OBT 人財マガジン

2009.09.09 : VOL75 UPDATED

この人に聞く

  • ユニ・チャーム株式会社
    執行役員 グローバル人事総務本部長
    経営監査部参与、お客様相談センター担当
    秋田 泰さん

    経営施策の浸透・実効は"徹底度"で決まり、
    徹底するプロセスが強い組織を作る(前編)

     

    2002年からの10年間で海外売上を5.7倍に引き上げ、この20年で企業価値を最も高めた企業の一社として評されるユニ・チャーム。2003年、独自の経営手法『SAPS(サップス)経営モデル』を導入し、戦略実行力の強化、コミュニケーションの活性化、人財育成などのあらゆる面で成果をあげているが、これは一朝一夕に為し得たものではない。同社では『SAPS経営モデル』の全社的導入までに3年をかけ、完全な定着には「まだ何年もかかる」と秋田氏(執行役員グローバル人事総務本部長:取材当時)は語る。多くの企業では新たな経営施策を導入しても成果が上がるまで辛抱が効かず、途中で止める、違う施策に入れ替える等の果てに、実効があがらない上に組織も脆弱化している。ユニ・チャームの事例は「経営施策の浸透・実効は愚直なまでの"徹底度"で決まること」そしてその「徹底度が強い組織を作る事」を我々に示唆している。

  • ユニ・チャーム株式会社 http://www.unicharm.co.jp/

    1961年設立。「女性が生活の中で感じる不安や不満を少しでも解消したい」という思いを出発点に、生理用品メーカーとしてスタート。生理用品分野で培った不織布・吸収体の加工・成形技術を核に、ベビーケア(子ども用紙オムツなど)、ヘルスケア(高齢者向け排せつケア用品など)、クリーン&フレッシュ(ホームケア・キッチンケア用品など)、ペットケアなどに事業分野を拡大する。すべての事業を貫くのは、創業の精神を受け継ぐ『快適な生活を支援する』という思い。その事業は今やグローバルに広がり、設立した海外法人は21社。製品は世界80カ国以上に提供されている。
    企業データ/資本金:159億9200万円、従業員数/978名(グループ合計6,904名、2009年7月現在)

    YASUSHI AKITA

    1957年生まれ。1979年、ユニ・チャーム株式会社に入社。営業本部、マーケティング本部を経て、1999年人材開発部長兼総務担当部長、2001年に執行役員に就任。同年、秘書室長兼人材開発部長、02年経営マネジメント部長、04年内部監査室長、07年グローバルSAPS人材開発部長を経て、09年4月グローバル人事総務本部長に就任。

  • 社是を実現するための『原理原則』を、明文化して共有

    ──── ユニ・チャームといえば、組織の隅々にまで浸透している3つの『DNA』──『尽くし続けてこそNo.1』、『変化価値論』、『原因自分論』が有名です。これらは、どのようにして生まれたものなのでしょうか。

    DNAの前提になるものとして当社には3つの社是があり、社是を実現することが、当社が存在する理由だと考えています。社是を実現するには原理原則が必要になりますので、創業者である高原慶一朗(現会長)が蓄積してきたものを明文化しようということで、1986年に『ユニ・チャーム語録』というものを作りました。収録されている語録は、全部で235。その中から、特に重要な3つを選び出したものを『DNA』と呼んでいるのです。

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    (参考1)ユニ・チャームの社是
    1. 我が社は、市場と顧客に対し、常に第一級の商品とサービスを創造し、日本及び海外市場に広く提供することによって、
    人類の豊かな生活の実現に寄与する。
    1.我が社は、企業の成長発展、社員の幸福、及び社会的責任の達成を一元化する正しい企業経営の推進に努める。
    1.我が社は、自主独立の精神を重んずると共に、五大精神の高揚に努め、誠実と和協を旨として、全社員協働の実をあげる。
    (ユニ・チャームの企業サイトより http://www.unicharm.co.jp/corp/rinen/index.html)
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    (参考2)ユニ・チャームのDNA
    ●尽くし続けてこそNo.1
    常に最高の満足をお客様にお届けできるよう、尽くし続けてこそナンバーワンになれる。また、ナンバーワンの責務として前人
    未踏の満足を創造し続ける必要がある。そのためには、全社員の英知と行動力を結集してベストを尽くし続ける必要がある。
    ●変化価値論
    変化こそ新しい価値を生む。自ら変化することによって自分自身が成長し、その結果、業績成果が上がる。変化を価値が
    生み出されるレベルまで高めなければならない。
    ●原因自分論
    物事の原因と責任は全て自分にある。いつも人の話しを素直に聞き、問題が発生した場合も自分の非力さを原因に求め、
    他に責任を転嫁しない。原因を自分に求めることにより失敗の教訓に生かすことができ、人は成長する。
    (ユニ・チャームの企業サイトより http://www.unicharm.co.jp/corp/history/03.html)
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    ────235もある語録から、どのようにして3つを選ばれたのですか。

