（※）にも取り組もうとしています。これから中国の経済がどうなるか、人件費が上昇する中で安定的に人財を調達できるのかといった不透明な部分は十分に認識していますが、そのリスクを考えてもなお、中国での開発を社員に経験させることには大きな意義があると思っているんです。</p>
<p class="fs12 spacing10" style="padding-left:10px;">※オフショア開発：システム開発を海外に委託すること。</p>
<p class="fs14 spacing10">これはよく笑い話にすることなのですが、技術研修を企画してもいつも定員に満たないんですよ。けれども「中国語の研修をやります」というと、すごく人が集まる。やはり、みんな刺激を求めているんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">日ごろはどうしても、親会社との閉ざされた世界の中で仕事をすることになります。これがユーザー系の会社の最大の欠点であり、問題点。それを変えていくためには、まったく別な世界を見せてあげないといけないわけです。ですから中国での研修を行った際には、「行きたい」と手を挙げた社員は業務に関係のない人も全員行かせました。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────会社としては相当のコスト負担ですね。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">コストではなく投資。必要なことだと思いますね。といっても、すぐに何か数字的な効果が表れるというような、過剰な期待はしていません。中国に行かせた中から1人でも2人でも目覚める人が出てくれれば、それが会社の価値になりますから。</p>
<p class="fs14 spacing10">中国で見るもの、聞くもの、肌で感じるものすべてが、彼らにとっては経験したこともないもののはず。例えば、同年代のエンジニアが真剣に仕事に向う姿勢を目の当たりにするだけでも、ずいぶん違うと思います。残念ながら今の日本は、飽食の時代ということもあるんでしょう。全てを投げうって仕事に打ち込むことは、少なくなりましたからね。でも、やはりエンジニアは真剣勝負の中で生きていかなくてはいけないということを、1人でも2人でも中国で感じてくれればそれでいい。それが将来、会社が成長する一つのきっかけになってくれればいいと思うんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">結局、日常の淡々とした仕事の中では、人間は成長しないわけです。毎日朝の9時に眠いなと思いながら会社に来て、上司からは「早くしろ」といわれて（笑）。そんなことでは、成長なんてしませんよ。やはり、新しい世界を見せなくてはいけない。それが経営の役目だと思っています。オフショアの研修で中国に行った社員からは「すごく刺激になりました」とメールをもらったのですが、そういう風に思ってくれるだけでも十分なんじゃないでしょうか。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────社員の方から社長に直接メールがくるのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">よくもらいますよ。返信すると、びっくりするようですが（笑）。おそらく上司から「社長に礼状ぐらい送れ」といわれているのだろうと思いますが、そういったメールをもらうと、やったことの意義は十分にあったなと思うんですね。</p>
<p class="fs14 spacing10">また、これは他社でもされていることかとは思いますが、本体への出向も積極的に行っています。「どんなに人が足りなくても、1人か2人は必ず出せ」と。これも、環境を変えることが目的です。「こういう価値観で仕事をすることが必要なんだな」「こういう仕事の進め方があるんだな」といったことを感じ取ってほしい。そのために行っているものです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>「社員に成長の機会を与えることが経営者の役割」という考えは、組織運営のすべてに徹底されています。教育研修や採用、新人育成はどのように行われているのか。3年前の統合時と比べて、会社はどう変わったのか。後編も引き続き、井戸社長の組織運営について伺います。</em></p>
</div>
</li>
</ul>]]></description>
            <link>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/10/post-53.html</link>
            <guid>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/10/post-53.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">この人に聞く</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 29 Oct 2008 20:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>後発からシェアトップを実現した「社員を感動させる経営」（後編）</title>
