OBT 人財マガジン

2013.03.27 : VOL160 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
    専務取締役 矢部 輝夫さん

    経営改革は、実行する「現場の実態」を把握して、初めて実現する(後編)

     

    活気が失われた現場を、海外視察団も絶賛する"最強の現場"へと改革したJR東日本テクノハートTESSEI。「本社の言うことをよく聞いて、しっかりやるように」という上位下達の企業文化を一掃した同社の改革は、矢部氏(同社専務取締役)が「現場を知ること」から始まっている。「JR東日本から来たときは1カ月間の実習を受けて、現場のおばちゃんたちと同じ釜の飯も食べました」と語る同氏。その経験を通じて、現場がどれだけ大変か、一生懸命に取り組んでいるかを知り、「このまま埋もれさせるわけにはいかない」と感じたことが起点である。現場の実態(感情や気持ち)を知らない中で、「職場活性を」「自律的に仕事を」と言ったところで誰も動かなかったであろうし、「何もわかっていない」という反発が出たであろう。経営施策の浸透・実効が上がらない場合、それを作った経営・本社部門は「現場は危機感が無い」等という見なし方をすることが多いが、本当にそうだろうか。経営施策を浸透させ、改革を実現させるためには、まず、それを動かしていく「現場の実態」を知ることが極めて重要である事をJR東日本テクノハートTESSEIの事例は示唆している。
    (聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [OBT協会の視点]

    【機能分担子会社から親会社の競争力を担う企業へと】
    大手企業における多くの機能分担子会社の経営を見ていると、企業としての方向性や自由裁量の余地の少なさ、経営上の制約条件があまりにも多いと気づく。その為、経営というよりも単なる分担された機能を回すためのオペーレーションや業務の管理をやっているケースが見受けられる。
    そうなるとそこで働いている社員の人達は受動的で自ら考えてアイデアを出すとか創意工夫をするとかといったことは殆どなく、決められたことをその範囲内でやるという考え方が圧倒的に多くなる。
    しかし、経営リーダーの経営に対する考え方、業務の捉え方次第で同様な性格を持った機能分担子会社でも大きく変革しうるということである。自分達の業務を"単なる清掃"と捉えるのか"されど清掃"と捉えるのか、まさにリーダーの捉え方次第であろう。経営の制約条件は、まさにリーダーの志と考え方そのものにあることを株式会社JR東日本テクノハートTESEEIのケースは示唆している。

  • 株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
    1952年に鉄道整備株式会社の社名で設立。東日本旅客鉄道(以下JR東日本)が運行する東北・上越新幹線の車両清掃や、東京駅・上野駅の新幹線駅構内の清掃を担当している。2005年から『トータルサービス』を掲げた現場改革をスタート。約800万円を投じてスタッフのための空調設備を詰め所に増設するなどの労働環境の改善や、組織の壁を取り払う社内再編、正社員登用試験の門戸を大きく広げる人事制度改革などを通じて現場を活性化。現場のチームワークと高い士気に支えられた華麗ともいえる清掃に、国内外の多方面から注目が集まっている。2012年10月に現社名に変更。
    企業概要/従業員数:約820名(うち正社員約400名)、女性比率:50%、平均年齢:52歳、サービスセンター:4拠点(東京、上野、田端、小山)

    TERUO YABE

    1947年生まれ。1966年日本国有鉄道入社。1987年に国鉄分割民営化に伴い東日本旅客鉄道株式会社本社安全対策部課長代理に。その後、東京地域本社 運輸部輸送課長、八王子支社立川駅長、横浜支社 運輸部長、東京支社運輸車両部指令担当部長を歴任。2005年鉄道整備株式会社 取締役経営企画部長に、2007年常務取締役経営企画部長に就任、2011年より現職。

  • 徹底した指揮命令系統を築き、組織の体幹を強化

    ────今日こちらにうかがった際に、廊下ですれ違ったスタッフの方々が、みなさんとても元気に挨拶してくださったことが印象的でした。御社の明るい社風を改めて実感しました。

    ただね、私どもは本では『お掃除の天使(※)』と書いていただきましたが、『天使』というと優しい感じがしますでしょう? 実際はとんでもない。現場には徹底した指示命令系統があります。東京サービスセンターでは22名が1つの組になり、組の中は4つの階層に分かれています。一番上が管理者でその下がチーフ(主任)、次にチーフアシスタントがいて、最後にスタッフ。全員が管理者の命令一下、動くわけです。

