OBT 人財マガジン

2012.11.14 : VOL151 UPDATED

この人に聞く

  • 東海バネ工業株式会社
    代表取締役社長 渡辺 良機さん

    高付加価値化実現の背景に「経営者の本気」と「社員の士気」(前編)

     

    業界で独自のポジションを築いている東海バネ。その戦略は「フルオーダーメイドのバネのみを手がける多品種微量生産に特化し、価格競争はしない」というもの。しかし、そこに秘策はない。実現できたのは渡辺社長が本気で自分の考えを伝え続け、社員を地道に動機付けしていったからこそ。「"こうしたら上手くいきました"なんて一発満塁ホームランはありません。まずは、本気で取り組むことでしょう。理屈や理論では人は動きませんから、本気で取り組む姿勢を見てもらうこと・・・」と語る渡辺社長。あらゆる業界で価格競争が起きる中、付加価値向上を標榜する企業は多いが、実現できるか否かは会社の目標に対する社員の意欲、やる気の総量で決まる。

  • [OBT協会の視点]

    "値引きをしなくても売れる製品・サービスをつくらなあかん"
    上記は取材中に渡辺社長が何度も繰り返して使っていた言葉だ。
    現在、"価格下落""縮む市場""利益率の低下"の中で、負のスパイラルを脱し、いかにして新たな成長シナリオを描くかが企業で大きな課題となっている中、未だに「前年よりも多く売らなければ評価されない、目標を達成しなければ」等といった呪縛から抜け出せない企業は多い。
    然しながら、これからはそうはいかない。渡辺社長が、現在の「価格が合わなければ仕事をしない」というスタイル変えたのは、今から30年以上も前の事だ。
    この事実をどう捉えるか・・・。
    将来を考え、早い段階で「やること、やならいこと」を決めることがこれからの時代、更に重要になるのではないだろうか。

  • 東海バネ工業株式会社 http://tokaibane.com/
    1934年に大阪で金属ばねの創業を開始。1944年に東海バネ工業株式会社を設立。高度成長期に多くのバネメーカーが機械化、量産にシフトして業容を拡大する中、職人の手作業によるバネづくりに特化。あらゆる材質・形状のバネをフルオーダーメイドで生産するスタイルで卓越した技術力を蓄え、人工衛星に使われる直径3mmの極小バネから、ダムや河川の水門に使われる巨大なバネまで、「東海バネでしかつくれない」といわれるバネを数多く生み出す。創業以来69期連続黒字(70期目となる2013年度も黒字見込み)。2004年度全国IT経営百選最優秀賞、2008年ポーター賞、2009年「中小企業IT経営力大賞2009(経済産業大臣賞)」ほか受賞歴多数。
    企業概要/資本金:96,445千円、従業員数:90名、売上高:17億5000万円(2011年12月期)

    YOSHIKI WATANABE

    1945年生まれ。近畿大学卒業後、実家の鉄工所を経て1973年に東海バネ工業に入社。1984年より現職。日本ばね工業会副会長。2012年藍綬褒章 受章。

  • 現場の意欲は低く、事業は薄利。多くの課題を抱えてのスタート

    ────御社はオーダー品のみを手がける多品種微量生産に特化し、価格競争はしないという競争戦略を打ち出して、ご創業以来連続黒字を達成されています。この戦略を明確に決断されたのは、三十数年前にヨーロッパを視察されたことがきっかけだったそうですが、当時の経営はどういったご状況にあったのでしょうか。

    経営の方針は、当時も今も一緒です。多品種微量生産も値引きしないビジネスも、創業者である先代がつくり上げたもので、私のオリジナルではありません。その企業価値をさらに大きくするにはどうしたらいいか。多品種微量のものづくりを、どう安定的に継続させるか。これを考えるきっかけを、ヨーロッパの視察でもらったということです。

