OBT 人財マガジン

2011.01.26 : VOL108 UPDATED

人が育つを考察する

  • 第四回【自律型人財-後編】環境を変えれば人は変わる

    • 「自ら課題を発見し、その課題解決に向け、周囲をリードしながら主体的に行動できる人財」。今、多くの企業がそんな"自律型人財"を求めています。どうすればそのような社員が育つのか。ヒントを求めて、現場で活躍する若手リーダーを訪ね、成長の軌跡を伺いました(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)

      シリーズ──「自律型の人財」の成長プロセスとは (第四回-後編)

       

      寿がきや食品株式会社 物流管理部 マネジャー
      廣津貴子さん

      日本で初めてスープを粉末化したことで知られる加工食品メーカー、寿がきや食品。廣津さんは同社で、女性として初めて一般職から総合職に転換され、その2年後には女性初の管理職に抜擢。女性社員の道を切り開いて来られました。事務職からスタートして24年、どのような紆余曲折を経て廣津さんの今日があるのか。先駆者としての道のりを伺いました。

    • ひろつ・たかこ

      高校卒業後、大手流通企業系列のアクセサリーショップを経て、20歳のときに寿がきや食品に転職。販売事務からスタートし、入社12年目に営業統轄部に異動。営業所別の利益管理を任される。入社17年目には、労働組合の執行部メンバーとなり、19年目には女性として初めて一般職から総合職に転換。22年目に女性初の管理職に抜擢される。

      寿がきや食品株式会社 http://www.sugakiya.co.jp/

      東海・近畿地方を中心に、「甘党とラーメンの店『寿がきや』」などを展開する外食企業スガキコグループのメーカー部門として、即席めんや粉末スープの製造を手がける。「みそ煮込」「本店の味」シリーズなどのロングセラー商品には根強いファンも多い。創業/1963年、資本金/9,326万円、従業員数/263名、売上高/153億4326万円(2009年3月期)

    • 労働組合の団体交渉で、会社の将来を考える

      伊藤(OBT協会) 「人は仕事の経験を通じて成長する」という考えが、私たちOBT協会の教育の前提にありますが、人事異動によって仕事の範囲が広がったことで視点が変わられたという廣津さんのご体験を伺うと(前編参照)、まさにそのことを実感します。

      廣津 営業統轄部に異動した3年後に労働組合の執行部に入ることになりまして、副委員長を3年、書記長を2年務めたのですが、これも私の視野を広げる経験になりました。執行部になると、経営層との団体交渉を任されます。これがまた大変な場で、それこそ最初は経験浅く、上手に交渉発言もできませんし、自身の無知を嘆きました。一番記憶に残っているのは、経営層の代表に言われた「要求のみを出す組合に意味はない」という言葉です。とても悔しくて、組合員の意見をまとめ団結力を証明しようと試みましたが、なかなかまとまらない。それでまた泣かされて。これが、組織力の大切さを身をもって感じた最初だったのではないかと思います。

      結局、会社の将来を語れないと、経営層と対峙することはできないんですね。経営層は、今現在の問題を見て意見を言うこともあれば、将来を考えたうえで意見をすることもある。そのときどきで違う視点に対応できる柔軟な頭脳をこちらが持っていないと、対話できないんです。そのために、私もいろいろな勉強をし、会社の将来を真剣に考えました。

      伊藤 会社の将来について、どのようなことを考えたのですか。

      廣津 私には、寿がきやを「100年企業」にしたいという思いが強くあるんです。明確に皆にそんな話をするようになったのは管理職になってからですが、会社には長く存続してほしいという思いはずっとありますね。いつからかと言えば...、やはり入社6年目から8年目にかけて、後輩の教育を任されたころからかもしれません。一所懸命にやっている後輩たちを見ていると、そういう会社にしなくてはいけないなと思うようになって。厳しい時代ですから、いかに生き残っていくかを率先して考えて、競争力をつけなくてはいけない。その中で、自分がやるべきことは何なのかと。

      その後、経営層と話をする機会が増えてきたのが、入社10年目ごろからのことで、営業統轄部に異動して、「利益管理ができる営業が必要だ」と言われて。そして、労働組合で団体交渉を経験する中で、会社の将来を考えるようになって。

      伊藤 すべてのご経験がつながってきますね。

      廣津 そうですね。ですから、営業統轄部に異動してよかったと思います。最初は不安でしたが(笑)、嫌いな仕事というのは、後になって自分の身を救ってくれるんですね。知識がないとか、苦手だから嫌いなわけで、つまりは自分の弱点なんですよ。それが今となっては、自分を支えてくれるものになっている。仕事に対して、良い悪いという評価を自分で下してはいけないなと思いますね。

