OBT 人財マガジン

2010.04.21 : VOL90 UPDATED

OBTカフェ

  • たかが箸?

    環境への配慮から、マイ箸を持ち歩いている人も多いのではないだろうか。
    箸を使って食事をする文化は、世界の約3割と言われているが、スプーンやレンゲ

    などを併用せずに箸だけで食事をする国は、日本だけなのだそうだ。
    箸は我が国に古くから伝わる大切な文化のひとつである。

     

    少し前に、箸を作る職人さんと話をする機会があった。大正初期から

    約100年続く、伝統の技法を引き継いでいるという方だ。元々サラリーマンだった

    というこの職人さんが作る箸は、伝統を守りながらも、実に独創的だったのを

    覚えている。五角形、六角形、七角形、八角系......工房に併設された店内には、

    実にさまざまな形の箸が並べられていた。
    「手の形は人それぞれ違うのに、箸の形はなぜ丸と四角だけなのか。靴を選ぶ

    ように箸も自分の手にしっくり納まるものを選んでほしい」
    言われてみれば確かに。箸の形に決まりはないはずなのに、こうあるべきという

    勝手な先入観を持ってしまっていたのは、きっと私だけではないだろう。

     

    持ち手部分だけではなく、箸先の太さや形状も、それぞれの箸で全く異なって

    いたのも印象的だった。いわく、「食べ物でも箸を選んでほしい」とのこと。
    「たとえば、先が平たくなっているものなら大きな具も挟みやすく、先角が

    太めのものならば豆腐のようなやわらかな食材もくずれにくい。納豆を混ぜる時は、

    箸先が丸くなっていた方が使いやすいでしょう?」
    たかが箸、と思っていたが、なるほど。"つまむ"という単純な作業ひとつとっても、
    言われてみるとなかなか奥が深い。

     

    下町の住宅街。大きな看板も出さず、ひっそりと佇むその店には、絶えず

    客が訪れていた。
    "たかが箸"でも、工夫次第で多くの人を遠くから呼び寄せることができる。
    考えてみれば、日本には1000年以上もの箸の文化があるのに、これまで、

    その形状に手が加えられることはほとんどなかった、ということの方が不思議

    というものだ。
    どんなに歴史がある物であっても、どんなに単純な仕組みであっても、「これで完璧」
    というものなど存在しないのかもしれない。どんな物も、まだまだ良くなる可能性を
    きっと秘めている。