OBT 人財マガジン

2011.09.28 : VOL124 UPDATED

人が育つを考察する

  • 第二回【仕事を極めた人の成長プロセス-後編】死ぬまで進歩したい

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      日本最高齢現役パイロット
      財団法人日本飛行連盟
      名誉会長 高橋 淳さん(88歳)

       

      "年を取ったら特にオシャレになれ!って言いたい"と語って下さったのは、ピンクのシャツがよく似合う88歳にして現役のパイロットの高橋淳さん。
      "楽しいこと、人を喜ばせることが好き"と笑顔で話して下さった高橋さんですが、第二次世界大戦では、数々の死線をくぐりぬけてこられたそうです。現在ではフリーのパイロットとして活躍中。若い人からは『飛行機の神様』と呼ばれています。

    • 【プロフィール】

      高橋 淳(JUN TAKAHASHI)

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      1922年生まれ。1941年海軍飛行予科練習生として、海軍に入隊。一式陸上攻撃機のパイロットとして従軍し、周りの仲間が戦死するなか、唯一の生き残りとなる。戦後は、フリーのパイロットとして、航空測量や斜め写真撮影、機体のテスト飛行、遊覧飛行やメディアの仕事など幅広くこなし、また、パイロットをトレーニングする教官業も行っている。現在、社団法人日本飛行連盟名誉会長を務め、航空スポーツに尽くした人に贈られる国際航空連盟の「ポールティサンディエ」賞を受賞。
      著書に「淳さんのおおぞら人生、俺流」(イカロス出版)。

    • 反省がなくなったら終わり。僕はまだまだ成長したい。

      戦後は、"新日本グライダー研究会"を発足し、また、予科練時代の後輩たちや戦前にパイロット養成を行っていた航空機乗員養成所のOBが集まり、『社団法人日本飛行連盟』を立ち上げます。その後、プロのパイロット育成を中心に、航空写真の撮影やビラまき、宣伝放送の仕事を引き受け、プロのパイロットの養成が一段落したところで、アマチュア・パイロットの育成にシフトし、たくさんのパイロットを育てたそうです。しかし、49歳にして20年近く所属していた飛行連盟を離れ、フリーのパイロットへ。独立後には、パイロットの育成の他、海外から輸入された新しい飛行機のテスト飛行、また、小型機とパイロットを自社で抱える会社で人員が足りない時のフライト依頼など、様々な仕事をこなします。一機、一機コンディションが違うという飛行機は、パイロットなら誰でも操縦ができるというものではないので、今までの経験を基にどんな機体でも乗りこなせる高橋さんへの仕事依頼は非常に多かったそうです。88歳になった現在でも、仕事で週に1~2度はフライトをする高橋さん。しかし、70年近く飛んでいて、今まで完璧なフライトなんて殆どないそうです。「人前では、名人だ、うまいなんていわせるのはわけないのよ。そういうごまかしするのは。でも、自分自身で今日はいいフライトしたなって思うのは、年に1回か2回。自分で満足するようなフライトはね。あとは飛行機降りてから、あそこはこうすれば、良かったかな。って毎回反省してます。反省がなくなったら終わりじゃない。」と、高橋さんは語ります。

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      現在はアマチュア・パイロットの育成に力を注ぐ高橋さんですが、1回1時間位のトレーニングの中でも、終わった後に、「もう少しこういうのを教えてあげればよかったかな」などと考えるといいます。その為、反省がなくなったとき、人を教えたりなんかはしないで、自分の楽しみで飛ぶだけにしようとボーダーラインを決めているそうです。

      人を育てることについて、お伺いすると「物凄く難しい。やっぱり、人間十人十色だからね。アマチュアの人の場合は安全に飛べるようになればいいでしょ。だから、その人の性格をよく掴んで教えないと、みんなお金を払ってくれるわけだから。だから、払った上に、向こうが今日はいいこと教わりました。ありがとうって逆にお礼を言われるようにならなくちゃプロじゃないね。だから、死ぬまでプロであり続ける、そして、死ぬまで進歩するために、毎回きちんと反省をしてます」と、高橋さんは語ります。

