OBT 人財マガジン

2007.12.31 : VOL37 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社再春館製薬所
    ITM営業現場部 兼 社員満足推進室 人事部 マネージャー
    岡村 宗敬さん
    広告広報企画部
    濱田 恵輔さん

    本物経営への道のり(後編)

    「お客様第一主義」、「社会への貢献」、「従業員の幸福の追求」──経営理念にこういった言葉を掲げる企業は、非常に多くあります。しかし、現場に目を向ければ売上至上主義が横行し、企業の永続的な発展のために不可欠であるはずの理念が「絵に描いた餅」になっている企業が多いのもまた実情です。理念の追求とは。本物の経営とは。3回シリーズの最終回では、再春館製薬所のITM営業現場部 社員満足推進室 人事部 マネージャー、岡村宗敬さんと広告広報企画部の濱田恵輔さんに伺いました。

  • 株式会社再春館製薬所https://www.saishunkan.co.jp/

    1932年設立。『ドモホルンリンクル』で知られる、漢方の医薬品・化粧品を開発する製薬会社。人間が本来持っている自然治癒力、自己回復力を最大限に引き出す製品づくりにこだわる。行動規範に5つの『しん』、『心』『真』『診』『深』『信』を掲げ、顧客と直接コミュニケーションを図ることで個人商店のように心の通ったサービスを提供するために、自社製造とテレマーケティングによる直接販売方式を貫く。

    MUNETAKA OKAMURA (写真左)

    1964年生まれ。00年株式会社再春館製薬所入社。お客様満足室責任者を経て、2002年に営業現場部責任者、2003年営業現場部マネージャー、2007年より社員満足室人事部マネージャーを兼任。

    KEISUKE HAMADA (写真右)

    1976年生まれ。01年株式会社再春館製薬所入社。お客様満足室、営業現場部アウトバウンドを経て、2004年より広告広報企画部にて主に企業広報を担当。

  • 組織間での壁をなくすために、フロア内の壁を取り払う。

    ────オフィス内に仕切りがないことに驚きましたが、この設計も『ありたい姿』を伝えるための仕掛けといえるのでしょうか。

    岡村 まさに仕掛けです。見ての通りフロアに壁は一切ありませんし、会議室もすべてガラス張りです。オフィスのこの形そのものが、最終的にはお客さま満足につながるんです。部署と部署の間に壁があったり、5階建てなどで階を移動しないといけないとなると、それだけで伝わる情報のスピードが落ちてしまいます。また、社員同士が頻繁に顔を合わせなくなると、その相手は情報を伝えなくてもいい存在になり得るんですよね。でも顔を合わせれば、「あ、伝えておかなければ」となる。いかに情報を早く伝えて共有し、対応に活かせるかということを考えた結果がこの形。その中心に会社のトップがいるのも、社内の動きを敏感に感じたいと考えているからなんです。

     

    (写真左)2007年1月に移転した新本社屋は2階建てで延床面積は1万1600平方メートル。フロアには一切の壁や仕切りがなく、社長室もない。写真中央、椅子の背にスーツのかかっている席が、西川社長の席だ。また環境にも配慮して、資料を必要以上に保管しないよう机に引き出しはない。足元にカゴを置き、持ち物はそこに入れるルールになっている。
    (写真右)フロアのそこかしこに人の輪ができ、立ち話し風のラフなスタイルでミーティングが行われている。

     

    (写真左)ガラス張りの会議室。(写真下)サーバールームもガラス張り。誰からも見える環境にすることで社員の中にも自律が生まれ、セキュリティも自然と強化される。

    岡村 こういうフロアにおりますと、「彼は最近笑顔が少ないね。何か悩んでるんじゃないか」とか、「あの部署はいつも笑い声がして、非常に動きがよくなってきたね」といった、感覚で感じることがたくさんあるんですね。西川自身も何かあればすぐコミュニケーターの席に行って、当社で『しおり』と呼ぶ、お客さまとの会話の記録を実際に見ます。

    これが、階段があったり、部屋の壁がありノックしないといけなかったりすると、少なくともスピードは間違いなく落ちる。壁をなくすことで社員の間の連携がよくなって、情報がスピーディに伝わり対応できることが、最終的にはお客さま満足につながると思うんです。

    ────部署ごとの壁がなく、社内を自由に行き来できるオフィスというのは、ともすると仕事をしているのか遊んでいるのか、けじめがなくなることを危惧して導入を躊躇される企業もありますが、御社でよい効果が出ているのはなぜなのでしょうか。

    岡村 確かに、私も席にはほとんどいませんので「あいつは何をしているんだ」と思われても仕方はないかもしれませんが、そこは信頼関係といいますか、そういうもので成り立っているんだろうなと思います。ですから、本当の意味での自主性がないと、こういったオフィスの設計はできないだろうなと思います。

    濱田 テレビドラマによくあるような、スポーツ新聞を読んで仕事をサボっているような世界は、ここには一切ないですね。風通しのいいフロアだということは、あらゆる目から見られているということでもありますから、そんなことができる環境にはまずないんです。

