OBT 人財マガジン

2013.03.13 : VOL159 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
    専務取締役 矢部 輝夫さん

    経営改革は、実行する「現場の実態」を把握して、初めて実現する(前編)

     

    活気が失われた現場を、海外視察団も絶賛する"最強の現場"へと改革したJR東日本テクノハートTESSEI。「本社の言うことをよく聞いて、しっかりやるように」という上位下達の企業文化を一掃した同社の改革は、矢部氏(同社専務取締役)が「現場を知ること」から始まっている。「JR東日本から来たときは1カ月間の実習を受けて、現場のおばちゃんたちと同じ釜の飯も食べました」と語る同氏。その経験を通じて、現場がどれだけ大変か、一生懸命に取り組んでいるかを知り、「このまま埋もれさせるわけにはいかない」と感じたことが起点である。現場の実態(感情や気持ち)を知らない中で、「職場活性を」「自律的に仕事を」と言ったところで誰も動かなかったであろうし、「何もわかっていない」という反発が出たであろう。経営施策の浸透・実効が上がらない場合、それを作った経営・本社部門は「現場は危機感が無い」等という見なし方をすることが多いが、本当にそうだろうか。経営施策を浸透させ、改革を実現させるためには、まず、それを動かしていく「現場の実態」を知ることが極めて重要である事をJR東日本テクノハートTESSEIの事例は示唆している。
    (聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [OBT協会の視点]

    【機能分担子会社から親会社の競争力を担う企業へと】
    大手企業における多くの機能分担子会社の経営を見ていると、企業としての方向性や自由裁量の余地の少なさ、経営上の制約条件があまりにも多いと気づく。その為、経営というよりも単なる分担された機能を回すためのオペーレーションや業務の管理をやっているケースが見受けられる。
    そうなるとそこで働いている社員の人達は受動的で自ら考えてアイデアを出すとか創意工夫をするとかといったことは殆どなく、決められたことをその範囲内でやるという考え方が圧倒的に多くなる。
    しかし、経営リーダーの経営に対する考え方、業務の捉え方次第で同様な性格を持った機能分担子会社でも大きく変革しうるということである。自分達の業務を"単なる清掃"と捉えるのか"されど清掃"と捉えるのか、まさにリーダーの捉え方次第であろう。経営の制約条件は、まさにリーダーの志と考え方そのものにあることを株式会社JR東日本テクノハートTESEEIのケースは示唆している。

  • 株式会社JR東日本テクノハートTESSEI
    1952年に鉄道整備株式会社の社名で設立。東日本旅客鉄道(以下JR東日本)が運行する東北・上越新幹線の車両清掃や、東京駅・上野駅の新幹線駅構内の清掃を担当している。2005年から『トータルサービス』を掲げた現場改革をスタート。約800万円を投じてスタッフのための空調設備を詰め所に増設するなどの労働環境の改善や、組織の壁を取り払う社内再編、正社員登用試験の門戸を大きく広げる人事制度改革などを通じて現場を活性化。現場のチームワークと高い士気に支えられた華麗ともいえる清掃に、国内外の多方面から注目が集まっている。2012年10月に現社名に変更。
    企業概要/従業員数:約820名(うち正社員約400名)、女性比率:50%、平均年齢:52歳、サービスセンター:4拠点(東京、上野、田端、小山)

    TERUO YABE

    1947年生まれ。1966年日本国有鉄道入社。1987年に国鉄分割民営化に伴い東日本旅客鉄道株式会社本社安全対策部課長代理に。その後、東京地域本社 運輸部輸送課長、八王子支社立川駅長、横浜支社 運輸部長、東京支社運輸車両部指令担当部長を歴任。2005年鉄道整備株式会社 取締役経営企画部長に、2007年常務取締役経営企画部長に就任、2011年より現職。

  • 仕事人として、後悔しない生き方を選びたい

    ────テッセイさんが活気ある現場をつくり上げてこられた道のりを改めてうかがえればと思いますが、矢部さんがこちらに着任されたときの社内は今のような状態だったのでしょうか?

