OBT 人財マガジン

2009.07.22 : VOL72 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社壱番屋
    代表取締役社長 浜島 俊哉さん

    世代を超えて続く企業の法則(前編)

     

    景気の波、顧客や消費者のニーズの変化、競合の台頭、経営者の世代交代......事業にはさまざまな環境変化がつきまといます。それらにどう対処するのか、変化は企業の真価を問う試金石でもあります。時の試練に耐え、世代を超えて繁栄し続けるには、何が必要なのか。2002年に創業者から経営を継承し、3代目経営者として株式会社壱番屋を率いる代表取締役社長 浜島俊哉さんに伺いました。

  • 株式会社壱番屋 http://www.ichibanya.co.jp/

    1978年創業。1982年設立。カレー専門店「カレーハウスCoCo壱番屋」を中心に、あんかけスパゲッティ専門店「パスタ・デ・ココ」、カレーらーめん専門店「麺屋ここいち」などを国内外に展開する外食企業。ロイヤリティを徴収しないFCシステムを構築するなどのユニークな経営で右肩上がりの成長を続け、2004年には東証・名証二部に上場。翌2005年には、東証・名証一部に上場。現在は、ハワイ・中国・台湾・韓国・タイにも出店し、『世界のココイチ』に向けて快進撃を続けている。
    企業データ/資本金:15億327万円、従業員数/776名(平成21年5月末)、店舗数/国内 1,176店、海外29店 (平成21年5月末現在)

    TOSHIYA HAMAJIMA

    1959年生まれ。1980年、『カレーハウスCoCo壱番屋』に従事、1982年に壱番屋の法人化に伴いグループ企業である壱番屋店舗運営株式会社に入社。1983年に株式会社壱番屋に移籍。1990年株式会社壱番屋中日本本部長、92年取締役全国統括本部長、96年取締役店舗運営本部長兼全国統括部部長、98年専務取締役店舗運営本部長兼全国統括部長、2000年代表取締役副社長を経て、2002年6月代表取締役社長に就任。

  • 責任を与え、結果を出せばさらに引き上げる

    ────社員の方々の主体性を重んじながら、聖域を設けずに変えるべきは変える。それが、企業としての『時計を作る(前編参照)』ことにつながるのですね。

    そうです。そこにおいては『やりたい人がやる』という原則を貫くことが大切です。例えば中国進出の際には、「行きたい」と手を挙げた課長に、上海1号店を任せました。冗談交じりに「片道切符だと思えよ」と言って送り出したのですが、それくらいの気概で行った人間だから、中国進出を成功させることができたわけです。

    新業態の展開やメニュー開発なども、「やりたい」という者がいれば、いつでも任せます。結局のところ、人を育てるのは仕事なんですよ。責任を与えて、結果を出したらさらに上のポジションに引き上げる。それを繰り返していくしかないんです。

    私やほかの役員クラスも、そうして育ってきました。当時の代表である宗次に「こういうことをしたい。させてください」と言って、結構自由にやらせてもらってきたわけです。「その代わり、責任は取ります」と言ってね。そうやって、一人で二役も三役もこなしながらやらなければ、会社が回らないという事情もありました。

    今は時代も変わって、若い人がそういった経験をできなくなってきていますが、やりたい人間が自己申告できる制度をいずれは作りたいと考えています。「自分はこういう仕事がしたい」「次は違うステップを踏みたい」というのを会社が審査して、意欲のある者には機会を与える。これができれば、それこそ主体性のある組織になりますよ。

    といっても、全員がそうなるのは無理な話。20代、30代、40代と、それぞれの世代に何人かいれば十分です。実際、私は全国を回って現場で働いている人たちとコミュニケーションをとっていますが、30代に2人、20代に1人、そういう社員がいますね。「私が次の社長をやりますから、それまで社長でいてくださいね」といってくるのがね。「だったら、もっと努力しろよ」と私も言うのですが(笑)、やはりそういうことを考えている人間は、同年代と比べて頭が1つ、2つ、上に出ている。日ごろの動きからして違いますね。

    ────行動を変えるには、まずは意識を変えることが必要なのですね。

    そう。一人ひとりが自覚を持つことです。周囲からどんなに言われたところで、本人に自覚がなければ動きは変わりませんからね。その意味では、私はもう自分の退任を視野に入れています。当社は65歳定年なのですが、私は43歳で社長になりましたので、定年まで務めれば22年間になる。そんな長期政権をしいたら、会社はおかしくなりますよ。ある程度のところで、次の世代に引き継ぐことを今から考えて、幹部を育成していかなければならないと思っています。

    負のエネルギーがプラスに転換するときに、人は成長する

    ────創業期の試練をご存知ない世代の方々に自覚を持っていただくには、どうすればよいのでしょう。

    先ほどからお話しているように、意欲のある者に機会を与えるということと、もう一つ、マイナスエネルギーがプラスに転換するときに、人は成長するということがあります。企業でいえば、降格人事。これが、一番効果がありますね。まさに私が、当社の降格人事第一号でしたから(笑)。