      伊藤 労働組合活動のご活動で、廣津さんが得たものは何ですか。

      廣津 私が今、こうしてお話できるような自分の「核」と言いますか、ぶれない考えを持つようになったのは、やはり組合活動が大きいですね。同じ組織の中でも違った視点を持っている人や、話したことがない人とも話をしなければいけないですし、経営層と交渉するには自分の会社に対する勉強もしなくてはいけない。それまでは、自分が背負わされた狭い範囲のことしか知らなかったのが、大きな視野で全体を見なくてはいけなくなって、そこでぶれない思考が身についたのかもしれません。ですから、30代は職務の異動と組合執行部を経験することで、苦しみもがきながらも、大きく成長できた10年間でしたね。

    • 女性初の管理職として「働く意味」を若い女性に伝承

      伊藤 入社19年目には、一般職の女性として初めて総合職に転換されました。その後、女性初の管理職になられ、また新たな経験をされたことと思います。

      廣津 そうですね。管理職になることについては、正直いって戸惑いましたが、当時の経営層から「チャレンジする前に、何を迷っている」と言われて。女性社員の可能性が大きく広がることになれば良いと思い、日々、取り組んでいます。

      また、ちょうどその頃、工場を集約して新工場を建設するといった大きな改革があり、それに合わせて理念を現場に浸透させるための教育があったんです。私もトレーニングに参加し、"管理職としてどう会社を変えていくか"という議論をみんなで重ねました。この時に学んだことは、今でもときどき読み返しますね。やはり忘れてしまいますから。自分が書いたものも自分で改めて読んでみて、「できているかな」と常に振り返るようにしています。

      伊藤 マネジメントする側に立たれて初めて気づくこともあるかと思いますが、女性が働くということについてはどうお考えになりますか。

      廣津 能力は、男女を問わずどんどん発揮すべきですし、発揮できない環境があるならば、早急に改善しなければいけないと思います。しかし、出産は女性にしかできないわけですし、家事や育児の負担はどうしても女性が大きくなります。男女平等社会、仕事と家庭の両立と、打ち出せばだすほど、男女の働き方の違いや問題は出てくる。ですから男女平等に働くといっても、まったく同環境、同勤務でなくても良いというのが私の考えです。お互い認めあった少しの遊び心というか、男女における働き方の違いに理解があっても良いと思うのです。

      物流管理部のメンバーも、結婚や夫の転勤で退職するケースがありますが、たとえ3年でも4年でも社会で働くことには意味があると思いますし、その後「私は寿がきやで働いていました」ではなく、「寿がきやの社員として、こんな仕事をしてきました」と言える人間にならなければ、もったいない。意識を変えれば単調な仕事に意味も見出せると、それは常に皆に言い聞かせています。

      伊藤 部下育成では、どのようなことを大切にしておられるのですか。

      廣津 今の若い社員は、入社時の新人教育が行き届いているので、意識のレベルや考え方がしっかりしていると思います。人間は学びの動物だから教えればできるし、きっかけがあれば気づく。実務経験から得たものを、学びとし、将来の気づきのきっかけとなってくれればいいなと思っています。また、今の若い人たちは、自分が働くことの意味を求めるので、一つひとつ言葉できちんと伝えるようにしています。

      仕事上の注意は、相手を追い詰めないことを心がけていますが、気がつくとしつこく怒っている自分がいますので、気持ちに余裕を持って接するように努力しています。私の部署はルーチン業務をチームで受け持っていますので、助け合わなければうまく回らない。ですから、相手の性格をまず認め、それから業務精度をあげていくことが大切です。個性があってこそ人間、組織を統一したいがために個性を潰すような管理をしたら、部署内がギクシャクしてしまい、成果が出せなくなると思います。

      伊藤 なぜそこまで人のことを思えるのですか。

      廣津 どうしてでしょうね。やはり私は人間が大好きなのと、初めて後輩育成を任されたときに、うまく伸ばしてあげられなかった経験があるからではないでしょうか。今でもそのときの事を思い出すと、自分の力不足を改めて感じて、後悔しきりです。自分のかわいい部下や後輩にいい仕事をさせてあげたい。そのためなら上司とも闘わなければと思います。

      伊藤 「出る杭は打たれる」ということはありませんか。

      廣津 ありますね(笑)。けれども、動かなければ変化は絶対にないというのが昔から思っていることの一つです。マイナスかもしれないし、プラスかもしれませんが、動けば何かが絶対に変わります。

