OBT 人財マガジン

2006.07.11 : VOL3 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社サイバード
    人事本部 人事企画室長兼人材開発室長 石川 浩二さん

    ステージ転換期を迎えたベンチャーの取り組み

    企業には「創業期」「成長期」「成熟期」と、さまざまな成長段階があるといわれています。経営トップのリーダーシップが重視される創業期を経た後に、多くの企業が直面するのが、人材の問題。ベンチャー企業がステージ転換を迎えたときに、現場では何が起こっているのか。設立8年目を迎えたサイバードの石川人事企画室長にお話を伺いました。

  • 株式会社サイバードhttp://www.cybird.co.jp/

    携帯電話に特化したソリューション事業の先駆者として知られるベンチャー企業。1998年の設立から2年で店頭公開を果たし、設立以来連続の売上高2桁増で急成長を続ける。

    KOUJI ISHIKAWA

    1965年生まれ。89年リクルートコスモス入社。総務人事部で教育、採用を長く担当し、2001年に人事課長に。2003年8月にサイバードに入社し、管理本部人事マネジャーを経て、2005年4月から現職。

  • 自立したプロ集団の力を、組織の力に昇華する。

    ────1998年の設立以来、8年目を迎えられました。今、社員の方は何名いらっしゃるのですか。

    グループ全体で600名弱、サイバード単体では約270名、契約社員まで含めると400名近くになります。私が入社した2003年8月には約160名でしたから、その時点からでも2倍以上になった計算ですね。

    ────一般にベンチャー企業というのは、最初は仲間内でスタートし、ある段階から人材の公募を始めるといったステップを踏むように思うのですが、御社は今、どの段階にいるといえるのでしょうか。

    当社は、コンテンツの配信事業がメインの柱の1つとなっており、現在、100を超える公式サイトを運営しながら、年間で約100億の売上げがあります。その他、新規ビジネスなども含めると連結で150億の売上げとなっています。ITバブルが崩壊した後に、モバイルという新しい領域にさまざまな人材が集まってきたところがあって、着実に成長してきた一方で、極めて属人的な側面もある。その意味では、組織・グループにとっての最適化思考が浸透している、より高次元の組織運営の確立が必要なステージにあります。

    そこで、約100あるサイトを、伸びしろのあるものとサービスが完成されて安定的な運用をしていくものに分け、後者はコスト管理も視野に入れてやっていこうと。そういうサイトに関しては、ノウハウの可視化やナレッジの共有を徹底的にやっています。

    これは、2004年に開始した新卒採用にもつながるんですが、特定のこのサイトしか運用できない人材というのではなく、ローテーションさせながら、次のステップは垂直方向なのか、ちょっと斜め側にキャリアを作っていくのか、ビジネスを開発する方に移っていくのか、様々なキャリアを作っていける環境にしたいという狙いもあるんです。

    ────そういった課題に取り組まれる中で、ベンチャー企業が成長する上での人や組織のあり方について、重要なことは何だと思われますか。

    小さい組織でも、10人を超えるとリーダーのメッセージって届かなくなりますよね。経営もまったく同じで、創業の精神やベンチャースピリットみたいなものが、組織が大きくなることによって、行き届かなくなるんです。マインドも届かなくなるし、実際の情報も届かなくなる。

    それでいて、目標管理制度みたいなものが導入されてしっかり評価しようという話になってくると、どうしても目先の業績に集中します。そうすると、For the company、For the teamという発想がなくなって、個人主義的な動きになってくるんです。今はそのタイミングにいて、チームやカンパニーへの貢献に向かって会社全体がシフトしていく必要を感じています。

    組織活性化の起爆剤として新卒採用を開始。

    ────具体的には、どんな手を打っておられるのですか。

    2003年8月に私が入社して最初に考えたのは、2004年から新卒採用をしようということです。それを、経営陣とも約束しました。新卒が入ってくると、3年くらいで変わってきますよと。これは僕の考え方でもあるんですが、中途採用は経験を買うということですよね。ポテンシャルに投資するわけではない。本人にもプロ意識が強く、自分の業務領域を完全志向でやるという雰囲気が強いんです。