    いいえ、違いましたね。昔ながらの上意下達の文化で、現場に対しても「本社の言うことをよく聞いて、しっかりやるように」というような感じでした。

    ────その状態から、なぜ改革を進めようと思われたのですか。

    実は、私もこちらに来るまでは"掃除の会社"だと見下していたんです。ですから、「あんな会社に行くのか」とがっかりしました。でも来てみると、現場のスタッフがそれはもう一所懸命にやっているんですよ。トイレの清掃も、便器に手を突っ込んで必死にやっていました。だから、現場に活気がないのはマネジメントが悪いのだと、直感したんです。

    ────矢部さんご自身が現場をご覧になって、そういう印象を持たれたということですか。

    もちろんそうです。ここでは、役員もみんな実習からスタートします。私もJR東日本から来たときは1カ月間の実習を受けて、現場のおばちゃんたちと同じ釜の飯も食べました。これね、一度清掃をしてみたらわかりますが、ものすごく大変なんです。私は1カ月で5kg痩せました。特に夏場はつらい。そんな中で、みんな本当に真面目にやっているんです。この人たちを、このまま埋もれさせるわけにはいかない。そう感じたことが出発点でしたね。

    ────改革に対して、当時の経営陣から反対はありませんでしたか。

    反対意見は結構ありましたね。でも、クビになってもいいという覚悟で、強引にやりました。ここで何もしないまま、あと4、5年で退職ということになったら、私の人生が残念なことになってしまう。そう思っておばちゃんたちに賭けたわけです。そうしたら、今まで一所懸命にやってきた人たちですから、マネジメントさえ変えればすごい力を発揮するんですね。

    規律の中に自由を見出す

    ────御社のような位置づけの会社は、親会社からの"機能分担子会社"として捉えられると思いますが、そうした会社の多くは自由裁量の余地がないことを理由に、単に分担している機能を円滑にオペレーションするというところに留まっています。このような性格の会社でも、経営者次第では御社のような改革が可能だと思われますか。

    可能だからやってこられたんです。というのは、当社が機能分担しているのは列車の運行に関する業務の部分なんですね。つまり、その他については何をしても構わない。そう考えたわけです。最初はJR東日本も、「前例のないことをして大丈夫か」と危惧していましたが、成功するにつれて「もうテッセイは止められない」と(笑)。今は「やりたいようにやってくれ」と言ってもらっています。

    ────むしろ、今は御社が親会社の付加価値になっておられますよね。

    昨年、JR東日本がグループ経営構想を発表したときも、グループ会社が集まった説明会で「第二のテッセイを目指してほしい」と呼びかけてくれましてね。今や私どもはJR東日本の負託を受けてやっているのではなく、グループ全体を引っ張っているのだと。現場はそんな気持ちを持ってくれています。その心構えはもう強力なものですね。

    例えば現場のスタッフは、日頃の清掃を通じて、設備の老朽化の状況などを一番よく把握しているわけです。だから、自分たちがJR東日本に補修や改善を提案すべきだと。昔は経営陣がJRの顔色を窺ってばかりいましたから、現場にも「どうせ言ってもダメだ」と諦めに似た空気がありましたが、今は違います。JRへの提案も自分たちの役目だと、そんな意識にみんながなってくれているんです。

    東京駅の東北新幹線コンコース内には、テッセイの提案でベビー休憩室も新設された。室内は壁を折り紙で飾り、おむつ用のごみ箱には防臭用にビニールの小袋を用意するなど、女性スタッフが同じ女性の目線で考えた工夫が、随所に施されている。

    ────親会社の顔色を窺うというのは、ほとんどの機能分担子会社がそうだと思いますね。

    でも、私は何とかできるんじゃないかと思ったんです。"規律の中の自由"と言いますか、私どもが分担する機能の中でも、もっと自由にやれることがあるはずだと。例えば、改革の手始めに制服をリニューアルしましたが、デザインは自分たちで選んでいいんですね。そんな風に、見方を変えればできることがいろいろあるんですよ。

    ────やはり、最後はトップの考え方次第ですね。

    そうです。私はね、現場のおばちゃんたちに「ホラ吹き」と言われているんです(笑)。真面目に清掃だけをやってきた会社が、「新しいトータルサービス」だとか、「ほっと・ぬくもりカンパニー」などと言い出したわけですからね。でも最近では、「矢部さんのホラが本当になった」と。それが実現できたのはすごいことで、私自身も感激しましたが、できるかできないかは考え方次第。経営陣が、何をいかに考えるかということなんです。

    現場にどっぷり漬かれば、なすべきことが見えてくる

    ────現場を変えたいと思いながらも、手を付けられずにいる経営者も少なくありません。矢部さんは、具体的には何から改革をスタートされたのでしょう。

    私の場合は、現場の人たちと話すことから始めました。実習でおばちゃんたちに怒られながら掃除を教わって、昼のお弁当も一緒に食べて。それまでは、本社から来た人間は昼になると本社に帰っていたのですが、私は現場の詰め所で一緒に食べたんです。みんなからおかずもずいぶん分けてもらいました(笑)。

    そうして話を聞く中から、いろいろなことが見えてきたわけです。スタッフの前ではメモできませんので、その日の実習が終わってから気づいたことを書き留めましてね。A4版の紙にびっしりと、5、6枚は書いたでしょうか。

