OBT 人財マガジン

2012.03.28 : VOL136 UPDATED

人が育つを考察する

  • 第五回【仕事を極めた人の成長プロセス-後編】
      ――食を整え、生活を豊かにする

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      株式会社 福島屋
      代表取締役会長 福島 徹さん

       
      地域密着、産地密着で40年間黒字経営を続けるスーパー「福島屋」。大手流通が真似のできない売場作りや自然栽培の作物を産地から直接取引し、付加価値を追求。仕事を極めた人たちの成長プロセス最終回では、生きて行く上で必要不可欠な"食"について食のプロ株式会社福島屋 代表取締役会長 福島徹さんにお話を伺いました。(聞き手:伊藤みづほ、菅原加良子)


    • 【プロフィール】

      株式会社福島屋 (http://www.fukushimaya.net/index.html) 

      1971年 有限会社福島屋を東京都羽村で創業。1980年 株式会社福島屋へ変更。無農薬・無肥料で作る自然栽培の米や野菜を積極的に扱い、『旬ではない野菜は売場に置かなくてもよい、売れ筋やナショナルブランドに頼らない』など通常のスーパーマーケットでは考えられないやり方で商圏20キロから顧客を呼び、仕事を始めて以来40年間黒字経営を続けている。


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      福島 徹(TORU FUKUSHIMA)

      大学卒業後、家業のよろず屋を継ぎ、酒屋、コンビニを経て、34歳の時に現在の業態へ。全国の生産者から直接米や野菜を仕入れるなど、農家との距離を縮め、コラボレーションによる福島屋オリジナル商品を数多く開発。食品スーパーマーケット「福島屋」の代表の他、株式会社ユナイト(農・商・工連携ビジネスコンサルティング)代表取締役社長、農業法人「NAFF」の取締役を兼任。著書に「食の理想と現実」(幻冬舎)がある。

    • 食のあるべき姿

      今、どれだけの人が朝食をきちんと取っているのだろうか。その中の何割の家庭で味噌汁をインスタントの出汁を使わず、カツオや煮干しの出汁を取って作っているのだろうか。本来の日本は、一つの食事を作るのに多くの手間がかかっていました。然しながら、今の世の中は総インスタント化し、また、食べ物に限らずファーストフード化しています。

      「日本人の感性が落ちてきていますね。天然のブリと、養殖のはまちだと、案外天然のブリが嫌われるんですよ」と福島さん。共働きで家事の短縮化や子育ての手助けを狙って出来た商品の裏で、素晴らしき私たちの食文化、そして、日本人の味覚が失われつつあります。

      福島さんは続けて語ります。「進歩、成長を目指して行われる研究・開発によって多くの人が幸せになってきたことを否定するつもりはありません。けれど、古いものと新しいものでは常に新しい物の方が価値を持つとされた時代はとっくに終焉しています。しかし、だからといって懐古趣味に走るつもりもないんです。元には戻らないと思うんですが、もう一度、食の原点回帰を目指し基本に戻っていく中で、もう一歩、上に変化出来ると思っているんです。」

      現在、福島屋では、料理教室や講習会等を月に20~30回程度催し、若い人たちを中心に基礎的なお赤飯やお味噌汁の作り方を教えているそうです。「これが、結構満員なんですよ。本当は皆、知りたいんですよね」と福島さん。また、福島屋では、食文化の育成にはきちんと整った食材と向き合うことが重要であると考え、店舗に並ぶ青果の8割は福島さんが直接農家の方々に会って厳選したものだけを取り揃えた産地直送品だといいます。

      その一方で、農業の世界では"いつでも、どこでも作れる"という慣行栽培(※)が主流であり、たくさんの作物をいっぺんに作り、また保存させる等、一年中好きなものを食べたいと願う消費者のニーズに合わせ、作らざるを得ないのが現状です。然しながら福島さんは「食べ物には旬がある。それは、もう食べ物の原理原則なんです。だから、商品はなくなったら、売れ切れたら終わりなんですよ。それなのに、年中同じ物が同じ味で食べられる、味の均一化が求められています。本来、味の均一というのは、モノを作るということに対して、徹底的に追及していけば常に高いレベルの物が出来上がるということであって、同じモノを作るってことが目的ではないんですよ。だから、僕は、いつでも食べられる食べ物ではなく、旬の昔ながらの貴重な味を高いレベルの状態で残していきたいと思っています。誰かが売り続けないと、伝統の野菜もやがて消えてしまいます」。

      (※)慣行栽培:一般に売られている物の作られ方。農薬・化学肥料を用いて栽培する。


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      福島さん自身、農家の方々と出会い、自然に触れることによって、様々な事を学び食の大切さに気付いたと言います。その為、現在も月に2~5回は全国各地の農地へ自ら足を運び、自然と触れ合い、感性を磨きつつ、きらきら輝くダイヤモンドの原石のような生産者さんたちを探し歩いています。



      食から日本を考える

      昔は農薬など使わなくても様々な作物が取れていました。然しながら、現代では、殆どの作物に農薬を使っています。その為、様々な部分でバランスが崩れてきてしまっているといいます。