    ですから、若くて右も左も分からない新人が入社することで、教えたり、教えられたり、鍛えたりみたいな、本当にシンプルなことなんですが、そういった組織活性化の一つとしてのコミュニケーションを作ろうと考えたんです。

    ────新卒採用を開始する前に、何か準備されたことはあるのですか。

    実は現場に抵抗感がありまして。プロ意識の高い現場の社員からみれば、教えることはコストなんですよ。

    ────その抵抗のある先輩社員の方々を、どう説得されたんですか。

    説得はしてなくて、新人をけしかけたんです。採用が成功するかどうかは、採用活動の時点で分かれます。採用活動の場面で、いかにメンタルセットできるかということなんですね。ですから、実質的な一期生になる2005年入社組は20人なんですが、その20人に関しては、役員が直接語りかける説明会を開催し、その後にグループ懇談会を実施しました。グループ懇談会は1シーズン・3カ月ほどの間に、80回くらいやったんですよ。

    そのプロセスの中で、ベンチャー企業の職場とはどういう環境かということを、徹底的にインプットしたんです。先輩から教わるとか、先輩に頼るとか、そういうことではなくて、先輩そのものを変えろと。

    ────そういうことに、時間とパワーを使う人事が少ないですね。すべてエージェント任せにする会社も多いのではないでしょうか。

    本当にそうだと思います。採用って、採用マンの管理ができないとレベルがどんどん下がっていくんですよ。内定辞退者を口説けなくて候補者不足になってきて、求める人材とはちょっと違うけれどまあいいかっていうようなことが出てきたりしながら、採用レベルがどんどん下がっていく。そこを下げさせないように、徹底して採用マネジャーが管理していくプロセスが、実は必要なんです。

    私自身は、前職のリクルートグループでの採用活動を経験してきましたから、リクルートの創業者である江副さんがよくいっていた、会社の将来のサイズやレベルは採用こそが決めるという、その精神でやっています。

    ────新人の方々の共通の特徴としては、どんな方が多いのですか。依存的ではないタイプの方が多いようにも感じますが。

    そういうことには、注目していますね。ただし、人材像の議論はあまりしないんです。こういうタイプはダメというネガティブリストは作ります。日和見だったり、単なる評論家だったり。けれども、人材像の議論は不毛だと思っていますので、採用担当者にはネガティブリストを理解させたうえで、とにかくお前がすごいと思う学生を連れて来いと。それだけですね。

    マインドセットするには、同期の絆も大事だと考えています。採用選考は個別に進めますから、他にはどういう学生が内定者として決まっているのかを見せてあげることが非常に大事で、それをなるべく早いタイミングでするんです。

    ────どれくらいの時期にされるのですか。

    内定者が10人以上になると、そのユニットで開催します。学生って、周りを気にするんですよ。こんなベンチャーで、いいのかと(笑)。そこで、どういう学生が同期になるのかが分かると、ググっと確度が上がったりするんですよね。それは、他社もされていることだとは思いますが。

    それに、中途採用でも感じるのですが、就職活動をしっかりやって自分の思いで自己決定した人は、会社へのコミットメントがものすごく高いんです。当社のように経営者が若い会社は特に、トップの下で勉強する、トップの下で会社を変えていくという思いが強くありますね。

    ────そのコミットメントの求心力になっておられるのは、やはり堀会長でしょうか。

    日常的には上司や先輩であって、最後は堀です。中途でも新卒でも、選考から入社までのどこかのタイミングで、必ず堀の話を直接聞く機会を設けています。今日は、パンフレットをお持ちしたのですが、この『道』という冊子に書かれている「大胆かつ慎重に、信念を貫け」「仁を重んじ、礼を尽くせ」などの行動指針、これが堀の思いです。

    ────こういった理念や哲学めいたことは、若い方にはあまり歓迎されないのではないですか。

    いえ、それが若い人ほど共感するんです。時代がそういう感じになってきているのかなと思いますね。

    ────入社後のフォローはどうされているのですか。

    入社1カ月後面談というのをやっていまして、その後は入社半年目に新人に対する360度評価を職場で実施し、それを受けた研修を行っています。この研修では、職場に戻ってから上司や先輩に研修の報告をして、上司や先輩からは新人への期待や要望を伝えるフィードバックミーティングをやるんですね。大事なのはこのプロセスで、360度評価を実施する前に人事がマネジャーとミーティングをして研修の狙いを伝え、研修後のフィードバックミーティングにも人事が極力出席します。