    また、若手のうちから大きな裁量権が与えられますので、各自の仕事は自分の責任においてしなくてはならない。それを時間内にうまくこなしていこうとすると、サボっている余裕はないというのが正直なところです。でも逆に、それが面白いんですね。指示されてするような仕事ではないので、いろいろと自分の頭の血を巡らせることができる。「コピーとって」なんていわれることもありませんし。面白いですね。

    ────社員のみなさんの表情にも、いきいきとされている様子が表れていますね。

    濱田 入社2年目で、20何万人以上のお客さまに送るダイレクトメールを作成する仕事が任されたりするんですね。もちろん、先輩に相談しながら進めますが、若いうちからこれほどの仕事を任されるのはすごいなと思います。そのダイレクトメールにお客さまからどれくらいの反応があったのかというのを見れば、また次もと、やる気になりますよね。

    確実に、迅速に情報を共有するために、
    生のコミュニケーションにこだわる。

    パソコンの常時使用が許可された部署や担当者以外は、12時から18時の間は自席でのパソコン使用は不可。フロアに設置された『臨時PC机』においてのみ使用が可能となる。

    岡村 フロアに壁がないという物理的なことだけではなく、コミュニケーションでも直接話すということにこだわるのが当社の特徴なのかなと思います。例えば、社員同士がメールでやりとりしていると、西川はよく「直接行って話せばいいじゃない」というんですね。なるべく生で伝えたいという意識がものすごく強いというのを感じます。

    メールの使用を制限する施策も導入していまして、12時から18時の間は原則としてパソコンの使用が禁止されています。対面でのコミュニケーションを活性化させるためにワンフロアのオフィスで働いているのにメールでのコミュニケーションが増えてきて、もともとの目的からのズレを感じるようになったことから導入した施策です。ただし、システム部門や経理など一部の部署や担当者に関しては、『PC使用許可証』を発行していまして、その他の部署も理由や期間を明記して役員に申請し、許可されれば常時の使用が可能ですが、審査のハードルは非常に高くなっています。

    太鼓も、そのための仕掛けの一つです。太鼓が鳴れば、鳴ったということはフロア中が分かりますし、各部署の代表が必ず集められる。これがメールですと、一斉に発信はできても、一斉に認識は取れないんですね。相手がそのメールを開かない限り、情報を共有できないわけですから。

     

    (写真左)オフィスの中央に置かれた太鼓。
    (写真右)太鼓が鳴ると、各部署の代表がすぐに集まり、必要な情報を共有して部署に持ち帰る。

    ────定例で太鼓が鳴る時間があるそうですね。

    岡村 昼と午後の4時から4時半ぐらいの間の2回がそうですね。夕方の太鼓では、翌日の朝一番から認識を取らないといけないことを共有します。インバウンドは朝8時から営業していますので、昼の太鼓で認識を取っても遅いことがあるんです。ですから昼の太鼓では、それ以降の時間、夕方までの間に認識を取らないといけないことを共有します。

    ────定例の時間以外では、どのようなときに太鼓が鳴るのですか。

    岡村 例えば、どこかで台風や地震があったときには即座に鳴ります。関東地方に台風が接近したとしますね。該当地域のお客さまに今当社からお電話するのはご迷惑だと判断したら、「その地域のしおり(顧客カード)は一切抜きなさい」、「その地域のお客さまからお電話をいただいた場合は、気遣いを持って対応しなさい」という情報を一斉に流すわけです。

    何かしらお客さまからお叱りをいただいて、これはすばやく認識を取らないといけないといった場合にも召集がかかります。また当社の商品のことでなくても、漢方薬で何か変わったことが起きたというときには、「再春館は大丈夫?」という声が、必ずお客さまから入るわけです。それに対してどうお答えするかということなど、瞬間的に認識を取らないといけないことに対しては太鼓が鳴って各部署から社員が集まり、また各部署に戻って情報を共有するという流れになっています。

    けれども情報の共有方法が完成されているかというと、そんなことは全然なく、これは今、再春館が抱えている問題でもあるのですが、人数が多くなる中でいかに考えを浸透させていくかということが、難しくなってきてはいるんです。ただし、西川の口からもよく出ることですが、無造作に会社を大きくしたいとはまったく思ってないんですね。考えをしっかり共有できる人数の中で経営ができることが大切なのであって、売上高や社員数の多さに対する重要性を西川はあまり感じていない。規模の拡大を目指して経営をしているわけではないのですが、それでもやはり人数が多くなりますといろんな考え方の人間が増えてきますから、いかに会社の考えをみんなに伝えていくかということについて、これからもいろいろな取り組みを続けていかなくてはいけないと、強く思います。

    ですから、西川は直接社員と対話をしようという意識が強くて、例えばアンケートなどは嫌がるんですよね。直接話して、直接聞いて。そういうところからコミュニケーションが生まれて本当のことが理解できるって思っていますので。本当に、そこは徹底してますね。『統計』というものも、大嫌いですしね。