    ────当時は多品種微量生産を軸にされながらも、安定した状況ではなかったということですか。

    私は昭和48年、28歳のときに東海バネにお世話になりましてね。先代に3つの文句で口説かれたんです。1つは「創業以来1回も赤字決算がない。足腰しっかりした経営してるから、安心して来てや」と。2つ目は「重厚長大産業の錚々(そうそう)たるお客さまとお取引がある」、3つ目は「そうしたお客さまのあらゆるご注文を、しっかり手づくりするいい職人が揃っている」と。

    私はその口説き文句にほだされたのではなくて、親に学校を出してもらって好きなようにしていた手前、やむにやまれず来ました。ところが入ってみたら、「これは大変なもんを抱えてるわ」と数カ月で気づいたんですよ。

    例えば、「赤字がない」ということ。確かに損して売ることはありません。しかし、お客さまは見積書を見たら必ず「高い」とおっしゃる。そう言われたら、値引きして売るもんやと。損はせんけど、儲からんというバネ屋ですよ。2つ目の「錚々たるお客さま」というのも、これから成長が見込めるような業界とのお取り引きは少なかった。

    3つ目の「いい職人」。これも、「こんな町工場には来たくなかった」と嫌々入ってきた連中ばっかりです。私自身も不本意ながら来ましたが、職人もみんなそう。人がうらやむような仕事をしたいけど、どこも拾ってくれないから仕方がないと、モチベーションが最低の状態で入ってくるような状況です。

    腹をくくってかからなければ、現場の心はつかめない

    それを、どうやって自分たちの製品・サービスに誇りを持てる会社にしたか。よく聞かれますが、「これをすれば必ずそうなる」なんて、そんな方法ありますか? それが書いてある教科書があるなら、僕は地の果てでも買いに行きますよ(笑)。

    実際は、入社してからの1年間、工場で職人のしごきに堪える日々です。先代が「現場でバネのつくり方を勉強せえ」と私を工場へ連れて行って、主だった職人に「しっかり育ててくれよ」と。職人というのは、親父さんにはどこまでもついて行きます。ところが、私みたいな若造が後継者候補で入りましたでしょ。「まあ見せてもらおうや」と、それは手厳しかった。親の顔に泥を塗る心配がなかったら、3日で辞めてましたよ(笑)。両親に恥をかかしたらあかん、自分以外の人の期待に応えなければと。その思いが支えでしたね。

    ところが8カ月が過ぎ、9カ月が過ぎるうちに、こんな若造が職人さんたちに敬語を使ってもらえるようになったんです。何も威張って、「敬語を使え」なんて言うてないですよ。ただひたすら、彼らのしごきに耐えただけです。それが結果的に、職人たちのメガネに叶ったんですな。「腹が据わってる。決意できてる」と。

    ────現場で職人の方々と一緒に真剣に汗を流された、渡辺社長のその姿勢が皆さんの心を動かしたんですね。

    そうです。「2代目として職人を束ねるのは大変やったでしょう、どうしたのですか」とよく聞かれますが、僕は「何もしてません」と答えてるんです。左脳で考えて、彼らを私の手の内に乗せようなんて思っていないんですから。ただひたすらしごきに耐えた。それだけです。理屈ではないんですよ。

    「やること、やらないこと」を明確に定義。
    ブレない経営の軸に据える

    ────とはいえ、不本意ながら入社された東海バネを受け継ぐ覚悟が固まられたのは、いつ頃のことですか。

    ヨーロッパで気づかせてもらったことが大きいですね。まず行ったのは、ドイツのバネ屋さんです。そこも売りものは東海バネと同じ手づくりの単品。こちらも経営は大変やろうなと思って見ていました。オーナーが「何でも質問していいよ」と言うので、僕は勇気を出して聞いたんです。「値段はどないして決めてはりますの?」と。そうしたら「こうであああで、最後に利益をオンして」とおっしゃる。それなら、うちと一緒や。

    ところが我が社は、これ位はせめてという利益を目立たないようにそっと見積りに乗せても、お客さまは「高い」と言われる。そうしたら、どこかを削ってご注文いただける値段にしないといけません。ところが、手づくりのバネ屋です。コストダウンできない体質ですよ。どこを削るかといえば、せめてこれ位はと乗せた利益を削るんです。