    ────やはり、人事に思いがあることが大切なのですね。

    決められた業務を決められた通りにやっているだけでは、人は動かないですからね。

     

    新人育成に現場を巻き込む事で、
    風土や文化に変化が生まれる。

    ────そうやって入社前に意識を高め、入社後のフォローも手厚くされていたとしても、先輩を変えろというのは新人の方には荷の重い課題ではないでしょうか。

    そこは、現場と役割分担をしていまして、入社前研修は人事で開催しますが、入社後のコンテンツビジネスの基本を学ぶ機会というのは、現場に担当してもらっています。現場には新卒採用の必要性を共感してくれる部長もいて、現場の中に人材育成部というのを彼が兼務で作りました。入社後の1カ月間のコンテンツの制作の研修を企画したり、プレゼンの場を設けたりといった研修を仮配属期間の1カ月の間にやるんです。

    ────それには、先輩の社員の方も参加するのですか。

    ええ、そういう巻き込み方は意識しています。ですから、リーダークラスには新人を受け持って、きちんと育てなくてはいけないという意識は、少しずつ芽生えてきましたね。前回は初回ということもあって、準備期間も3カ月くらいあったんじゃないでしょうか。関わる先輩も、いろいろ変えています。入社した新人が、次の年には先輩として教える立場になって、数珠つなぎのように、教える・教えられる関係を作っていこうという話を現場とはしているんです。

    ────現場を巻き込むときに一番大事なことは、どのようなことでしょうか。

    話をすることですね、しっかりと。IT企業ですから、通常の連絡事項はすべてメールなんです。そこを、メールで伝えるだけでなく、しっかりと直接会話する。これは大事です。役員会でも、採用で現場には負担をかけますということを宣言し、オーソライズをとりました。入社1カ月後面談でも、上司のマネジメントがうまくいっていないという話があったら、その上司と直接ミーティングをして、どうなっているんだという話をします。そういうコミュニケーションは、大事にしていますね。

    組織改革が自律回転する土壌ができあがりつつある。

    ────新人の方が入社して、社内の雰囲気に変化はありましたか。

    先ほどもお話しした、ナレッジの共有化やノウハウの可視化といったプロジェクトが走り出しています。ただ、いまだに新人を受け持つことに抵抗がある人もいれば、新人を非常に優秀だと感じているリーダークラスもいて、現場は両極端ですね。

    ────面倒見のいい先輩社員に、新人育成が偏ることはありませんか。

    それは、自然と分かれていきますね。プレイングマネジャータイプの人にとっては、部下を抱えるというのは相当なストレスです。ですから、組織が得意か不得意かは事業運営するとよくわかるらしくて、苦手な人は自然とプレイングマネジャーになっていきます。

    ────それは、どちらの道もあってよいということでしょうか。

    あっていいと思います。今までは、極めて高い成果報酬型の社員と通常の評価で報酬が決まる社員と2通りの位置づけがありました。そこにマネジメントの視点はなかったんですが、今後は、組織を持たないマネジメント職もあってもいいと思いますね。

    ────ある情報技術関係の企業の経営者が、プロジェクトマネジメントとラインマネジメントの能力は違うといわれていました。また、プロジェクトは成果を出せば評価されるけれども、ラインマネジメントは成果が目に見えにくいのであまり評価されないという面もある。けれども、ラインマネジメントをきちっとしないと、プロジェクトマネジメントの成果は出せません。そういったことへの理解は必要ですね。

    今のお話は、技術系の現場にはよく当てはまりますね。プロジェクトで開発しますからそこにはプロジェクトマネジメントがあって、一方で上位管理者はそういったプロジェクトをいくつもマネジメントするという立場で。非常に難しいですよね。