    お客さまとの会話を記録する『しおり』は手書き。パソコン入力は記録が簡潔になる傾向があるとして、手書きのスタイルにこだわる。

    濱田 商品開発でも、「この声の比率が高いから、それに基づいた商品を開発する」といったことはありませんしね。「それはあくまでも統計でしょう」と。同じ声でも、その背景は違う。統計はそれらをまとめた集約でしかないわけで、一つひとつの声を分解していかないと真実はわからないんです。

    岡村 お客様とのコミュニケーションでも、同じことがいえると思います。例えば、お客さまから「商品の使い方が分からない」というお問い合わせをいただいたときに、その背景がわからないと説明を間違えてしまうんですね。もしかしたら、使用説明書そのものがわかりづらいのかもしれない。とすれば、説明書を改善しないと根本的な解決にはなりませんよね。もしくは、効能、効果をあまり感じていらっしゃらないということであれば、お話をする内容もまた変わってくる。同じ言葉が出たとしても、その言葉が出てきた背景はみんな違うので、その背景を理解したうえでお答えしないと、そのお客さまの悩みは解決できないんです。ですから、いかにお客さまとのコミュニケーションを取るかが重要になります。

     

    2階建ての新本社で上下階を結ぶのは、階段ではなく、立ち止まって情報を見やすいようにスロープ。その途中にはたくさんの掲示があり、商品情報や目標などの情報共有が徹底して行われている。これらの掲示もすべて手書き。情報に温度を持たせるために、『POP隊』と呼ばれる社員が手書きで作成する。

    当たり前のことを地道に継続することこそが、
    本物を生み出す力になる。

    ────オフィスの設計や社員教育、手書きにこだわる『しおり』や社内掲示など、すべては「お客様の満足」のためのお取り組みだということが、本当に一貫されているのですね。

    岡村 でも、特別な何かをしているということではないんです。当り前のことを、当たり前にやっていくことが一番大事だと思います。商いの本来は、お客様に買っていただいたことに、どれだけ感謝ができるかということ。その当然のことを、いかに根付かせるかがすごく大事なんだろうなと思うんです。

    といっても、それを短期間でなし遂げることは難しくて、直接のコミュニケーションを大事にする、お客さまの満足がなぜ大事なのかということをきちんと説明する、そういったことに時間を使わないと、根づかないんだろうなと思います。

    ────当り前のことをやり続けるのは非常に難しいことですが、御社ではなぜそれができるのでしょうか。

    岡村 西川自身が、本当にそう思っているということが大きいと思います。うわべやカッコよさで言っているわけではなく、本当に『ありたい姿』を目指したいと思っている。そして、「そういう仲間になろう」というメッセージを社員に送っている。だから私たちも「やろう」という気になるんですね。

    ────研修でも、「人としてのあり方」に関わる教育をされている印象を受けました。

    岡村 そうですね。社員と話をするときも、社員が色々と悩んだときのアドバイスとして、「誰のためにやりたいのか、主語は誰なのか。迷ったときにはそれを考えなさい」と言いますし。本当に単純なんですよ、西川は。「お客様のためになるかどうか」ということしか言いませんから。もちろん経営者ですから、売上や利益も考えていますが、お客さまの満足がなければ売上は絶対にあがらない。そのことをいつも言っていますね。

    ────『お客さま満足』という、本当にそこ1点なんですね。

    岡村 他社の話もまったくしませんからね。『競合』という言葉も聞いたことがないですし。

    濱田 「あそこがこんな商品出したからうちも出すぞ」みたいな話も、まったくしたことがないですね。

    ────御社が大事にされていることを、改めて一言でいっていただくと、何になるのでしょうか。

    岡村 やはり、『人間力』と言えるようにならないといけないんだろうなと思います。当社が目指しているのは瞬間的な売上ではなく、お客さまに長くお付き合いをしていただける関係。地道に長くお付き合いいただける会社になるためにはどうすればよいのかということを、常に考えています。そうしたときに大事になる要素は、やはり『人』なんですね。

    どれだけ商品が良くても、お客様のお悩みにきちんとお答えしたいという気持ちがない限りは成り立ちません。もちろん商品に対する思いや品質、安全性も大切ですが、他にも素晴らしい商品を出している同業他社はたくさんあります。その中で、この会社だったら一生付き合っても間違いないと思っていただけるかどうかは、社員一人ひとりの『人間力』に関わってくるんじゃないかと思います。ここ数年、売上げが右肩上がりできているのはなぜかという話になったときにも、西川は「それは人が成長していることの表れだろう」と言っていました。

    ですから、人の育成に力を入れることが大事なんですね。さきほどお話したようないくつかの仕掛けをしていますし、これからは、それを途切れさせずに引き継いでいくやり方をきちんと考えないといけない。人の育成は一瞬でなし得るものではありませんし、極端にいうと30年後の社員は今とはまた変わっているわけです。けれども、方法論には時代の流れがあったとしても、根本の考え方は絶対に変わらない。本物じゃないと、ロングセラーは生まれないし、会社も長く続けていけないですよね。商品であれ、人であれ、会社の対応であれ。本物だけしか生き残れない。それは強く思います。

    ────ありがとうございました。

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