      伊藤 その廣津さんを支えているものは、何なのでしょうか。

      廣津 仕事での失敗も成功も含め、話を聞いて意見してくれる仲間が、部署関係なく社内にいることが大きいですね。組合活動が大変だったときも同じで、休日返上で出社しなくてはいけないときに、不意に執行部の仲間が出てきてくれたりすると、涙が出るほど嬉しかったです。人は人に救われるのだと思います。

      伊藤 組織の中で自律するということは、さまざまな壁に直面することであっても、信じ合える仲間がいると乗り越えることができますね。最後にもう一つ伺わせてください。廣津さんにとって仕事とは何でしょうか。

      廣津 難しい質問ですね......。まずは、自分という人間を支えるものの一つであり、自分を客観視できる場所だと思っています。また、ちょうど先日、うちのメンバーから「廣津さんにとって、やりがいとは何ですか」と聞かれて、こう答えたのです。「やりがいは、常に探し続けるものだと私は思う」と。「でも、その根底には、寿がきや食品の社員であることの『誇り』がある。その誇りさえ持っていれば、自分がどうあるべきかは自然と見えてくる」と。そうしたら、彼女は「『誇り』という言葉自体を忘れていました。深い言葉をありがとうございました。じっくり考えたいと思います」と言ってくれましたね。

      伊藤 自社の社員であることに誇りを持つというのは、なかなかできることではないように思います。

      廣津 誇りを、強く持とうと自分を変えてきた気がします。組織の中で与えられる個人一人の仕事は、すべてが特別な能力を要するものではありませんし、本人の希望にあった職務が任命されるとは限りません。自分の会社や仕事の意義を認めることができず、やらされ感があると、考え方もそうなっていくじゃないですか。

      でも、寿がきやで働くことに誇りをもちながら、与えられた仕事の成果を達成できれば、満足度は大きくなります。「寿がきや」と聞いて、「ああ、名古屋の」「ああ、みそ煮込の」と言ってくださる人がいるのは、どれだけありがたいことか。そんな愛されている商品を届けているという自負と誇りを持って、喜びを感じて働いて欲しいから、まずは私が誇りを持つようになったのかもしれません。そういう人を少しずつ、地道に増やして組織力につなげることができたら、お互いにすごく幸せになれるのではないかなと思うのです。

      人間、学生時代は小学校、中学校、高校、大学と数年毎に環境が変っていくことで、どう生きるかを、いやおうなしに考えると思うのですが、組織に入れば、定年までの40年もの間、同じ環境にいることもありえます。やはり順次環境を変えて人財育成を行うことは、組織活性のために非常に重要なのだと感じています。人間、無理矢理にでも変化しなければ生きていけない時期が、公私ともにありますよね。

      伊藤 変化に対応する能力は、企業が生き残るためには欠かせませんが、個人にとっても同じなのですね。そしてその力は、変化の中でしか磨けない。そのことを、お話を伺って強く感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。

    インタビュー後記   -人はどのようにして育つのか-


    <仕事の転機、節目を通じて人は成長していく!>

    今回「自律型人財」にご登場頂いた広津貴子さんのお話からご本人の成長のプロセスを考えてみると、担当した仕事そして担った役職での経験を通してその節目節目でいろいろなものに気づき一皮剝けることで成長してきたといえる。

    然しながら、考えなければならないのが、広津さんと同様の仕事や役職を経験すれば他の人達も広津さんのように育つのだろうかという点である。

    人が仕事体験の中で成長していくというのは、理論的には正しいのであるが、全く同じ経験をしても育ち方に大きな差が生じるのは何故だろうか。

    ひとつには、担当する仕事や担う役職の捉え方に大きな違いがあるように思える。 育つ人は、一言でいえば、広津さんの例が示すようにその捉え方が広しくて深いのである。
    広くて深い人は当然、取り組む範囲も、取り組む対象も他の人たちよりもずっと広く深い。
    当然のことながら、深い分だけ広い分だけ様々な経験をする場が多くなり、それは自分の頭で考え抜かなければならない機会を多くし必然的に成長を促進させていく。

    ふたつ目には、人は役割を持って生き、役割を通して、自分を成長させていく動物である。女性として初の総合職となり管理職に昇格した広津さんの例はその証左といえる。

    やっていることは、一見人と同じように歩いていてもその当たり前の歩みをどれだけ真剣にちゃんとやっているかどうか。

    その差が長い時間の中で富士さんと平地ほどの差になっていくのでないだろうか。


    On the Business Training 協会  及川 昭