            <description><![CDATA[<ul class="secList">
<li class="clearfix">
<p class="photo"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/mirai_00_b.jpg" alt="" /></p>
<div class="textArea">
<p class="fs16 spacing10"><em><$MTEntryTitle$><br />
未来工業株式会社<br />
取締役相談役　山田昭男さん</em></p>　
<p class="fs14 spacing10">「景気が悪い」「いい人材が採用できない」「株主対策に翻弄される」──混迷する経済状況の中、企業経営にはさまざまな障害がつきまといます。とりわけ中小企業には厳しい時代が続いていますが、そんな中、景気低迷はどこ吹く風と快進撃を続ける企業があります。常識に反する型破りな経営で知られる未来工業がそれ。業界最大手の寡占市場に挑戦し、今や商品によってはシェア8割を占めるまでに成長した原動力は、社員の意欲を引き出す「社員を感動させる経営」にあるといいます。それはどのような経営なのか？　未来工業創業者である山田昭男さんに伺ったインタビューの後編をご紹介します。</p>
</div>
</li>
<li>
<p class="fs14 spacing05"><em>未来工業株式会社</em> （<a href="http://www.mirai.co.jp/" target="_blank">http://www.mirai.co.jp/</a>）</p>
<p class="fs14 spacing20">1965年創立。山田氏が、当時熱中していた演劇の仲間を募って4人で起業。実家が営む電気設備資材メーカーを「仕事もせず劇団に入れ込み過ぎる」と勘当同然にクビになったことが起業のきっかけ。社名は劇団名の「未来座」から命名した。資本金は50万円。仕入れ先も顧客もなく、競合するのは「世界のナショナル（松下電工）」という逆風のスタートから、常識に逆らう型破り経営で急成長を遂げ、1991年には名古屋証券取引所第2部に上場。2008年3月期の売上高は319億7300万円、経常利益は39億6000万円（いずれも連結）、2007年3月期までは16期連続増収、8期連続増益という優良企業に成長した。</p>
<p class="fs14 spacing05"><em>AKIO YAMADA</em></p>
<p class="alignright"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/mirai_book.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs14">1931年、上海生まれ。旧制大垣中学校を卒業後、家業の山田電線製造所に入社。家業の傍ら劇団「未来座」を主宰し、 1965年に劇団仲間4人で未来工業を設立。1991年、名古屋証券取引所第2部に上場。2000年から取締役相談役。岐阜県中小企業同友会代表理事、同会長、岐阜県電機工業会会長などを歴任。著書に「楽して、儲ける！」（中経出版）。</p>
</li>
<li class="end clearfix">
<h3 class="fs18">中途半端な施策では、効果は期待できない</h3>
<div class="txt">
<p class="fs14 spacing10"><em>────他の企業も御社のように年功序列制を導入し、「年間休日140日」などの社員を感動させる施策を導入すれば、社員の意欲を高めることができるのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">どうでしょうか。そういったことをやる人は誰もいませんからね。みなさん、「そんなことをしたら、うちは倒産する」とおっしゃるから。ただ、一番の問題は、中途半端にやるのはダメだということなんです。どれだけ、とことんやれるか。これが大事です。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────しかし思い切った手を打つには、勇気がいるように思います。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">怖さはあるでしょうね。だけども、そもそも商売を始めるということ自体が怖いことなんですよ。どんな会社も創業したときには、すでにその分野に競合する先行企業があったはず。当社だって、そうでした。先行企業には地盤も資金も顧客も、全部ある。こちらには、そんなものは何もない。それでも、みなさん怖がらずに商売を始めたわけでしょう。</p>
