OBT 人財マガジン

2008.05.14 : VOL45 UPDATED

この人に聞く

  • 学習院大学経済学部
    教授 内野 崇先生

    変化の時代を生き抜く「ヒトと組織の変革」とは(中編)

     

    組織の改編やリストラ、人事制度の改革など、さまざまな企業においてさまざまな手法で変革が試みられています。しかし、それらの変革が成功する確率は必ずしも高いとはいえません。変革がうまくいかないとすれば、それはなぜか。何が変革成功の原動力になるのか。研究と実務の両面から企業変革に携わってこられた、学習院大学経済学部教授 内野 崇先生に伺ったインタビュー3回シリーズの中編をお送りします。

  • TAKASHI UCHINO

    1951年生まれ。東京大学大学院博士課程を経て学習院大学教授に就任。主たる専門は経営組織論。組織学会理事。研究・教育に携わるかたわら、10数年にわたりエネルギー関連、商社、薬品、電器、IT、金融等の大手および中小企業を対象に、特にCI、戦略、組織改革、人事制度、給与制度等を中心にコンサルティング業務に従事。92年から96年にかけては学校法人学習院企画部長として21世紀計画の策定および、改革本部長として実際の学校改革にも従事する。著書に「変革のマネジメント(生産性出版刊)」、主要論文は「企業文化とその改革」「組織革新の動向」ほか多数。

  • 職場とヒトの劣化をもたらした構造とは

    ────長時間労働が慢性化して働く人々が疲れているということに、気づき始めている企業も増えてきたように思います。

    「ワーク・ライフ・バランス」を掲げる企業も、このところ増えていますからね。これも働く人達の怒りと悲しみと絶望が噴き出た結果なのだろうなと思います。「よくもこんな状況で耐えてこられましたね」という職場はたくさんありますからね。

    では、なぜ職場とヒトの劣化は起こったのか。いくつかの環境変化がその背景にあると、私は考えています。

    1つは、ある種の「株主至上主義─利益至上主義」が広がって、短期的に利益を挙げなくてはならないというプレッシャーに企業経営がさらされているということ。また、「グローバル化」による国際会計基準の導入で、企業はさまざまな情報開示を求められるようにもなってきました。さらに、「IT化」や「スピード化」にも対応しなくてはならない。「環境保全」や「安全・安心」を求める機運も高まり、社内外のさまざまな「多様性」や「複雑性」の増大への対応もあるでしょう。

    そうした中で、確かに企業の業績は右肩上がりに回復してまいりました。しかしその一方で、個人の幸せ、やりがい、充実度は減っているのではないかというのが、我々の仮説です。

    そう感じる事実はいくつかありまして、先日、ある企業の社員に残業時間の長さを聞いたところ、1カ月で240時間だと言うんですね。240時間といえば、土日はほぼ全日休日出勤、平日も毎日午前様でしょう。ご家族のいる人でしたから、「お子さんと話もできないでしょう」と言ったところ、「いや先生、大丈夫です。夜の8時になったらEメールでやりとりしてますから」と言う。悲しい話ですよね!

    加えて「どう改善すべきか」と聞いても、「仕事が忙しいのは仕方がないので、プロジェクトが終わったら2、3日休暇をもらえればいい」と、その程度の要求しかない。これは異常です。人間は辛い状況が続くと麻痺して痛みが分からなくなるといいますが、まさに同じことが職場で起こっているのではないでしょうか。

    このようにして仕事が増える一方で、l0年前と比べると給与は7%程度減っているというデータもあります(※)。企業が生み出した付加価値は、内部留保を除いて株主・経営者・従業員の3者に分配されるわけですが、株主への配当はこのところ増える傾向にありますし、経営者もそれなりに報酬を取っている。唯一減っているのが、従業員の給与なんですね。

    ※国税庁の統計によると、雇用者の平均給与(1年以上勤続者)は平成9年の467.3万円を最高に下がり続け、平成18年は434.9万円。ピーク時から7%減と、個人所得の低下が進んでいる。

    この理由としてよく言われるのは、正社員比率が下がったということですが、よく見てみると理由はそれだけではなくて、成果主義が広がってから給与が上がらなくなってきているんです。成果主義が導入された当初は、みんな「自分はデキる」と思っていたのが、実際には給与は下がらないまでも、ほぼ横ばい。管理職にいたっては、むしろ下がった人が多い。

    こういう現実の中でワーク・ライフ・バランスが失われ、大切な雇用保証も崩壊しました。また、組織のフラット化・柔軟化によって仕事がプロジェクト単位でなされるようになってきたことでマネジャーには人を育てる余裕がなくなり、OJTも難しくなっている。企業の現場は、ミドルマネジャーに過重な負担がかかる構造に陥っているのです。

