OBT 人財マガジン

2010.12.22 : VOL106 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社菱食
    代表取締役社長 中野 勘治さん

    「経験」や「実績」で改革は実現できない。
    必要なのは「柔軟性」と「リスクテイク」(後編)

       

    「10年後、菱食が生き残るために何をすべきか」という課題に取り組んだ「トップガン・プロジェクト」。メンバーとして白羽の矢がたったのが35歳までの中堅社員だ。なぜ、この世代なのか、当時社長の中野氏の話をまとめると理由は大きく分けて3つある①日本経済が成長してきた時代を第一線で走ってきた幹部職を変えることは難しい②下から突き上げることで、タテ社会を壊す③会社とは自分たちで作り上げるもの、ということを理解する母集団形成。現状を否定し、新たな領域に踏み出す時、経験や実績はむしろ弊害となりうることが多い。改革に必要なのは会社の現状をきちんと見つめ、自己否定を受け入れる柔軟性と、解決に向けてリスクテイクできる姿勢である。(※社名は当時)
    (聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)

  • 株式会社菱食 http://www.ryoshoku.co.jp/)1925年設立。1979年に、北洋商事株式会社、野田喜商事株式会社、新菱商事株式会社(本社 大阪)、新菱商事株式会社(本社 東京)の4社が合併し、株式会社菱食として発足。他社に先駆けて独自の基幹情報システムを開発し、小分け流通加工専用の物流センターを開設するなど、IT化や物流の効率化に取り組み、20期連続増収増益という偉業を達成する。1995年に東証二部、1997年に東証一部に上場。しかし、連続記録が2006年度に途絶え、これを機にビジネスモデルを刷新する大改革に着手。三菱商事系食品卸4社の経営統合に向けた協議も開始し、全食品を網羅し、生活者視点を持つフルライン卸への進化を目指す。
    企業データ/資本金:106億3029万円、従業員数/2377人(2009年12月現在)、売上高/1兆3847億円(2009年12月期連結)

    KANJI NAKANO

    1939年生まれ。1962年に日本冷蔵(現ニチレイ)に入社。「中高生のお弁当」シリーズや「洋食屋さん」シリーズなど、数々のヒット商品を手がける。1993年に常務取締役、1995年に専務取締役に就任。2003年に菱食とニチレイの合弁会社、アールワイフードサービスの代表取締役社長に就任。2006年に菱食の代表取締役副社長、2008年に代表取締役社長に就任。

  • 消費不振の原因の一つは、消費者発想にある

    ────中野社長は、「消費者」ではなく「生活者」という表現を使われます。この言葉には、どのような意味があるのでしょうか。

    「消費者」というのは、大量生産・大量消費の時代に、モノだけを消費する人を指した言葉です。しかし、モノがあり余る時代になって、人々は自分で生活を設計する力を持ち始めました。だから「生活者」なんです。生活者は、単に安くて大量にあるということだけでは買わなくなった。「もっと違うものを」と、意思表示を始めたわけです。そこに気づかないから物が売れない。今の消費不振の原因の一つは、消費者発想にあるんです。

    ですから、われわれ卸は変わらなくてはいけない。単なるモノを仲介することを私たちは「集物型流通」と言っていますが、これは20世紀の話。これからは、「創造型流通」の時代です。商品を決めるのが生活者のライフスタイルだとすれば、それを一番身近に知ることができるのはわれわれです。マーケティングをもっと科学的にし、売り場をもっと科学的に分析していこうじゃないかと。これが私たちの主張です。このことが、会社の体質を変えることと同時に進んでいるんです。

    ────卸売業のお立場から生活者にアプローチをするというのは、今までにない発想ですね。

    なぜそれができるかと言えば、私たちはあらゆる業態に接しているんです。小売、中食、外食、すべての業態に接している。その接点を私たちが翻訳して、メーカーやリテールにお伝えしていこうということです。

    情報は縦ではなく、ヨコに流れる

    そしてもう1つ、「川上」「川下」という言葉がありますね。メーカーが一番上で、下にリテールサイドがある。モノを中心とした縦社会です。ところがユビキタス社会が何を起こしたかというと、これは私の持論ですが、縦を横に変えたんです。なぜか。情報というのは、縦には流れません。横にしか流れないんです。ビジネスも当然、その情報を中心に横の関係になりました。そして、高度な機能と機能の交換になってきたわけです。

    交換には潤滑油が必要です。そこで私は、フードコーディネートという機能(※)を社内に導入しました。私が社長になると同時に、まったく売上予算を持たない40数名からなるフードコーディネート本部という部署を作ったんです。

    ※生活者のライフスタイルの変化を捉え、求められている商品やサービスをパートナーと対等の立場で協力しながら生み出す機能。これまでは廃棄していたものを新たに食材として開発するなど、新しい発想で活動を展開している。

    最も恐いのは、今のユビキタス社会では、生活者が一番情報を持っているということです。それも興味があることに関する情報は、専門家並みに持っている。この手強い相手に、われわれは商売をしなくてはいけないわけです。だから私たちは、横の関係になってイコールパートナーとして情報を取り、生活者の変化をつかんでいくということなんです。