<p class="fs14 spacing10">それが、社員が10人とか15人といった規模を超えた途端に、「こんなことやったらヤバイな」と怖がるようになるんですよ。私は35年間、中小企業の団体（岐阜県中小企業家同友会）の代表を務めて、何万人という中小企業の社長とつきあってきましたが、みなさんそうですね。でも、今までの商売が何とかなってきたんだから、これからも怖がらずに勝てると思ってやればいいわけですよ。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────御社の手法を取り入れた企業もあるのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">私が知る範囲では、岐阜県と沖縄県に4社あります。「欠勤したら日割で給料を引くのに、休む社員が減らない」というから、「それは、給料を引かれてもいいということだ」と教えた。そうしたら、「山田さんのいう通りにやってみたい」と、欠勤しても給料を引かない未来工業方式を取り入れたわけです。で、どうなったか。3年経ったころに聞いたところ、「あれだけ休んだ社員が、まったく休まなくなった。不思議なもんだ」と、感心していましたね。</p>
<p class="fs14 spacing10">でも、しょっちゅう講演に呼ばれて何万人にこの話をしていますが、実行したのはまだ4社。誰もやらないんですね。怖がって。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────未来工業方式を導入したとして、効果が表れるまでにはどのくらいの時間がかかるのでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">どうでしょうか。その会社の例でいえば、私が確認したのは3年目ですから、それまでには変化があったということですね。ただ一ついえることは、徹底的にやらないと社員は感動しないということです。</p>
<p class="fs14 spacing10">休んでも給料を払う代わりに、そもそも休みが少ないというのでは、「こき使いやがって」と社員の不満は消えません。休んでも給料がもらえる喜びと、年間休日が少ないという不満が相殺されてしまう。それではダメなんです。もしくは、休んでも給料を払う代わりにサービス残業をさせるとなったら、もうおしまいですよ。「悪貨は良貨を駆逐する」というように、物事は悪い印象のほうが強いもの。すべてを感動させるネタで徹底しなくてはいけないわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">例えば、未来工業は残業禁止ですが、そうすると「残業をして稼ぎたい」という社員が不満を持ちます。だから、他社で残業手当をもらったのと同じ水準の給与を払っています。残業がないのに残業したのと同じだけの給料がもらえれば、社員は喜びますよ。感動します。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────そのためには、会社に原資が必要です。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">その考えが違うんですよ。「残業をしたのと同じだけの給料を払う」と、まずは決めてしまうんです。そうすれば、社員は残業しなくても仕事をちゃんとやるようになって、会社は回ります。残業手当が出るとなれば、残業するために引き伸ばして仕事をします。「残業しないと、お客様の要望に応えられません」と大義名分を出してくる。</p>
<p class="fs14 spacing10">「そんなに仕事があるなら、人を雇え」といっても、「仕事は4時間分ほどですから、人を雇うほどではありません」という。でもそれは違うんですよ。残業手当は基本時給の1.25倍ですから、4時間分の残業は通常勤務の6時間分です。当社は7時間15分勤務ですから、残りの1時間15分を遊ばせたってどうってことはない。「だから、人を雇って残業はするな」と。</p>
<p class="fs14 spacing10">では現場はどうするかというと、雇いませんよ。雇えば会社の利益が減って、自分の分け前も減る。それがわかっているから人は雇わずに、自分も残業せずに、ちゃんとやる。人間っていうのは、そのようにできとるんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">もう一つ徹底しているのは、未来工業は「ホウレンソウ」、つまり報告・連絡・相談は禁止です。例えば上司に何かを相談して「やるな」といわれたら、その人間は不満を持ちます。人間には誰しも自負があるわけだから、「こんなにいい物を考えたのに、上は拒否しやがった」となるわけです。だから、不満を持たせないためには、全部思う通りにやらせればいい。「どんどんやりなさい」、と。で「ダメならやめなさい」、と。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────やめるかどうかの判断は、どなたがなさるのですか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">それも自分です。自分で考えてやったんだから、やめるかどうかも自分でやりなさいということです。とにかく、不満を持つネタは徹底して取り除き、徹底して感動させる。そうすれば、社員は「この会社のために頑張ろう」と思うようになるんです。</p>
<p class="fs12 spacing10" style="padding-left:10px;">---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------<br>