    ────どのようなことに着目されたのですか。

    これだけ立派なすごい人たちがいる、その人たちがこんな思いを持って、こんな不満を抱えている、といったことです。自分で体感しながら、マーケティングリサーチをやったわけです。そして、気づいた問題点を一つずつ潰していきました。今では、当時書いたことはほとんど解決しましたね。

    ────現場を見れば、何をすべきかが自ずと明らかになるということですね。

    自分から現場に入っていけばわかりますね。ただそのときに、「私は取締役だ、本社の人間だ」といった態度を少しでも出すと、みんな「率直な意見を言ったら、後で怒られるのではないか」と警戒してしまいます。そこが一番難しいですね。

    サービスのロールモデルを育て、改革の牽引役に

    CSVは、テッセイが単なる"清掃"の会社から"トータルサービス"の会社へと変革していく象徴となった存在。裏方から表舞台に出ることで、スタッフのモチベーションが少しずつアップし始めた。

    現場と話して感じたのは、この会社にはもっといろいろなことができるということです。そこで「テッセイをトータルサービスの会社にする」という目標を立てましてね。まず、サービスの象徴となるチームを立ち上げました。一般車両のチームとは別に、グリーン車を担当する『コメットクリーンセンター』という以前からあった部署をもとに、『コメット・スーパーバイザー(以下CSV)』というチームを結成したんです。

    CSVが担当するのは、ホームでのお客さまのご案内やコンコース内の清掃。ファーストクラス車両『グランクラス』の清掃も、彼女たちが受け持っています。言って見れば、お客さまや他のスタッフから"観られる"存在ですね。

    ────ホームでの乗客案内といったことは、今までにはなかった業務ですよね。

    そうです。JR東日本グループには11の清掃会社がありますが、どこにもこうしたチームはありませんでした。それを、平成17年に私どもが始めて立ち上げたんです。

    ────そういったことは、親会社の許可は必要なのですか。

    後で何かあるといけませんので、JR東日本にはひと言、報告はしました。「お客さまのサポートまで行いたい」と申し出たら、驚いていましたね(笑)。ただ、そのために社員をつけなければいけませんから、その費用請求はあるのかと聞かれましたので、「当社が自主的に行うことですので結構です」と。お金をいただくとJRの意向も聞かなくてはいけなくなりますから、最初は無料で始めたんです。

    そして「実績を積んだら請求させてください」ということにして、3年後からその分の料金をJR東日本からいただくようになりました。成果をこちらからどんどん売り込みましたのでね。ですから、商売というのは最初からお金をもらわなくてはできないということではないと思うんですよね。

    ────まずはサービスが先だということですね。

    そうです。東京サービスセンターでは、450名のスタッフのうち約20名がCSVです。マナーや立ち居振る舞いを徹底して研修し、交通新聞という業界紙にも取材を頼んで「サポートまで進出」とCSVの写真つきで書いてもらいましてね。彼女たちがテッセイをリードする存在になってくれているんです。

    たかが制服、されど制服──形を変えれば、意識も変わる

    作業服(写真左)から、おしゃれなストライプのシャツと黒のパンツ(写真中)に制服をリニューアル。2012年に再びリニューアルしたものが現在の制服(写真右)。帽子は以前のキャップからスタイリッシュなミリタリーベレーへと刷新されている。

    CSVは結成と同時に制服を新調し、その1年後には一般車両チームの制服もリニューアルしました。それまでは作業服だったものを、アミューズメントや飲食・サービス業向けのカタログから選んだ制服に変えたんです。

    ────見た目の印象がまったく違いますね。

    みなさんは清掃会社だと思うから驚かれるわけですが、我々は"おもてなしの会社"だと思っていますのでね。これね、制服代がかかるようでいて、実はコストダウンにもなっているんです。以前の作業服は日本製で、セミオーダーでしたから自社で在庫を持つ必要がありましたが、今はカタログ品ですからその必要がありません。しかも、中国製で安い。その差が一着あたり約1000円として、従業員800名×3着ですから240万円の経費削減になっているということです。

    ただ、新しい制服を現場のスタッフに着てもらうのには苦労しました。この後は順調でしたが、最初の制服リニューアルは大変でしたね(笑)。

    ────以前より印象がぐっと良くなる制服だと思いますが。

    みんな、今までの"清掃のおじさん・おばさんスタイル"がいいと思っていたんです。それをなぜ変えるのかと。だからデザインは現場に選んでもらうことにして、候補を並べて主任にアンケートを取りました。そうしたら、結果がバラバラでね(笑)。そこで結果は報告せずに、私がいいと思うものを「これが1位でした」と発表したんです。みんな妙な顔をしていましたが、そうでもしないと収拾がつかないんですよ(笑)。