    ※『新幹線お掃除の天使たち 「世界一の現場力」はどう生まれたか?』(遠藤 功氏著、あさ出版刊)

    この指示命令系統が、我々の"体の幹"なんです。ゴルフでも野球でも、体幹ができていないと上手くなりませんよね。組織も同じで、体幹をきちっとつくる。それが"強い組織"につながるのだと思います。

    海外メディアのCNNが「7 minutes miracle(奇跡の7分)」と報じた清掃も、この体幹があってこそのものです。東京駅での新幹線の折り返し時間は12分。お客さまの降車に2分、乗車に3分必要ですので、清掃時間は7分しかありません。混雑時は降車に2分以上かかることも多く、そうなると清掃できるのは5分程度。それでも完璧にやってしまうんですよ。

    しかも、一日の清掃車両本数は約120本、車両数にして約1400両あります。一つの新幹線の清掃を終えたら、すぐ次のホームに行かなくてはいけない。編成によって車両数が違いますから、ホームの停車位置も異なります。それをすべて頭に入れて分刻みで移動し、時間内に清掃を終えるのは、実は大変な作業なんです。

    さらに各組にインストラクターがついて、清掃業務やマナーを徹底的にしごきます。ただ、厳しいばかりではダメですから、チューターもつけましてね。「体調はどうか、悩み事はないか」といった、お母さん的なフォローをしてもらっています。

    「No」といわないマネジメントで、現場の自主性を引き出す

    この厳しい規律の中で、どうやって現場の自由な発想を引き出すか。それを我々はこの7年間追求してきました。そのために、本社を"現場支援組織"として位置付け、「現場の提案に『No』と言わない」と宣言しています。実際、今までほとんど「No」と言わずにやってきました。現場の改善力を高めるには、会社の提案実現力とスタッフ支援力が必要なんですよ。

    ────言うのは簡単でも、実際にはなかなかできることではないですね。

    いや、大したことではないですよ。どうしても難しい場合は、こちらから代替案を提案することもあります。ただ、「何だその案は」といったことは絶対に言いません。思いついたらどんどんやってみる。「二流、三流の戦略でいいから、一流の実行力を持とう」とみんなに言っているんです。

    では、どのようにして実行力を高めるか。こんなピラミッド構造で考えているのですが(右図参照)、私どもの仕事は"サービス"ですから、実践行動が伴わなければいけません。それには教育・訓練やルール・行動指針が必要です。サービスに不具合があれば、ルールを見直して教育し、また不具合が出ればルールを見直す。だいたいは上の3段の繰り返しなんですね。

    我々はその下に、"仕事への改善力"や"アクティブな参画意識""喜び・楽しさ・誇り"といったものを築いてきました。"ルール・行動指針"や"教育・訓練"は、順番としては最後。まずはその下の土台を積み上げることに、この7年間取り組んできたということです。

    褒め合う、認め合う風土が人を伸ばす

    その一番の基礎に置いているのは、"人を慈しみ、大切にしていく企業風土"や、"スタッフ、仲間を認め合う力"です。例えば100人のスタッフがいたとして、99人が一所懸命にやっていても、1人が事故を起こせばお客さまの評価はゼロになってしまう。だから、何とかしてその"1人"をなくせと。これが今までの教育の考え方だったわけです。しかし、それでは残りの99人はやる気をなくしますよね。頑張ったことについては見向きもされないわけですから。

    ────頑張っても頑張らなくても同じなら、事故さえ起こさなければいいという発想になりますね。

    『エンジェル・リポート』には乗客との交流や実直に清掃に取り組むスタッフの様子が綴られる。リポートは社内に掲示し、スタッフ間で共有されている。

    そうです。ですから、我々は頑張っている人たちにスポットを当てようと。そこで『エンジェル・リポート』という、現場のいいサービスを取り上げる取り組みを始めたんです。約30名の主任を『エンジェル・リポーター』に指名して、彼らが現場で見聞きしたことをみんなで共有するという仕組みです。