<p class="alignright"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/mirai_0102_b.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs12 spacing10" style="padding-left:10px;">未来工業の社内には、いたるところに「常に考える」というプレートが貼られている。全社員が常に工夫を考え、アイデアを形にする行動力を持つことが成長の原動力だ。<br>
ただし、社員の考えを受け入れる土壌がなければ、「常に考える」風土は根づかない。未来工業には、「ホウレンソウ禁止」に加えて、次のようなエピソードもある。<br><br>
「デンコー・マック（作業用ナイフ）が成功してしばらくしたら、『その構造を使って魚釣り用のナイフをつくったら売れるんじゃないか』という提案が上がってきた。おもしろそうだというので（中略）商品化したが、これは年間300~400本しか売れていない。というより売りに行ってないのだから、売れるはずもない。（中略）じゃあ、なぜ、わざわざ製品化したのか？　常に新しい提案を続けていくには、そういう場が必要だからである」（「楽して、儲ける！」より）<br>
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</div>
<h3 class="fs18">経営者が担うべきは「戦略」。「戦術」には手を出すな</h3>
<div class="txt">
<p class="fs14 spacing10"><em>────すべては、「社員を感動させる」というところに行きつくのですね。</em></p>
<p class="alignleft"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/mirai_0201_b.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs14 spacing10">そうです。それに関連した話では、こんなこともありました。私は岐阜県の中小企業家同友会で「岐阜みらい塾」という塾を持っているのですが、あるとき「社長は売るな、買うな、つくるな」ということを教えたんです。なぜかといえば、それは全部、社員の仕事。社員の仕事を社長がかっぱらったら、社員は頭にきます。社員は自分のことを、営業のプロ、経理のプロ、購買のプロ、製造のプロだと思っとるわけでしょう。それを奪って、社員が「頑張ろう」と思うはずがないんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">そうしたら、それを実行して経営が傾いてしまった会社があった。「山田さんのいう通りにしたらこうなった」といわれて私も参ったのですが、私は「売るな、買うな、つくるな」とはいっても、ほかっておけ（放任しろ）といった覚えはないんです。それをほかっておいたから、会社が傾いた。そこでハタと気がついて、以降は「売らせろ、買わせろ、つくらせろ」と、言葉を変えたわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">「売る」というのは、「たくさん売る」「高く売る」こと。「買う」というのは、「安く買う」「いい物を買う」こと。「つくる」というのは、「たくさんつくる」「安くつくる」「いい物をつくる」の3つ。これが社員の務めですね。これらをやるために考えることを「戦術」といいます。それに対して、社長が考えるべきことは「戦略」。これを両方やってはダメなんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">こんなこともありました。岐阜県中小企業家同友会の会員の、ある2代目社長が相談に来たんですよ。「親父は私に『陣頭指揮、率先垂範をしろ』といって会社を譲った。けれども山田さんは、『それはしてはいけない』という。俺は目が回っとるから、ゆっくり話を聞きたい」と。聞いたところその先代は、戦争中は軍隊で小隊長をしていたそうです。で、「『突撃』といって一番先頭を走らないと部下がついてこないことを経験した。経営も一緒だといっている」と。</p>
<p class="fs14 spacing10">そこで、私はいったんですよ。「よくわかる話だけども、思い違いもいいところだ」と。小隊長というのは、軍隊では一番下の位です。上には中隊長、大隊長がいて、さらに上には連隊長と師団長がいる。会社でいえば、小隊長は係長。課長以下ですよ。軍隊で一番偉いのは総司令官であって、これが社長と同等なんです。</p>
<p class="fs14 spacing10">だから、「どこの世の中に、総司令官が軍刀を持って先頭を走る軍隊があるか」と。司令部で机の上に地図を広げて、兵隊をどう動かすかという戦略を練るのが総司令官の仕事であって、「そういうのをまったく考えないで戦争をやったって、烏合の衆で勝てるわけがないだろう」といったんです。そうしたら「なるほど」と、帰っていきましたけどね（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────「戦略」で最も大切になるのは何でしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">どうしたら社員を感動させられるか。これを徹底させることにつきます。経営コンサルタントなどはいろいろなことをいいますが、全部無視していいと私は思いますね。戦術は社員に任せるわけだから、社長に対する「ホウレンソウ」は禁止。