    それでもまだ現場の抵抗がありましたので、困ったなと思っていたら、ある60歳のスタッフが家でお孫さんから「おばあちゃん似合うね」と新しい制服を褒められたと。その話を聞いて「それだ!」とすぐ社内報で紹介しましてね。現場にヒアリングをかけたら、お客さまに好評いただいているという話がいくつも集まってきて、それでやっと定着したんです。

    ────制服は、会社が変わっていくことの一つの象徴だったのかもしれませんね。だから、みなさんの中に不安があったのではないでしょうか。

    2012年度から、夏はアロハとストローハットを着用するように。写真は米国のテレビ局CNNの取材風景。同社のサービスには海外からも高い注目が集まっている。

    ええ、不安はあったと思います。実は夏服はアロハにしようと思っていたのですが、やはり総スカンをくってしまいまして。このときはいったん引き下がったのですが、私はしつこいんです(笑)。機が熟すのを待って、4年後、つまり昨年のことですが「夏はアロハもいいんじゃない?」ともう一度提案したら、今度は受け入れられましてね。以前は猛反対していた人たちが、アロハを着てイキイキとしているんです。5年で意識がここまで変わったんですね。

    そして昨年10月に通常の制服を再びリニューアルしたところ、お客さまから道案内などの質問を次々と受けるようになり、またみんなの気持ちが変わってきました。お客さまから声をかけられるなんて、作業服を着ていたときにはなかったことです。だから今は、「観られている」という意識があるんですね。これも教育の一つ。"たかが制服、されど制服"なんですよ。

    たかが清掃、されど清掃──自社の価値を信じて信念を貫く

    ────もっと言えば、"たかが掃除、されど掃除"だと僕は思うんです。現場の価値を認めて、お客さんに接している第一線の人たちがやりがいを持って活性化してなければダメだと。そういう考え方を本当にできるかどうかだと思いますね。

    そう、"やりがいを持つ"ということがね。現場にはそれが必要だったんです。テッセイの商品は何かといえば、これまでは"清掃"でした。それを"清掃を通じて、感動と思い出を提供する"と捉え直したわけです。JR東日本の新幹線は、東京駅だけで1日に13万人の方が利用します。年間にすれば約5000万人。我々にはそれだけの出会いがあるわけで、その方々に"感動と思い出"をお土産としてお持ち帰りいただこうと。

    そう考えることによって、我々の発想がまったく変わりました。現場の社員たちが自然と、「私たちは新幹線劇場だ」と言い出しましてね。あの「新幹線劇場」は、我々がつくった言葉ではないんです。社員が考えて、それはいい表現だとキャッチフレーズの一つとして使っているんです。

    ただ、経営理念やCS行動規範も定めましたが、現場には細かいことは言いません。うちのスタッフは20代から50代まで、幅広いんですね。今流にいえば、ダイバーシティのある会社です。スタッフには今までの人生があり、それぞれの思いや経験がある。だから細かな指示はしないで、"さわやか、あんしん、あったか"の3つが我が社の方針だと。それに沿ってみんなで考えてやってくれ、本社も応援するということで、ここまでやってきたんです。

    社内教育書『スマイルテッセイ』は、小集団活動から生まれた。

    ただ、何のために"さわやか、あんしん、あったか"が大切なのかという基本的な考え方は『スマイルテッセイ』という冊子にまとめて、これが現場のバイブルになっています。これも社員の提案でつくったものなんですよ。

    ────お話をお聞きしていると、やはり矢部さんのように本当に現場にどっぷりつからないとダメだと思いますね。親会社から来て、代表者だからということでただ管理だけしている方々が世の中に非常に多いなと私は思うんです。

    そうした人に限って、権威を振り回したりね。それで組織が変わるならいいでしょうが、威張ってロクなことはない。私の役目は権威を振り回すことではなく、この組織を動かすことですから、そのためには何でもやります。

    映画の『踊る大捜査線 THE FINAL』で室井刑事が最後に言うセリフがあるのですが、「組織の中にいる人間こそ信念が必要だ」と。経営者も組織にいると、流されてしまうことがあるんですね。だから私はやはり信念を持って、「よし、この会社を変えてやろう」と。その思いを貫いていきたいと思うんです。

    矢部さんは、理想論を振りかざすのではなく、現場に入り込み、地に足をつけた活動を続けてこられました。その改革のステップでは「教育の位置づけは最後」だと言います。では、教育の前に必要なものとは何か。後編でじっくりと伺います。


    *続きは後編でどうぞ。
      経営改革は、実行する「現場の実態」を把握して、初めて実現する(後編)

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