    ────お店を一軒、潰されたそうですね。

    そう、21歳のときのことです。7店目にあたる『カレーハウスCoCo壱番屋 尾西起(びさいおこし)店』の店長を任されたのですが、業績が伸びず、半年で閉店することになってしまった。そこで降格人事の対象になったわけですが、「どうして俺が降格になるんだ」という気持ちが、ものすごくあったんですね。「今に見ていろ、このままでは終わらないぞ」と(笑)。

    ────その後に大型店のオープン店長を任されたときには、大成功を収められたと伺っています。

    運もあったと思いますが、降格人事を経験していないもう一人の自分が任されていたら、あそこまで頑張ることはできなかったかもしれないとも思いますね。あの経験があったからこそ、自分は何をすべきかをものすごく考えましたし、降格から学んだことがその後の私のマネジメントのベースにもなっているんです。

    ただ、降格人事が効果的だといっても、あまり年次を重ねてからでは本人へのダメージが大きい。やるなら、30代から40代のころが一番いいと思いますね。といっても、やみくもにやるものではありませんが、停滞しているなと思ったら、思い切って降ろしてやるのも方法だと思いますね。

    ────実際に、降格人事の実例はあるのですか。

    ありますね。先月、新しい期を迎えましたが、カムバックした人間が何人かいますし、逆に落っこちた人間もいます。みな、今お話したように、30代から40代の社員です。悔しさやコンプレックスといったマイナスエネルギーが、「今に見ていろ」というプラスに転換されると、ものすごく強いエネルギーになる。見ていると、這いあがってくる人間は伸びますよ。一様にね。

    外食産業の本質は、『ホスピタリティー』にある

    ──── 一方で、外部環境に目を向けますと、このところの経済状況を受けて、さまざまな業界で価格競争が激しくなっています。この風潮をどうご覧になりますか。

    他社はどうであれ、低価格を追求することは当社の哲学ではありません。お客さまが減ったから値下げするというような価格の決め方ではなく、提供する価値に見合った適正な価格をいただく。それがビジネスなのではないでしょうか。

    その意味ではお客さまからの声も、『お応えできるもの』と『お応えできないもの』は区別していますね。社長になってすぐ、品質保証部を立ち上げると同時に、お客さまサービスセンターも社長直轄組織で作ったのですが、ここにはアンケートハガキだけで年間に約60万枚、Eメールも含めると63万件近いお客さまからの声が寄せられます。

    店舗の入り口にスロープを設ける、化粧室にオムツ替え用シートを備え付けるなど、お客さまの声から実現したものは数多くあります。お応えすべきご要望には、その声がどんなに少数であってもお応えしたいと考えていますが、逆に、当社のミッションとは相いれないご要望にはお応えできません。

    ────具体的には、どのような要望が寄せられるのですか。

    例えば、当社とは業態の違う他の外食チェーンさんと比較して「同じ価格にしてほしい」といったものなどですね。業態や提供するメニューによって、かけている原価も手間も違いますから、当然、価格も違ってくるわけです。

    壱番屋がお客さまに提供するのは、トータルの『食としての価値』。先ほどもお話したように、その『価値』に見合った適正な価格をいただこうということです。では、『価値』とは何か。社内には常々、『V=(Q+S+C+A+G)÷P』なんだよという話をしています。

    Vはバリュー(価値)、Qはクオリティ(品質)、Sはサービス、Cはクリンネス(清潔さ)、Aはアトモスフェア(雰囲気)、Gはグッドウィル(信頼)、そしてPがプライス(価格)です。『Q、S、C、A、G』をすべて足して価格で割ったものが価値なんですよ。むやみに価格を下げるのではなく、分子である『Q、S、C、A、G』を高めることで、価値を創造しようと。社内には、そのことをいつも言っています。

    ────外食産業全体を見れば、低価格競争が進んでいるにも関わらず、外食する人が減っているという皮肉な現象も起きています。消費者に応える『食』のあり方が、改めて問われているともいえるのでしょうか。

    自分の好みをよく知ってくれている行きつけの店で、「今日のおススメは?」などと話しながらする食事には、価格の安さだけを求めたりはしませんよね。払った料金以上の価値を感じれば、いい食事をしたと思うでしょう。結局は、そういうことなんです。究極の例は、飲み屋さんですよね。

    ────「あの店のママに会いたい」と(笑)。

    そう。「あの店のあの人に会いたい、癒されたい」というね。その感覚が外食店でもできないだろうか、ということなんです。「あの店のおばさんはいつも元気で、行くとかまってくれるんだよな」とかね。それがあるべき姿。外食産業の本質である『ホスピタリティー』に磨きをかけることが、我々の至上課題です。

    ────チェーン展開であっても、各店が個性を持つことが大切なのですね。

    そうです。もちろん、店舗数が多ければ、購買コストやオペレーションコストが下がりますから、いい経営ができるわけですが、経営と店の運営はまた別ですからね。店を運営するのは人。人がすべての鍵を握っているのです。

    ────ありがとうございました。

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