OBT 人財マガジン

2007.07.11 : VOL26 UPDATED

OBTカフェ

  • メタ認知

    「人間の価値はその人がどれくらい自分自身から解放されているかによって決まる」    アインシュタイン

    人は例外なくさまざまな組織に所属している。大きいところで言えば、日本という国家であり、小さいところで言えば、家族になる。もっと大きく考えたら地球であり、その「それぞれが地球に属している」と言う考え方が「グローバルな考え方」の根本なのかもしれない。

    国が悪い、政府が悪い、日本社会が悪い、会社が悪い、上司が悪い、家庭環境が悪い、親が悪い。
    アメリカが悪い、イラク政府が悪い、共産主義社会が悪い、他社が悪い、先方が悪い、あいつが悪い。

    人はなにかと自分の所属している組織、もしくは、自分が所属している組織以外のせいにしたがる傾向がある。つまり、自分には責任がないと思いたい。
    それは自然に身についた自己防衛本能なのかもしれない。
    しかし、そんな責任逃れのような言葉であっても、本人にはきちんとした理屈があり、正しいと思っている場合が多い。それは、個人の価値観であり、生き方であるのかもしれない。

    日本の政治は悪い。
    そうかも知れない。しかし、そんなことを言っている人が、選挙にも全く関心がなかったりする。
    確かに、今の日本の政治が悪いのは自分のせいだと考える人は少ないし、そう思う必要があるのかどうか正直分からない。しかし、政治家を目指している人は少なくとも、自分のこととして受け止めているはずである。

    自分の周囲で起こっている物事に対して、どこまで、自分のこととして受け止められるか、どこまで、自分との距離を縮められるか。そうすることによって、考え方は大きく変わってくると思う。

    他人事にしているうちは、いつまでたっても他人事のまま変わらない。自分のこととして受け止めることができたとき、自分の事として考えることができたとき、初めて見えてくるものがある。そして、そこからしか、改善策は生まれないのだと思う。

    そのことを先日オブザーブした研修で学んだ。
    初日には経営層のせいにしていた部長クラスの方々が、二日目には自分たちのこととして受け止め、議論し、改善策を打ち立てていった。
    もし、いつまでたっても経営層のせいにしていたら、自らが改善策を考えることもなかったと思う。

    悪いところは誰の目にも映りやすい。
    自分も例外ではなく、これまでの人生を振り返ってみても、他人や自分が所属している組織のせいにしてしまっていたことが多かった。

    しかし、本気でその事に向き合ったとき、本気で改善していこうと思ったとき、最終的には自分自身に行き着くのだと思う。

    メタ認知
    認知を認知すること。人間が自分自身を認識する場合において、自分の思考や行動そのものを対象として客観的に把握し認識すること。
    また、現在進行中の自分の思考や行動そのものを対象化して認識することにより、自分自身の認知行動を把握することができる能力をメタ認知能力と言う。

    ,b>どれだけ、メタ認知できるか。
    メタ認知の深さが、その組織、その人の進歩(成長)を決めるのかもしれない。
    組織にとっても、個人にとっても常に付きまとう、大きな課題の一つと言えるだろう。

                                     OBT協会  伊藤誠司