    リポートの件数は年々増え、平成23年度は1万件を超えました。つまり、それだけの数の社員の頑張りをこれまで見逃してきたということでもあるんですね。我々は経営陣として、そのことを非常に恥じています。最近ではリポートをたくさん書いた人を"よく褒めた人"として褒める賞も新設し、何とかもっと現場を褒めていきたいと考えてやっています。

    ────努力がきちんと認められるというのは、大切なことですね。

    叱るのは簡単なんです。でも褒めるのは難しい。その人を見ておかなくてはいけませんし、頑張りに気づく想像力も必要です。主任をエンジェル・リポーターに指名している理由の一つはこれなんです。リポートを書くことが、教育になっているんですよ。ですからリポーターは任期を一年にして、どんどん交替させて経験者を増やしています。

    さらに現場では、『ノリ語集』というものを自主的につくりましてね。ある書籍で紹介されていた『ノリ語』を社員に見せたところ、「うちでもこれをつくろう」と。さらに、これだけでは終わらずに『ノリません語集』もつくったんです。これをまとめた社員は、こうした否定的な言葉を言われて悔しかったんですね。その思いを我々につきつけてくれているのだと、私はそう受け取っているんです。

    『ノリ語集』(写真右)と『ノリません語集』(写真左)は五十音順にまとめられ、冊子にして主任以上に配布されるほか、社内にも掲示されている。

    人を育てる前に、人が育つ土壌をつくる

    ────企業にはそれぞれ社内の共通言語ともいえる言葉があり、そうした言葉が社風を表していることも少なくありません。言葉の影響力というのは大きいですね。

    ええ。こうした取り組みを通じて我々がつくりたいのは、人々を慈しみ大切にしていく企業風土であり、さらにいえば、お客さまも従業員もともに喜び合える会社なんです。ですから、我々のキャッチフレーズは「Enjoy with TESSEI」。いいサービスを実現するには、CS(顧客満足)だけでもES(従業員満足)だけでも足りない。どちらか一方通行ではだめなんですよ。

    春は桜(写真左)、夏はハイビスカス(写真中)の花を帽子に付けて季節を演出。2011年夏には、放射性物質の除去効果が期待されていたひまわりの花を、震災復興への願いの象徴として帽子にアレンジした(写真右)。

    その結果、現場からいろいろなアイデアが発信されるようになりました。帽子に季節の飾りをつけたり、夏には浴衣を着たり。その格好で清掃はできませんが、ホームの案内係のスタッフが浴衣姿になりましてね。お客さまに楽しんでいただきながら、現場のスタッフも楽しんでやっているんです。

    上野駅では1カ月に約350件あったトイレの流し忘れが、スタッフのアイデアで50件にまで減りました。現場に10名の中国人スタッフがいるのですが、彼女たちが「中国からのお客さまの中に、もしかすると流す習慣がない方がいるかもしれない」と気づいたんです。それでは次に使う方が困ると、日本語、英語、韓国語、中国語の4カ国語で流し方の説明書を貼ったら、流し忘れが激減したんですよ。

    東日本大震災後には、東北地方のお客さまに元気を出していただこうと、折り紙でつくった『パンダおみくじ』をトイレに設置しました。靴磨きコーナーも新設したのですが、これも現場のアイデアです。当時は床の泥汚れがひどくて、普通なら「こんなに汚れて」と文句の一つも出そうなものですが、彼女たちは「被災地に行かれたお客さまが、靴の汚れで困っておられるに違いない」と受け取ったわけです。だったら、靴磨きを置いて使っていただこうと。そんな心配りも現場から生まれているんです。

    現場スタッフが4カ国語で作成したトイレの貼り紙。操作時のイラストも添え、視覚的にもわかりやすく書かれている(写真左)。パンダおみくじは、スタッフが休憩時にコツコツと手づくりしたもの(写真中)、靴磨きコーナーにも季節の花が飾られ利用客の目を楽しませている(写真右)。

    率直に言ってうちは川下の会社ですから、スタッフの中にはリストラされたとか、勤め先が倒産したとか、ご主人に先立たれたとか、事情を抱えてここに来た人もいます。簡単な掃除の会社だと思って来る人も多いですから離職率も高く、パートを10名採用したら1カ月でだいたい半分以下になります。それはもう我々も諦めているのですが、そこで残った人たちがテッセイを支えてくれているわけです。その人たちが働くことに喜びや楽しさを感じて、仕事に誇りとプライドを持ったら、ものすごい力を発揮するんですよ。