    語録は、大項目としては6つに分かれます。具体的には、『経営戦略/自己開発/組織開発/仕組み開発/UTMSS(アトムス)/U-AMET(ユーアメット)』の6つ。『UTMSS』は、『ユニ・チャーム トータルマネジメントストラテジックシステム』の略。『U-AMET』は、京セラの『アメーバ経営』を参考にまとめた項目になります。

    その中から、『尽くし続けてこそNo.1』と『原因自分論』は『自己開発』から、『変化価値論』は『組織開発』から選びました。さまざまな経営資源の中で、最も大切なのは『ヒト』。『DNA』も『ヒト』や『組織』にまつわるカテゴリーから選んだということです。

    ────『ユニ・チャーム語録』には、高原慶一朗会長のお言葉だけでなく、他社の経営システムを参考にしたものも含まれているのですか。

    ええ。高原会長の考えがベースにはなっていますが、すべてを自分たちでゼロから作ったわけではないんです。『U-AMET』は京セラから学ばせていただいたものですし、『UTMSS』はトヨタ生産方式を勉強してまとめたもの。そのほかの項目にも、他社や大学の先生方がお考えになったフレームを参考にしたものが多くあります。

    DNA継承のための変革(1) 上下のコミュニケーション変革

    ────『ユニ・チャーム語録』の初版を作成されたのが1986年のこと。これによって原理原則を社内で共有してこられましたが、2001年に高原豪久・現社長が経営を継承されたときには、企業風土に課題をお感じになっておられたと伺っています。

    当時はどちらかといえばトップダウンで、何をするにも数人の経営幹部で決めるという状況がありましたね。現社長になってからは、『共振の経営』と社長はよく言うのですが、一人ひとりの社員が自分で考えて行動する『自立型の社員』を育てることに、より一層注力するようになりました。

    ────『変化価値論』、『原因自分論』といったDNAは、『自立型の社員』を育むことにはつながらなかったということでしょうか。

    『変化価値論』といっても、どちらを優先するかという話になると、やはりトップダウンが優先された部分があったということです。副作用として、社員の中に『指示待ち』の体質も見られました。

    その状況を打破するために、まず行ったのがコミュニケーションの変革。具体的には、トップからの情報発信の頻度を高めました。当社はトップメッセージを非常に大事にしていまして、現会長が社長の時代は毎月1回、社内に向けてメッセージを発信していたのですが、現社長になってからはそのサイクルが毎週になっています。

    毎週月曜日の朝、海外の拠点もつないで行われるSAPS経営会議の冒頭で、約20分ほど社長がスピーチを行い、参加する約300人の経営幹部が、社長の話を直接聞きます。そのときに必ず3つのDNAを含めた235の語録のどれかが引用されますので、語録をどう解釈すればいいのかということを理解する機会にもなっているんです。

    その後、幹部クラスは自部門に戻ってミーティングを開き、社長の言葉を受けて感じたことを、自分の言葉で咀嚼して部下に伝えることが決まりになっています。例えば、『原因自分論』といわれても社員はピンとこないと思うんですね。それを、どんな場面でどう活かせばいいのか、一つひとつかみ砕きながら、組織の末端まで伝える仕組みを整えたということです。

    ────原理原則の意味がわかれば、自分なりの応用ができるようになりますね。

    そうです。単に原理原則を教えるだけでなく、実際の仕事でどう活用できるものなのかということを、それこそ何度も何度も、いろいろな例を出しながら、くり返し伝え続けることが大切なんです。

    DNA継承のための変革(2) 部門間のコミュニケーション変革

    さらに最近では、部門間のディスカッションも活発に行われるようになりました。その発端となったのが、上述の月曜日のSAPS経営会議です。そこでは各部門長が持ち回りで、自部門の課題とその解決策を発表することになっているんです。現在、どのようなことを手がけていて、どんな課題を抱え、それを解決するためにどのような手を打とうとしているのか。その発表を聞いて、その他の同席者がアドバイスをする。そんな会議を毎週行っています。