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    内野氏は職場とヒトの劣化を生む主たる原因として、以下の「11の困難」を指摘している。
    [個人・仕事]
    1. 際限のない仕事の密度と量の拡大
     i) リストラ、省力化の進展
     ii) スピード化の進展
     iii) IT化による処理すべき情報増大
    2. しっくりこない人と仕事の関係の頻出
     i) ワーク・ライフバランスの崩壊
     ii) 不本意な仕事・報われない仕事の増大

    [職場・会社]
    3. 組織フラット化、縦割り化とブラックボックス化
    4. 一貫性のないクルクル変わる方針・施策の横行
    5. コンセンサスの過度の重視
    6. 意思決定の遅延─なかなか上が意思決定しない、してくれない
    7. 行き過ぎた成果主義
    8. 雇用保証の崩壊

    [リーダーシップ]
    9. トップマネジメントの機能麻痺
    10. 組織のフラット化、柔軟化、短期化の中で
     i) ミドルリーダーに過重な負担増と疲弊
     ii) 人材育成に対する関心と志向が急減─OJTの困難
    11. 仕事中心の強制型のドライなリーダーシップの横行
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    職場とヒトの劣化がもたらす「9つの不幸」

    ────企業社会全体が、職場とヒトが劣化するような構造に陥っているということでしょうか。

    そう。そして、その帰結として「不幸な現実」のスパイラル連鎖が職場で起こっています。やりがいがない、やらされ感がある、成長の実感がない、忙しい、メンタルヘルスが悪化する、職場の人間関係がぎくしゃくする...。

    これにリーダーシップの劣化が重なるともう最悪なんですが、こういったことが実際に起きているのが現実。みんなそれに目をつぶっているところがあるんですよ。

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    内野氏は、職場が劣化した結果として、以下の「9つの不幸」が起こっていると指摘する。
    1. やりがいのない仕事
      ミスできない辛い仕事の連続で
      やらされ感が増大
    2. 成長実感がない
    3. 多忙感、疲弊感
    4. メンタルヘルスの悪化とメタボ化
    5. ストレス耐性の劣化、胆力、気概の低下(個人の脆弱化)
    6. 人間関係に亀裂が入り、職場のギクシャク感と閉塞感が高まりうまくいかない
    7. 評価・報酬に納得がいかない
    8. 組織と会社の一体化に亀裂が入り、信頼感が揺らぐ、疎外感の広がり
    9. リーダーシップの劣化
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    個人の幸せを犠牲にした組織の繁栄は長続きしないというのが、組織論の定説です。確かに会社の業績は右肩上がりに伸びてきました。しかし、職場とヒトは確実に劣化している。この状況が進行すると、ある時点を境に会社の業績も下がり始めるでしょう。いよいよ、そのギリギリのところにきているのではないかと思います。

    ────この深刻な状況は、どのようにすれば打開できるのでしょうか。

    1つヒントがあります。それは、人間は信じるに足る未来と仲間がいれば生きられるし、元気がでるということなんですね。

    少し話が脱線しますが、国境なき医師団(※1)というNGOの日本支部で活躍をしておられた貫戸朋子さんという方が、旧ユーゴスラビアの紛争地帯、ボスニア・ヘルツェゴビナで活動したときの話を聞いたことがあります。「食糧事情はものすごく悪くて、薬もない。けれども、現地では自殺者が1人もいない。ところが、わが日本に帰国してみれば、毎年3万人以上の日本人が自殺している。これはショックでした」と(※2)。

    ※1 1971年にフランスの医師グループによって作られた非営利団体。貧困、紛争地域を中心に医療援助活動を行う。1999年にノーベル平和賞を受賞。
    ※2 警察庁の統計によると、年間の自殺者数は1998年に3万人を突破。以来、毎年3万人を超える自殺者が報告されている。

    この違いは何だろうと貫戸さんが現地でヒアリングを進めたところ、自殺しない条件が2つあることが分かったそうです。1つは、信じるに足る未来があるということ。もう1つは、仲間がいるということ。人間が生きていくには、この2つが必要なんですね。

    これに似た話を、ある精神科医からも聞いたことがあります。人間はどういうときに自殺するのかと尋ねたところ、「未来に絶望し、かつ孤立無援になったときに人は死の引き金を引くことが多い」と。逆に言えば、未来が見えなくても仲間がいれば生きていける、仲間がいなくても信じるに足る未来があればどんなに厳しい状況も乗り越えられるということです。