    ────それでは利益がなくなるのではないですか。

    そうです。「しゃあない。裸でいっとけ」と、もうギリギリの値段です。だから、ドイツのオーナーに聞いてみました。「高いと言われたらどうしますの?」と。私にすればごく自然の質問です。けれどもそのオーナー、妙なことを聞くねという顔でしばらく私を見ましたわ。そしてきっぱりと「価格が合わなければ、それ以上話を進めない」と。値引きはしないと言うんです。

    ああ、なるほどと思いましたね。注文が欲しいばっかりに利益を削って、ふうふう言いながらやってきましたけど、値引きをしなくても売れる製品・サービスをつくらなあかん。このことを、ドイツのバネメーカーで気づかせてもらったんです。

    そして、その続きでフランスの工場を視察しました。バネ屋さん以上にものづくりの環境が厳しいところで、50人位のワーカーがいましたが、何とその3分の1が若い女性。現場は男の職場だと思ってましたから、通訳兼ガイドに「なぜこんなところで女性がたくさん仕事しているのか?」と聞くと、「給料が高いからです」と言う。

    デスクワークは高給で、現場の仕事は安い。職人は頭を使う仕事がでけへんねんから、安くても仕方がない。それが当時の常識ですよ。東海バネも、今でこそ同業他社よりも年収で100万円ほど高い給与を払えるようになりましたけど、当時は大企業よりもはるかに低くて賞与も寸志程度。ところがフランスは違った。人が嫌がるしんどい仕事ほど、給料が高いんです。

    それを見たときに、「これや!」と。俺はもっといいバネつくるぞと。「業界で一番の職人になったる」という思いで職人に仕事に取り組んでもらえるように、彼らがやってることを正しく評価してあげなあかん。そして、それに見合う報酬を与えてあげないと、手づくりのバネ屋の看板をいつまでもあげてられへん。そう思ったんですよ。

    ────工場で職人の方々と一緒に働いたご経験があったからこそ気づかれたこと、といえるでしょうか。

    それがベースにありましたね。現場で職人がどれだけしんどい仕事をしているのかを見てましたから、何とかあの人たちを幸せにしてあげる方法はないかと。その思いが心の底にあって、どうしたらいいかと考えていたときに、ドイツとフランスで気づきをいただいた。これからは、言い値で買ってもらえる製品・サービスつくって、職人をきちんと処遇する。それ以外に東海バネが生き残る方法はないと思えたことが、大きかったですね。

    経営者が本心から願うことは、必ず社員にも伝わる

    ────その方針に対して社内の反応はいかがでしたか。

    帰国後の報告会で先代や先輩幹部を前に、僕は開口一番こう言いました。「どうして安くつくろうかとか、そんなことを考えるのはもうやめましょう。これからは、言い値で買ってもらえる製品・サービスをつくることに、知恵を巡らしましょう」と。そしたら、「そんなことができるなら、とっくにやってるわ」と(笑)。

    ────そこからどのようにして賛同者を増やしていかれたのですか。

    「こうしたら上手くいきました」なんて、一発満塁ホームランはありません。まずは、本気で取り組むことでしょうな。理屈や理論では人は動きませんから、本気で取り組む姿勢を見てもらうこと。それから、それを通じて小さな成功例を少しずつつくること。これしかないのと違いますか。

    東海バネには今、年間で500、600人の方が工場見学に来られます。僕はその人たちに「本気の仕事をしなはれ」と言うんです。本気の仕事は、相手や周りに伝わるもんです。「社長の仕事は、社員のモチベーションを上げること。僕はそれしかしてません」と言えば、「どうしたらモチベーションが上がりますか」と聞かれる。だから、さっきの話ではないですけれども「そんな教科書はどこにも売ってません」と答えるんです。

    敢えて申し上げるなら、私は「会社は社員のためにある」と心の底から思うようにしています。「会社は私のためにあるのやない」と、念仏みたいにいつも唱えているんです。このところ、「にわか社員第一主義」の会社が増えているように思いますが、「社員第一」と書いたり言ったりしたら、社員第一主義の会社になれますか?