    ────過去には、そういった会議は行っておられなかったのですか。

    していませんでしたね。この会議を行うようになったのは、ここ5年ほどのことです。私などは、取締役会に同席しますので他部門の事情も比較的理解しやすかったのですが、中には他部門の話を聞いてもピンとこなかった人もいたのではないかと思います。例えば、生産部門の人が営業の話を聞いても、よくわからないことも多いでしょうしね。しかし、今はお互いの事情に精通していますから、何かのときには協力し合えるような関係がかなりできてきているように思います。

    ────具体的に効果が生まれたものもありますか。

    ありますね。例えば、商品開発一つとっても、より多くの人が協力するようになりましたから、開発スピードは相当速まりました。商品開発だけでなく、何をするにもスピードは確実に速くなっています。

    ────コミュニケーションが活性化することによる影響は大きいのですね。

    大きいです。1人の知恵よりも2人、2人よりも3人で考えたほうが、よりよいものができますからね。さらに部門を超えて話し合うことで、視点もおのずと変わってきます。例えば、営業はAという商品を売りたいのだけれど、Aの生産ラインはすでに生産キャパシティが一杯で増産ができず、製造側としてはBという商品の営業に力を入れてほしいと思っているという状況があったとしましょう。

    それに対して、各自の都合を主張しているようでは部分最適の発想しかできていないわけですが、今はお互いの事情がわかっていますから、営業側から「ではBに重点を変えて営業しよう」といった、全体最適を考えた話が出る。そんな流れに変わってきています。

    こういったことは、語録の中にも『三人文殊』というものがありまして、以前から言われていたことではあるんです。しかし、「他部門とも話し合いましょう」と言われても、実際には営業と生産が話し合うといったことは、なかなか実現しませんでした。それが、毎週月曜日の会議を始めたことによって、部門長間のコミュニケーションが生まれ、実際の仕事の場でも部門を超えたやりとりが行われるようになってきたのです。

    DNA継承のための変革(3) 「SAPS経営」の導入

    ──── 一般には会議は面倒なものであり、前向きな議論が活発に起こる会議というのは少ないようにおもいます。御社の会議が、知恵を出し合う場になっている秘けつはどこにあるのでしょうか。

    月曜日のSAPS経営会議を皮切りに各部門でのミーティングと一連の会議が開かれますが、これらは『SAPS(サップス)経営システム』という経営手法の一環として行っているものです。社内では『週次SAPS会議』と呼んでいますが、そこで発表するのは、各自が最優先に取り組まなければならない課題。うまくいっていることは、発表しない決まりになっているんです。

    週次SAPS会議では、アドバイスする側にもルールが決められています。『PNIルール』といいまして、Pは『Pleasure(プレジャー)』の略。まずは、相手を褒めるということですね。ルールには「褒めまくる」とありまして、最初に褒め言葉を必ず言わなくてはいけない。Nは『Negative(ネガティブ)』の略ですが、批判するということではなく、「こんな風にしたらもっとよくなりますよ」という、前向きなアドバイスをするということです。最後のIは『Interest(インタレスト)』の略。相手に興味を持つということですね。そして、最後は必ず発表者をやる気にさせて終える。このようにして、アドバイスの仕方も決めてあるんです。

    ひと昔前なら。例えばマーケティングは「営業の努力が足りない」、営業は「マーケティングの販促が悪い」と、互いに非難し合うようなこともありましたが、今はそういった話は基本的には出てきません。

    ────できなかったことを発表しても責められないのであれば、マイナス情報も安心してオープンにできますね。

    ええ。そうしてお互いの事情がわかれば、前向きなアドバイスができるという好循環も生まれますしね。また、ベースには『原因自分論』というDNAもありますから、今抱えている課題は自分たちの問題であるという発想が最初にくる。これも大きいと思います。例えば、われわれメーカーが気になることの1つに在庫の問題がありますが、仮に余剰在庫を抱えたとして、それを取り上げる場合は、生産側は「生産計画に販売データを十分に反映させなかったことがいけなかった」という発表をする。営業側は「営業力が至らなかった」という発表をする。まずは発表の段階で、自分たちが改善できる点を出しあうんです。

    すると聞いている側も「いや、自分たちにもこういう反省点がある」ということになり、「お互いにもっとこうしていこう」という前向きな話に発展する。SAPS経営モデルの仕組みとDNAが相まって、こういったいい流れが生まれているように思います。

    SAPS経営モデルを導入したことで、さまざまなプラスの効果が生まれていると、秋田さんは言います。SAPS経営モデルとは、具体的にはどのような仕組みなのか。後編では実際の運営方法や、仕組みの根底に流れる思想について伺います。

*続きは後編でどうぞ。
  経営施策の浸透・実効は"徹底度"で決まり、徹底するプロセスが強い組織を作る(後編)

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