OBT 人財マガジン

2007.05.30 : VOL23 UPDATED

経営人語

  • 新しい経営手法やベンチマークの有効性に対する検証が必要ではないだろうか!

    昨今、あたかも"企業経営に関する新たな万能薬を開発した"如きフレーズで、時代がかった怪しげなセールスのように入れ替わり立ち代り表れては、声高にその有効性を主張している光景に接することが非常に多い。

    経営に関わる魔法の薬を欲しがる企業や経営者達がたくさんいて、この手の情報の売人達はこれらの人たちに対していかにもお望みのものを提供しているかのように振舞っている。

    例えば、日本を代表する企業に関する知識をあたかも自らがその会社を経営していたが如く、知る限りの情報を売りにして商売をしている人たち、或いは全く自らの創造性で考案したものでないビジネススクールの学生であれば誰でも知っているようなマネジメントに関するフレームをいかにも"とてつもない戦略に関する秘策"の如く披瀝して、お金を稼いでいる人たち。

    給与格差を大きくする効果を称賛する人事コンサルタントは日本にも山ほどいる。
    然しながら、組織によっては、成果を上げるためには、業績を達成するためには、社員間の協力、連携、情報共有等が欠かせない組織もたくさん存在するにもかかわらず、どのような組織にも給与格差を大きくする制度が効果的であることを裏付けるような結果が、本当に検証されているのだろうか。

    逆にここにきて成果主義による格差の弊害ばかりがやたら目につくのは何故だろうか。

    大きな給与格差がもたらす弊害は、プロのスポーツの世界ですら存在する。
    とりわけ、ノートルダム大学教授マットブルームによる野球チームを対象とした研究は興味深い。
    何故なら、野球は、ピッチャーとキャッチャー間、内野手同士等ある程度の協力は欠かせないもののチームメンバー間の連携は最も少ないスポーツといえる。
    にもかかわらず、29チーム、1500人を超えるプロ野球選手を対象に8年間に及ぶ綿密な調査の結果、年棒格差の大きな球団ほど勝率も入場収入もメディア収入も低いことがわかった。

    また、2007年1月~3月の自動車の世界の販売台数で初の世界1となったトヨタ自動車。
    販売台数は別にしても、実質的には今や自動車業界における世界的なリーダーであることは間違いのないところである。
    事実として、かなり長きにわたってアメリカのビックスリー各社は、トヨタ自動車の経営手法について、あらゆる角度からベンチマーキングを試みてきた。
    とりわけその生産方式を盛んに真似してきた。
    例えば、ジャスト・イン・タイムの在庫管理システムや問題が発見されると組み立てラインを止めて知らせるアンドン方式に至るまでさまざまな方法を真似してきた。
    GMを筆頭にそれなりに進歩はしているのであろうが、労働生産性、つまり1台あたりの製造時間を見ると未だトヨタにかなわない。
    しかも品質やデザインでも後塵を拝している場合が多い。

    後塵を拝しているというレベルではなく、クライスラー㈱の売却を始めとしてかって世界を代表する自動車メーカーであったビック3は今、いずれも苦境にあえいでいる。

    この種の事例は、企業社会には山ほどある。

    これは一体何を意味するのであろうか?
    このことは我々に何を示唆しているのであろうか?

    戦略、企業文化、人材、競争環境は企業によって様々であり、ある企業の成功要因は他の企業のそれとは全く異なるということであろう。

    例えば、トヨタでは、各従業員がチームプレヤーとして部分最適を抑えてチーム全体、組織全体の利益に貢献することを前提としており、TQMや改善の理念、管理者と現場作業スタッフとの風通しの良さ等等。
    このような集団主義的な思考方法は、欧米よりもアジアの企業にあてはまるはずである。

    トヨタの成功の秘訣は、ビックスリ-が模倣した一連の手法そのものに隠されているのではなくその手法の背景にある考え方や思想に本質があるのではないだろうか。
    手法はベンチマークでいくらでも模倣できるが、長らくその組織全体に脈々と流れている考え方や思想は、簡単には真似出来ない。
    極端な言い方をすれば、その企業の体質となっているものである。

    また、ペンシルバニア大学ウォートンスクール教授ジョンポールは世界中のあらゆる自動車メーカーの全ての工場対象に調査を実施、その結果、「リーン生産方式やFMSにより、低コスト、高品質の自動車を生産できる理由は、従業員間の地位や給与に格差をつけることが有効なのではなく、チームの一体化、人材教育、社員のジョブローテーション等に重点を置くことが重要である」とその調査結果から結論づけている。

    社員が、自社の将来や仕事の改善・改革等を自分達で考え、自分達の考え方で、自分達の力で、実現しようとする時、そのモチベーションは最高のレベルに達するはずである。

    最も重要なことは、経営手法にしろ、戦略にしろ、組織変革にしろ、これらを実現するためには、組織の中で働いている社員の協力が欠かせない。

    企業経営でも、戦略でも、組織運営でも、マネジメントにおいてもその本質ややらなければならないことのヒントは、外部にあるのではなく、自社の中、組織の中にあるのである。


    経営に携わる人たちは、例えば、"こうやれば利益が多くなる""こうすればもっと売れる""この制度を導入すると社員が意欲的に働く""この認証を受ければ品質が改善される"等等の如き、外部からの"万能薬的なフレーズ"に踊らされることなく、この手のフレーズや情報の再検証と"本当に自社にとって必要な施策""自社の競争力向上に必要な施策"を自らが追求する時期に来ているのではないだろうか。

                               OBT協会 及川 昭