OBT 人財マガジン

2012.06.27 : VOL142 UPDATED

経営人語

  • 「短期的利益」を優先する意思決定に潜む不合理さ!

    航空輸送に関する規制を緩和・撤廃する動きが世界的に加速している。
    こうした航空自由化の波に乗り、各国の航空市場で存在感を高めているのが
    格安航空会社(LCC )である。

    経済成長の著しいアジア地域における成長と共に日本の航空市場にもその波は押し
    寄せてきており、大手航空会社をしのぐまでに成長してきている例もある。
    日本においては、地方空港は、人口減と利用者数の頭打ちという厳しい経営環境の中で
    海外からの旅客増で生き残りを図るために、LCC の誘致に力を入れている。
    その一方で発着枠が限られていた首都圏空港でも成田、羽田空港の国際線発着枠の
    大幅拡大によりLCC の進出余地も大きく拡がり、特に成田空港では、LCC 専用の
    ターミナルの整備も計画中とのことである。

    然しながら、航空運賃の安さもさることながら、空港までのアクセスの利便性も
    利用者にとっては極めて重要な問題である。
    首都圏でいえば、都心に近く非常に便利な場所にある羽田、空港周辺の海域は既に
    埋め立てられ広大な埋め立て地が出現、羽田の効率的な活用問題も課題として存在する。

    このような前提で考えた時、 "羽田空港を日本のハブ空港に"という考えは、誰もが
    極めて合理的な判断であると考えるであろう。

    2009年国土交通大臣であった前原氏が、「羽田空港を中心として世界のどこの国にも
    行けるように世界の航空会社を受け入れる、羽田空港のハブ空港化」に言及した。
    「成田空港の使い勝手の悪さから韓国の仁川空港が広く東アジアのハブ空港としての
    ポジョンを確立しつつある」事に対する危機感から発したことであり、日本の国益
    という観点では極めて合理的な判断といえる。

    この国土交通大臣の見解に対して森田千葉県知事、成田市長、千葉県の関係各市町村長が
    緊急会合を開き「羽田空港をハブ化すれば、成田の存在意義は薄れ、利用客は大幅に
    減少し、千葉県の経済が大きな打撃をうける」という理由で猛烈な反対声明が出された。

    千葉県経済の地盤沈下という主張の背景には、成田空港はその開港までに莫大な資金の
    投入と過激な反対運動に対応してきた労力の使用やエネルギー消費があった。
    「羽田空港のハブ化は、開港までに費やした膨大な資金や労力が水泡に帰してしまう」
    という埋没費用(サンク・コスト)の大きさを考えると、前原氏の「羽田のハブ空港化」
    という国益からいっても、利用者の利便性という観点からいっても極めて合理的な判断で
    あるはずのものがかき消されてしまうのである。

    繰り返すが、羽田のハブ空港化は、国益にかなっており、長期的には得策な判断である。
    然しながら、無理にこれを進めようとすれば千葉県の利害関係者達は、様々な抵抗運動を
    起こすであろう。

    そうなると様々な利害関係者と意見を交換し、交渉し、説得するには膨大なエネルギー、
    コストそして時間を要するのは誰の目にも明らかなことである。

    その一方で、長期的には利益になると思われる羽田のハブ空港化から得られる具体的な
    リターンやその確度の高さという点になるとかなりの不確定さは否めない。

    これにより、我々は「たとえ、現状に非効率さや非合理さを感じていても現状を
    維持した方が限定的な範囲内では、ある種の合理性がある」という考えになってしまい、
    判断は「長期的な利益」よりも「短期的な利益」の方に向かうのである。
    その結果、なされる意思決定は、「先送り」するということになり、こうして、変革や
    改革の対象となる「非合理さ」や「非効率さ」が根底から改革されることなく、放置
    され続けこれが将来、大きな代償を支払う結果となる。

    日本の国益となる「羽田のハブ空港化」が未だに実現出来ないという問題の本質を掘り
    下げて考えると、経営やマネジメントにおける日常の判断や意思決定等に実に多くの
    ものを示唆している。

    On the Business Training 協会  及川 昭