私はだいたいが「よきに計らえ」だから、社員のほうが危機感を持って自分たちで考えるようになります（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10">社長は、社員が「高く売ろう、たくさん売ろう」という気持ちになっているかどうかの情報さえ持っとればいいんです。売ったか売らなかったかなんて、いってみればどうでもいい。過去のことなんだから。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────しかし、過去を分析するのは経営の定石です。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">過去を分析して何ができるのか、というのが私の持論です。でも、日本人は分析が好きですね。営業でも「この商品はいくつ売れたか」「この顧客には何が売れたか」と、みんなデータをつくる。でも、そんなものは全部過去。「この商品をあの会社にどれだけ売ろうか」というデータは、これは未来だからいいけれども、いくら売れたかという過去はいらないんですよ。</p>
</div>
<h3 class="fs18">経営者は社員を感動させるだけでなく、先が読めなくてはならない</h3>
<div class="txt">
<p class="fs14 spacing10"><em>────過去にこだわりすぎると、未来が見えなくなるということでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そう。経営者は、先が読めなくてはいかんと思いますね。未来が読めるカリスマでなくてはいけない（笑）。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────1973年のことになりますが、すべての商品にJIS（日本工業規格）を取得されました。これも、時代に先手を打ったということでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">あの当時は、「保革伯仲」といって自民党と社会党が伯仲し、「次の衆議院選挙は社会党が勝つ」と、日本中がそう思っていた時代でした。その動きを読むうちにJIS規格の取得を思いついたわけです。どういうことかというと、われわれ建設関連の業界は公共事業が多いんですね。しかし、公共事業はゼネコンの寡占状態で、地方には仕事は回ってきません。するとどうなるか。頭にきた地方の建設業者は社会党に票を入れるはずで、そうなると自民党にとっては建設業の票田が崩れることになる。これは、自民党は土木建設業に対して何か手を打つだろうなと思って見ていたわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">そうしたらやはり、共同企業体、つまりジョイントベンチャーという方策を考えてきて、ゼネコンにその他の建設業者をつけましょうということをやった。だから建築屋はみんな喜んで、次の選挙は自民党が勝ちました。いわゆる懐柔策ですね。自民党が建設屋の頭をなでたということです。</p>
<p class="fs14 spacing10">とすると自民党は、今度はメーカーの頭をどうやってなでるかなと考えたわけです。当時の公共事業は、95％がメーカー指名です。指名されるのは松下電工や東芝ばかりで、われわれは商売になりません。つまり、仕事をもらえない中小のメーカーは怒る。それをなだめるために自民党はどうするか。そう考えて思いついたのが、JISだったわけです。</p>
<p class="fs14 spacing10">当時も95％はメーカー指名でしたが、残りの5％はJIS規格の製品ならOKということになっていましたので、今後はその比率が逆転する流れになって、中小にも門戸が開かれるはずだと。そこで急きょ技術部を作ってJISの勉強をし、当社の関連製品すべてにJIS規格を取得したんですよ。</p>
<p class="fs14 spacing10">当時はまだ、JIS規格を取得していたメーカーはほとんどありませんでした。なぜかって電気用品取締法をクリアしていれば、それで商売ができたわけですから。そうしたら未来工業がJIS規格を取得し終わるのを待っていたかのように、公共事業のメーカー指名が廃止されて、代わりにJIS規格の製品ならどのメーカーでもいいということになったんです。日本中の公共事業がそうなった。そこでまた、業績が大変に上がったわけです。</p>
</div>
<h3 class="fs18">飛躍的に成長するには、プラス思考が必要</h3>
<div class="txt">
<p class="fs14 spacing10"><em>────過去にこだわらずに未来を考えるというのは、前向きな思考でもありますね。</em></p>
<p class="alignright"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/mirai_0401_b.jpg" alt="" /></p>
<p class="fs14 spacing10">そう、経営にはプラス思考が必要です。こんな話もありました。当社は70歳定年制を導入していますが、そうすると周りの中小企業の社長連中はみんな「どうして未来工業さんは、社員を70歳まで雇って生産性を維持できるのか」と聞いてくるんです。そんなことは、私だってわかりませんよ（笑）。こっちが教えてほしいくらいです。</p>