    日本の会社は、そういったことについて根本的に考え直さなくてはいけないところまできているのではないでしょうか。

    組織の再生とはミドルマネジャーの再生である

    では、どうすればいいか。職場を再生する鍵は、やはりミドルマネジャーの存在だろうと思います。それを裏付けるデータがありまして、ビジネスパーソンに対してモラルサーベイ(従業員の意識調査)を実施したところ、「会社の未来や戦略、業績といったマクロ変数には不安を感じているけれども、現場のリーダーはよくやっていると思う」という結果が出たんですね。

    これが何を意味するかといいますと、「道路の状況が悪くても、ドライバーの運転技術が良ければ乗り切れる」ということなんです。これはいちるの望みで、ミドルマネジャーのリーダーシップは、やはり非常に大切だということです。現場のリーダーがしっかりしているということと、信じるに足る未来があるということ。この2つが組織を変革するときの、基本的な条件なんですね。

    ────しかし現実には、ミドルマネジャーの再生、組織の再生という問題は先送りされることも少なくないように思います。経営者はどのように舵を切り直すべきなのでしょうか。

    「株主・顧客・働く人々」の3者のバランスを、常に考えるということですね。しかし、それにはコストがかかります。組織の膿を出して、未来に対して投資するためには、短期的には業績が下がることもありますから。そこを覚悟することが、経営者には必要だと思いますね。

    ────変革の初期には業績が悪化することもある、ということでしょうか。

    そうです。例えば、最近で言えば東芝がHD DVD事業から撤退しましたね。撤退に伴って数百億円の損失が予想されていますから、会社の業績は短期的には下がるでしょう。通常でいえば、株価が下がる事態ですね。しかし、私は撤退発表からの1週間、株価の動きに注目していましたが、東芝の株価は下がりませんでした(※)。選択と集中に徹して、早めに撤退の判断を下したことが評価されたわけです。

    ※HD DVD事業からの撤退が発表された2008年2月19日をはさんだ前後1週間の、東芝の株価の終値(平均)は、発表前の2/12~2/18は772円、発表後の2/19~2/26は808円。株価はむしろ上昇した。

    ところが現実には、株価ばかりを気にしてその場しのぎの対策に始終している経営者が少なくありません。これは先ほどの寓話でいえば(前編参照)、金の卵ばかりを気にしてガチョウの体力が落ちてきていることに気づいていないということです。

    でも、株主はガチョウの体力が落ちているのをちゃんと見ていますから、「そんな会社の株は買わないよ」となるわけで、株価ばかり気にしていると株価は下がる。面白いパラドックスですよね。むしろ株価は気にしないで、「場の広がりのバランス」と「時間の広がりのバランス」、この2つを考えながらどっしりと構えていけば、株主も顧客も社員も必ず理解するんです。

    ────2つのバランスを取るには、やはり「未来」があることが前提になるのでしょうか。

    そうです。ところが今は、ビジョンや未来像が完全に浮いてしまって、現場が信じていませんね。先日もある会社を訪ねたら、そこの管理職が「当社には未来像がない」と言うんです。その会社は上場企業でしたから、「そんなことはないだろう。社長がいつもビジョンを語っているじゃないか」と返したのですが、そうしたら「いや先生、あれはIR用ですから」と(笑)。

    「トップが変わるたびに、ビジョンがコロコロ変わる。そんなものを信じていたら、仕事なんかできませんよ」というのが本音だろうと思うんです。そういう職場は、やはり元気がなくなりますね。信じるに足る未来がないわけですから。

    そうしたときに、未来を信じられるような職場に変えていけるのは誰かというと、やはりそれは現場のミドルマネジャーなのだろうと思うのです。経営層は、ちょっと雲の上。現場もきついかもしれない。けれども、「あの部長がいるから頑張るんだ」とかね。そういう魅力的な人材が組織の真ん中にいなくなってきていることが、日本の会社の最大の危機だと言えるのではないでしょうか。

    ですから、課長や部長、部門長といった人たちの人間力も含めて、リーダーとしてどうあるべきかということを、企業はもう一度きっちりと考えなくてはいけないと思いますね。国境なき医師団の貫戸さんもまさに同じ指摘をされていまして、「ボスニアには地域、地域に、魅力的なリーダーがいた」とおっしゃる。これはすごく大事なメッセージで、職場の再生とはミドルマネジャーの再生なんです。

    仲間をきっちりと作り、未来を信じられるような職場に変えていく。これが本当のマネジメント力であり現場力です。このことを、もう一度やり直さなくてはならないということが、私が最大に申し上げたいことですね。

    会社を未来志向にし、変革を成功させうる組織を作り上げるには、魅力的なリーダーの存在が欠かせません。では、どうすればミドルマネジャーを再生し、変革リーダーを輩出できるのか。後編では、ミドルマネジャーの育成と評価について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  変化の時代を生き抜く「ヒトと組織の変革」とは(後編)

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