    • 慣れるが『狎れる』になると、それが大変なミスに繋がるってことがあるんだ。

      たまに新聞等で、"ベテランパイロットが事故"という記事を目にすることがあります。「4000時間、5000時間乗ってる。とかいって、なんでこんな事故を起こすの?って思うと思うんだけど、そのくらいの時が一番危ないんだよね。自分じゃ絶対にうまいと思っちゃってる。僕もちょうどその頃、絶対に自分はうまい。俺よりうまい奴はいないっと思ったこともあったよ。僕は事故を起こさなかったけど、でも、その時を越す頃、あ~やっぱり飛行機って難しいなぁ~って。自分で反省することがいっくらでも出て来た。だからね、変に慣れた時って一番危ないんだよ。思わぬところで、"え"っていうのが出てくるの。これはどんな仕事でも一緒だと思うよ。慣れるって獣偏の『狎れる』になってるの。妙な"なれ"になってるわけよ。立心偏の『慣れ』じゃなくて。だから、"自分はうまい"と思ったらおしまいだね。」と、高橋さん。

      ※狎れるとは:物事になじみすぎて、その為にかえって新鮮な感覚を失うこと。

      高橋さんは現在、フライトをする前に、チェックリストでチェックした後、必ずもう一度見直し(リチェック)を行うそうです。「年取った分、若い時より当然頭は衰えているだろうというふうに自分じゃ思っていますから。だから、今の方が安全に飛んでるよ」と。

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      高橋さんは「チェック、リチェック、ジャッチメント(判断力)が必要」と語ります。地上では、ゆっくり考えることができる。でも、空中じゃ一瞬の判断で決めなくてはいけない。その為、プロパイロットに最も必要なのは判断力。そして、"先を読める能力"だといいます。「普通のビジネスやるんでもマニュアルがあるでしょ。マニュアル通りに出来る人は普通の人なんだよね。マニュアルから抜けだして、自分のモノを創りだす人。こういうふうになったらどうなるだろうって、先読みが出来る人。それが、プロだね。でも、先を読んだだけじゃダメなのね。僕は先の先の先くらいを読んでるの。こうなったら、こうなるだろう。こうなったら...じゃ、こっちに行ったほうがいい、とかね。それは、ビジネスの中で相手が何をしたいか、その先を読めるか、と一緒だよね。そうなってくると、マニュアルの中では収まりきれなくなるでしょ。だからあとは、自分で創っていかなくちゃいけない。でも、マニュアルが完璧に出来ていなかったら、そんなこと出来ないでしょ。だから、あくまでも基本は大事なの。」といいます。

      最後に、今後の目標をお伺いしたところ、「パイロットは年一度、身体検査があるんだけど、その検査で異常があると飛びたくても飛べなくなっちゃうんだよね。だから、今の体調を維持して行きたい。」維持するために何かしていることは?と質問すると「良く寝ることと、犬の散歩、あとは、生活のリズムを壊さないことかな。それに、食べる量は腹八分目と若いころから決めている。体重が全然変わらなくて、いまだに健康でいられるのは、そのせいかもね。あと、女性との楽しい会話かな」と笑って答えてくださいました。

    取材を終えて・・・


    高橋さんの取材を終えて、一番心に残っているのが、"人前で名人だ・上手いといわせるのはわけない。ただ、自分で満足いくようなフライトはほとんどない。だから毎回反省している"という言葉です。

    人は、毎日同じ仕事・同じ作業を繰り返していると、無意識に自分は成長している、上手くなっていると勘違いしがちです。しかし、それは"無価値な熟練"であり、作業は上手くこなせても、本当の意味での成長ではないのではないでしょうか。

    常に振り返りをし、何が良かったのか、悪かったのか、何が出来て、何が出来なかった、出来ない事に対しては、次はどうするか。を自分自身で考える事が大切なのだと思います。

    高橋さんはそれを70年以上続けてきているそうです。
    プロは一日にして成らず。
    改めて、高橋さんから"プロとは振り返りの積み重ね"なのだとということを学びました。