      野菜はバランスを欠くと虫が来ます。化学肥料をたくさん与えると硝酸性窒素が増え、虫がドンドン来てしまう。虫は窒素を食べに来るのだそうです。害虫が発生するのは、偏りがあるということ。それは仕事や社会でも同じことだと福島さんは言います。「僕は若い頃、トラブルに巻き込まれる状況が多くありました。でもその時は、僕の心が乱れているんですね。自分が少しずるい考え方を持っていたりとか、なんとなくスルーして楽しようとか。そうするといろんなもののバランスが崩れ、良くない事が起こる」。また、それは我々の身体でも同じことだと言います。身体が病気になったりするのは全てバランスを欠いているから。福島さんは語ります「結局、人間はこういったもので生かされているですよね。最終的には医食同源なんだと思います。医療に頼るのではなく、命の源となる食を正しく摂取し、病気にならない身体を作ることが重要なんです」と。また、稲作に始まり、酒、味噌、醤油、酢という発酵技術、そして、自然の恵みを上手に取り入れた、世界が注目する健康的な食文化であることを私たち日本人が再認識するべきだと。然しながら、日本では最近、物を"必要以上に足す"方向に考え方が流れてきています。

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      「例えば、料理人は自己顕示欲を出すと調味料を足し、素材本来の味を変えたがる。足すことにより、本来の自然な風味がどんどんかすんでしまい最終的には失われてしまうんです。本来の良さを出すのであれば、"まず余分なものを取り除くこと"食材をあれこれいじくり回すのではなく、素材の雑味を引き算することなんですよ」と福島さん。お話をお伺いし、この考え方は料理だけではなくビジネスにも当てはまると思いました。"選択と集中"と言われるように、まず、余分な物を捨てていき、最終的に本当に必要な物を明確にしていくこと。福島さんは食を通じ、本来の自然の素晴らしさはもちろんのこと、"人が生きる"また"仕事とは"ということを全身で感じているように思います。

      最後に、福島さんにとって、『食を通じて成し遂げたいこと』を伺ったところ、
      「新しい価値の創造などという大それたことではなく、本質を見極めて、根本的に人間が生まれ持った本能や本性を呼び戻し、"自然体感性(※)"を養うお手伝いですね。私は食品という自然物と人間という自然物が、本質的なコミュニケーションを成立させる関係を作りたいと思っています。食は身体を作り、身体は精神を支えてくれます。だからこそ毎日の食を見直せば、豊かな心を育むことが出来る。食べる前の"いただきます"という言葉には"感謝"の気持ちが、食べ終えた後の"ごちそうさま"という言葉には"ありがとう"という気持ちが込められています。そして、美味しいものを食べて、"美味しい"って思えたら、それらを感じられるだけで幸せなことだと思います。皆さん、忙しい中なので、毎回そういった食卓でなくてもいい。週に1回でもいいので、きちんと環境を整え、食卓を整えられたら"何事もないこと、健康であること"の重要性を改めて噛み締めることが出来ると思うんです。だから、僕はそういった幸せづくりのお手伝いをしたいと考えています」

      (※)自然体感性:福島さんが作った造語。自然体の感性であらゆるものと交流・交感するイメージ。


      今、食の安全・安心が見直されつつあり、農家の中でも、化学農法から自然栽培へと転換される農家も出てきています。然しながら、一旦始めた化学農法の土地はすぐに自然には戻りません。また、自然に戻っても安定供給までの苦労や販売ルートの問題等々、課題は山積みであるといいます。しかし、それは生産者だけの問題にあらず、私たち消費者側の認識の薄さも問題でもあると改めて感じました。福島原発や農薬、産地偽装問題もあり、今、食に対する消費者の意識が変わってきています。安心・安全だと思っていたものの前提が崩れ、何が安全で、何が危険か分からない状態に不安を抱えています。それは、今まで私たちがあまりにも食に対し無関心だったことが要因であると考えられます。毎回の食事によって身体は作られているということを思えば、消費者である私たちがもっと関心を持ち、食への意識、ひいては日本の農業を変えていかなければいけないと考える必要があるように思います。それには、まず、日々の食卓を見直し、整える機会を作ること、もっと食を意識することから始まるのだと、改めて感じました。


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      インタビュー後記


      福島さんは、食から多くの事を学んだと話してくださいました。
      然しながら、同じものを見ても、学べる人と学べない人がいます。では、その違いはどこにあるのでしょうか。OBT協会では、それは興味・関心の差だと考えます。興味・関心があるから、同じものを見ても人より多くの物に目が行く、目についた物に対し、自ら学習しようと行動する。では、その興味・関心の差とは何かというと、それは思いの差だと思います。自らのあるべき姿、こうなりたいと考える目標に到達する為に、何が必要が、何を学ばなくてはいけないか、その為に常にアンテナを立て、情報を収集する姿勢。つまり、"意欲"や"思い"といった、強い意思がなければ、自ら学ぶこということは出来ないのかもしれません。
      今更ながら、学ぶということは、"自学・自育である"と改めて痛感しました。