    こうして培ってきたものをベースに、来年度から "教育"に手をつけようと考えています。みんな、どうしてもまずは教育して社員を変えようと考えがちなんですね。でも教育というのは、受ける側がその気にならないと効果がないんですよ。

    ────おっしゃる通りです。私も日々のトレーニングで、そのことを痛感します。

    ですから、現場からアイデアが出てくる土壌をつくって、会社としてもスタッフを応援してみんなのモチベーションを高め、8年目にしてようやく来年が教育の初年度。やっと、これからなんですよ。

    ただ、今までの教育は"矯育、脅育、恐育、狭育、怯育、凶育"だったんですね。矯める教育、脅す教育......。これからは、"共育、協育、驚育、響育、恭育"です。響き合い、鏡のようにお互いを見て育つ...、こうした教育をやっていこうと社内で話しているんです。

    ────"矯育"というのはまさにそうですね。経営者の思い通りに矯正するような教育ではなく、現場が"共に、協力して、響き合う"。そうした環境をつくることがとても大切ですね。

    改革を阻む制約は、本当に"制約"なのか?

    ────ここまでお話をうかがって、矢部さんが現場を非常に大切にされていることを改めて実感しました。しかし、現場が大事だということは、どの企業のトップも理解はしていても、その理解が"形だけ"というケースも多いように思います。

    視察に来られた他社の方から、こう言われたこともあります。大企業の方でしたが、「うちは組織が複雑だから、テッセイさんのやり方がそのまま応用できるかどうか」と。しかし、例えば社員が10万人いたとして、全員が一つのオフィスにいるわけではありませんよね。支社や支店に400人、300人と分かれているわけでしょう。テッセイは800人の会社ですが、その方がいる会社には800人を超える支店はないと言われるんですね。だったら、例えば800人の会社がたくさん集まって大企業を構成しているというように、なぜ考えられないのかと思うんです。

    ────人の賢慮さの違いはそこだと思います。接した知識や情報を、どうすれば自社または自身に活用できるかを考える。自分たちはテッセイさんとは違うと思ってしまえば、そこで思考は停止してしまう。僕は、ここに最大の問題があると思っているんです。

    世の中の風潮としても、やり方だけを学んで真似すればいいと考える人が多いですね。でも、何がいいかは会社によって違います。人財育成の方法にしても、自分たちのやり方があるわけです。

    ────自社に何が必要かを考え抜かなければ、"自分たちのやり方"は見えてきませんね。

    そう。だから、やはり現場なんです。現場を知ることが、本当に大切なんですよ。

    ────現場の方は知見を論理的に語るといったことが得意ではないだけで、実際にサービスを実践している人たちが一番よくわかっているというのは、もう間違いないですよね。

    間違いないです。

    ────この先、何かお考えになっておられることはありますか。

    『守・破・離』という言葉がありますが、清掃に専念する『守』の時代が長く続き、今はそれを『破』っているわけです。『離』は、そこから離れて新境地を拓くということ。どう実現するのか、まだ考えはまとまっていませんが、『お掃除ではないお掃除の会社』をつくりたいと思っているんです。

    どういうことかと言いますと、例えば"おもてなし"で知られるディズニーランドは、非日常の世界ですね。一方、私どもは日常の世界です。そこには旅を楽しむ人だけではなく、悲嘆や失意、落胆といったものを抱えた人たちもおられます。そういう方々にも"おもてなし"だからと笑顔で接していいのか。うちのスタッフは研修で笑顔の練習もしますが、現場ではあまり笑顔はつくらないんです。私も「つくらなくてもいい」と言っているんですよ。

    笑顔というのは、「私はあなたの敵ではない」ということをコミュニケーションしているんですね。でも、人には表情以外にも伝達手段があって、目の動きや声の調子、首の傾げ方や身体の動きなど、全身でコミュニケーションをしているわけです。そうしたことを考えながら、我々の"おもてなし"をつくりあげたい。そんなことを考えているんです。

    ────まさに芸術だと思います。

    そう、奥が深いです(笑)。ただ我々にとっては"芸術"というより、自分たちの"信条"や"信念"のようなものですね。

    ────現場の力を信じ、信念を持って改革に臨むことの大切さを改めて教えていただきました。本日はありがとうございました。

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