<p class="fs14 spacing10">逆に聞きたいのは、なぜ70歳まで雇用することの弊害ばかりを心配するのかということなんです。だって70歳まで雇ってもらえると思えば、社員は感動するでしょう。これも日本で当社だけではないかと思いますが、60歳を過ぎても定年まで給料は一切下げません。法律では、60歳以降は再雇用して給料を下げていいことになっているけれども、当社は70歳まで一銭も下げない。これはもう、若い社員が感動して一生懸命働くようになりますよ。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────高齢者を雇用して生産性が落ちるマイナスよりも、若手・中堅社員の生産性が伸びるプラスのほうが大きいということでしょうか。</em></p>
<p class="fs14 spacing10">そう。だから、経営者にはそういったソロバンができることも大事です。それに、社員が本当に70歳まで勤めるかどうかなんて、わからんのですからね。60歳ぐらいで倒れてくれるかもしれない（笑）。仮に70歳まで勤めたって、全社員に占める割合は数％ですから、大した問題じゃない。でも、みんなはいうんですね。「70歳まで勤めたらどうするんですか」と。</p>
<p class="fs14 spacing10">欠勤しても給料を引かないというやり方にしたって、「そんなことをしたら欠勤が増えるのではないか」と思うのはマイナス思考。「もらった分だけ頑張ろうと思うだろう」と考えるのがプラス思考。実際にちゃんとくるんですよ、社員は。万が一休みが増えるようなら、その施策をやめればいいだけの話ですしね。</p>
<p class="fs14 spacing10">だから、下手に心配して中途半端にやるのはダメ。やるからには徹底的に、社員を感動させる。社員がやる気を出して初めて、商品やサービスの差別化ができるのであり、それなくして会社の成長はありえないんです。</p>
<p class="fs14 spacing10"><em>────ありがとうございました。</em></p>
</div>]]></description>
            <link>http://www.obt-a.net/web_jinzai_magazine/person/2008/10/post-52.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">この人に聞く</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 15 Oct 2008 10:00:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>後発からシェアトップを実現した「社員を感動させる経営」（前編）</title>
            <description><![CDATA[<ul class="secList">
<li class="clearfix">
<p class="photo"><img src="/web_jinzai_magazine/person/images/mirai_00_a.jpg" alt="" /></p>
<div class="textArea">
<p class="fs16 spacing10"><em><$MTEntryTitle$><br />
未来工業株式会社<br />
取締役相談役　山田昭男さん</em></p>　
<p class="fs14 spacing10">「景気が悪い」「いい人材が採用できない」「株主対策に翻弄される」──混迷する経済状況の中、企業経営にはさまざまな障害がつきまといます。とりわけ中小企業には厳しい時代が続いていますが、そんな中、景気低迷はどこ吹く風と快進撃を続ける企業があります。常識に反する型破りな経営で知られる未来工業がそれ。業界最大手の寡占市場に挑戦し、今や商品によってはシェア8割を占めるまでに成長した原動力は、社員の意欲を引き出す「社員を感動させる経営」にあるといいます。それはどのような経営なのか？　未来工業創業者である山田昭男さんに伺ったインタビューを2回シリーズでご紹介します。</p>
</div>
</li>
<li>
<p class="fs14 spacing05"><em>未来工業株式会社</em> （<a href="http://www.mirai.co.jp/" target="_blank">http://www.mirai.co.jp/</a>）</p>
<p class="fs14 spacing20">1965年創立。山田氏が、当時熱中していた演劇の仲間を募って4人で起業。実家が営む電気設備資材メーカーを「仕事もせず劇団に入れ込み過ぎる」と勘当同然にクビになったことが起業のきっかけ。社名は劇団名の「未来座」から命名した。資本金は50万円。仕入れ先も顧客もなく、競合するのは「世界のナショナル（松下電工）」という逆風のスタートから、常識に逆らう型破り経営で急成長を遂げ、1991年には名古屋証券取引所第2部に上場。2008年3月期の売上高は319億7300万円、経常利益は39億6000万円（いずれも連結）、2007年3月期までは16期連続増収、8期連続増益という優良企業に成長した。</p>
<p class="fs14 spacin