    ────マネジメントが機能する組織をつくるには、次にどんなステップがあるのでしょうか。

    新人の数が圧倒的に増えてきていますので、この後は自力回転していくような気がしています。昨年に20名が入社して、今年は30名、来年は40名程度が入社予定ですから、約100名弱が新卒になるんです。つまり、社員の3分の1は新卒ということですから、マジョリティに近づいているわけですね。

    ですから、自力回転していくだろうなとは思っていますが、先ほど冒頭でいいました業務が属人化しないためのシステム化や必要な情報を自分で探せる社内のイントラネットなど、そういったことが今後のカギかなという気はしています。何であれ、情報を開示して知るということはとても大事だと思うんです。

    制度だけを変える改革はうまくいかない。
    手をつけるべきは、採用や教育。

    ────お話をお聞きしていると、ベンチャー企業であっても、マネジメントをうまく機能させるというオーソドックスな課題が大切だという気がします。

    そう思います。ベンチャーの人事はどこも同じような悩みを共通して持っていますね。社員の定着が問題だったり、経営者のコンセプトが行き渡らなくて社員が短期的な目標にとらわれがちだったり。すごく似ています。

    その一方で、問題は人事制度にあるといって、中でも評価制度に手をつける企業が多いという印象があります。けれども、評価制度に問題があるケースって、実はそんなにないんです。問題は、評価を運用している人にあるわけですよ。

    ルールを見直そうという話になると、社内にものすごく過剰なストレスが蔓延します。今までマルだと評価されていたものが、バツや三角になったりするわけですから。そのことのコストって、人事以外の人には案外分からないんです。特に経営者は理解してないケースが多い。だから、ルールを見直せって取り組むんですが、失敗する。そんな会社が多いという気がしますね。

    ────そして、人事コンサルタント会社のいい餌食になる。

    そうです。変革ありきで人事がリードして旗振り役をやると、たいがい失敗しますね。本当に手をつけるべきは、採用と教育です。当社はすでに評価制度を変えましたので、新制度をベースに評価の目標設定のやり方やフィードバックの方法を学ぶといったことが今後の課題。着任当初は新卒採用に集中しましたが、次はマネジャーやミドルクラスの本当の役割を学ぶ研修をスタートさせたいと思っています。

    ────組織を変えるのは簡単なことではないのですね。

    時間はかかりますね。10年はかかると思っています。3年で、新卒の採用活動が滞りなくできるようになり、定着もしました。けれども、それが風土といった会社の根幹に関わるところで変化が出てくるには、5年や10年はかかるのではないでしょうか。

    ────組織のステージを変えるために一番大事なことは、何だと思われますか。

    やはり、経営者が本気で旗を振ることですね。それにつきると思うんです。たいていの経営者は組織の悩みを抱えているものだとは思いますが、解決を外部に丸投げしたりとかね、そういう人が意外と多いんですよ。

    人はなぜ頑張るのか、その本質は不変。
    ベンチャーだからという特別論はない。

    ────最後に、ベンチャービジネスでの人や組織にとって、これだけは大事だと思われることは何でしょうか。

    2つあると思いますが、1つは、ベンチャーだからといって特別だということはないということです。もう1つは、ルールや制度などの小手先に走らないで、社員のパッションや思いに働きかけて、みんなのベクトルを変えることが大事だという気がします。ロジカルなテクニック論に走っても、それでは社員はついてこないです。

    これの話は蛇足かもしれませんが、新卒採用一期生で入社した中の一人が、この度、実家を継ぐことになりまして。その彼が、最後にいいことを言ったんです。自分の成長のためにITベンチャーを選んだけれども、自分のためだけでは頑張れないことに気づいたと。今の若い人ってみんな、自己成長とか自己実現とかっていいますね。けれども、それでは頑張れない。僕は、親や家族のために頑張る事を決意しました、それなら頑張れそうですと。まさか、2年目の社員にそんなこといわれるとは思わなかったのですが(笑)。

    ────誰かのためにというのは、真実をついていますね。

    この人にためにとか、この組織のためにとか、そういう思いで人って頑張れると思うんですね。組織運営は、そこを忘れては上手くいかない。そう思います。

    ────ありがとうございました。

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