    ────言葉だけが独り歩きしているケースも多いですね。

    「渡辺さんは、『社員が大事だ』と社内でも話されているのでしょうね」と言われることもありますが、僕はそんなことはまったく口にしません。それれがなぜ周りに伝わるかといえば、ヨーロッパで自分のやるべき仕事をつかんで以来、「社員のため」と念じるようにして経営してきました。だから、もう僕の"体臭"になってるんです(笑)。

    ────社長の全身からにじみ出るようにして伝わると。

    そうです。昨日、今日始めたことやないんですから、わざわざ言葉にしなくても、私の体臭としてにじみ出ているんですよ。

    ────なぜそこまで社員の方のことを、強く思えるのでしょう。

    現場で厳しい仕事に真剣に取り組んでいる人たちを、幸せにしてやりたい。仕事に誇りを持って、喜びを感じられるようにしてやりたい。私自身が現場で感じたその思いがあるからでしょうね。それが強烈なインパクトとして、私の動機につながっているんです。

    時代の流れに飛びつかず、「やること、やらないこと」を見極める

    ────「言い値で買ってもらえる製品・サービスをつくる」という方針を固めたときに、実現の道筋は見えおられたのでしょうか。

    若手社員と時間があれば集まって議論しましたが、「これや」という知恵は浮かびませんでした。これはもう仕方がない、コンサルタントの先生にお願いしようと。お金はかかりましたが、先代社長に「やってみいや」と許可をもらって、10人以上にはお会いしました。

    けれども当時、昭和51、52年といえば、日本が世界第2位の経済大国になろうかというイケイケの時代です。コンサルタントも省力化や合理化のオーソリティばっかり。「言い値で買っていただける製品・サービスをつくりたい」とご相談しても、「それは間違っている」とお説教される始末です(笑)。さまざまな提案もいただきましたが、それを全部やったら東海バネが東海バネでなくなる。どこにでもあるバネ屋さんになってしまう、というものでした。

    これはあかん、どうしよかと。思案していたときに、「これからは中小企業もコンピューターを使う時代や」という記事や話を見聞きするようになりましてね。これが解決策になるかもしれないと、国産のコンピューター会社すべてと接触しました。けれども、私らがお会いできる相手はSE(システムエンジニア)の方々。システムを組むのは上手ですけど、経営がわからないんです。

    ────技術が先行してしまって、「何のためのシステムか」という目的が二の次になってしまうということですか。

    そう。こちらも悪いんです。コンピューターのコの字も知らないで、口を開けば「言い値で買っていただくにはどうすればいいか」と言うばかりですから。コミュニケーションが成り立たないんです(笑)。

    ────渡辺社長は、コンピューターをどのように活用しようと思われたのですか。

    わかりません(笑)。それがわからないから、ご相談したんです。「コンピューターなら、何とかなるのと違いますか」と。けれども、提案されるのは合理化やコストダウンの話ばかり。コンピューターもあかんかとがっかりしていたときに、大手のコンピューター会社から独立してITベンダーを立ち上げた方とお会いしましてね。その方が「ヒントがつかめるかもしれない」と、私を大阪のある酒屋さんに連れていってくれた。これが大きな転機になったんです。

    バネ業界の市場規模は約3500億円。そのうちの85%を自動車、家電、弱電、情報通信の4業界が占めます。東海バネがターゲットとするのは、残りの15%の市場。その中でもスーパーニッチといわれる小口の注文に特化し、「言い値で買っていただける」事業を展開されています。後編ではその実現の道筋と、それを支える社員のモチベーションの高め方についてうかがいます。

  • *続きは後編でどうぞ。
    高付加価値化実現の背景に「経営者の本気」と「社員の士気」



  • 聞き手:OBT協会 菅原加良子

    OBT協会とは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。

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