    ────こういったコンセプトは、社内でどのように共有なさっておられるのですか。

    日ごろからいつも言っています。私の前で「消費者」と言う者には、「それは違う」と即座に指摘します。私はそのことでは絶対に妥協しませんから。

    ────社員の方々が新しいコンセプトを十分に理解するには、どれくらいの期間がかかるとお考えですか。

    知りません。まだ理解していないかもしれませんし、抵抗があるかもしれませんが、それはたいしたことではありません。私がそう決めて、そのように走るんですから。その世界に入れない人は、脱落していくでしょうね。

    生活者のライフスタイルをつかむ"感性"が、マーケットを動かす

    私がこう言うのも、ニチレイ時代に数々のヒット商品を生み出してきた、私の生活者感覚があるからです。例えば、ニチレイでの私の2つ目のヒット商品。本社の課長時代のことですが、当時、青少年の不良化が問題になり公共広告機構が「青少年諸君、投げたらアカン」というコマーシャルを流しました。近鉄の名投手の鈴木さん(鈴木啓示氏)が出演したCMです。その「青少年諸君」という言葉が、ものすごく私の耳に残ったんです。ちょうど、フジテレビで夕方5時から「夕やけニャンニャン」という番組をやっていて、高視聴率の時間帯に中高生向けの番組が話題を呼んでいた。これを見てよし、と。中高生向けのお弁当を作ろうという発想につながったんです。

    そして思いきって「チンジャオロースフライ」や「エビチリフライ」といったものをぶつけたところ、役員にえらく怒られましてね。「今の時代は、低塩・低カロリーが常識だ。こんなにカロリーが高くて辛いモノが売れると思うのか」と。でも、中学や高校を卒業して30年も40年も経った人に、中高生のことがわかるはずがない。だって、そうでしょう。エネルギーをたくさん採って発散する。そんな年代ですよ。僕はその頃から社会を見て、トレンドを見抜く目があったんです。結局は、この「中高生のお弁当」シリーズが大ヒット。そうすると、マーケットが動き始めるんです。

    これ以前には、醤油味か塩味しかなかったから揚げを、ソースで食べさせる「チキンナゲット」を開発してヒットさせましたし、その後に「洋食屋さん」シリーズを作ったのも私です。有名なフレンチレストランに通っていたような主婦たちが、「あそこのビーフシチューが美味しい」、「ここのクリームコロッケが美味しい」と、決め打ちして洋食屋さんに並ぶようになった。それを見て発想したわけです。これも大ヒットです。ただし、そのために私がどれだけ、海外の視察も含めて、ライフスタイル分析を自分なりに勉強してきたか。このことが土台にありますから、今も何の戸惑いもないんです。

    改革の最大の障壁は、過去の成功体験

    ────改革を実施される中で障壁があるとすれば、それは何でしょうか。

    過去の成功体験ですね。その意味では大変ですよ。20世紀の菱食は、物を売るためにあった会社です。それを、ソフトを売る会社に変えるのだと私は言っているわけですから。生活者のライフスタイルを翻訳して、リテールサイドやメーカーサイドに正しく伝え、新たな需要を作っていく。ドラッカーが言っているじゃありませんか。「企業の目的は、顧客の創造である」と。その礎を作ることは、実に楽しいですよ。

    ────御社は東証一部に上場しておられます。上場企業として、経営の舵を大きく切ることのリスクをどのようにお考えでしょうか。

    ステークホルダーと株主からの信託には、必ず応えなくてはいけません。それは当然のことです。しかし、それ以上の利益が出たら、社員の教育や企業の体質強化に向けるべきだというのが私の持論です。それが、「定量的成長」ではなく「定性的成長」ということなんです。

    そんなことを言いながら今、三菱商事系卸4社の統合(※)に向けて協議を進めています。統合すれば食品卸のトップ企業になるわけですが、そんなことは大したことではありません。創造力と特色のあるカテゴリーで、どういった形で私たちがアズ・ナンバーワンのオピニオンリーダーになり、今までのしきたりを変えていけるか。そのことが目的なんです。日本一の食品卸になる、売上高が2兆円を超える。それは結果であって、目的であってはいけない。僕は、こう言いきっているんです。

    ※菱食、明治屋商事、サンエス、フードサービスネットワーク(以下FSN)の4社が、来年中の統合に向けて協議を開始。4社の売上高を合算すると2兆2000億円となり、現在首位の国分を抜いてトップとなる。優れた物流情報システムを持つ食品卸2位の菱食、酒類卸として100年以上の歴史と文化を持つ老舗の明治屋商事、菓子卸大手のサンエス、ローソンに冷蔵食品を卸し全国網を持つFSNと、それぞれに強みと特色を持つ4社が統合することで、全食品の品ぞろえや売り場づくりを提案する「フルライン卸」が誕生する。

    ────社内の意識が変わってきた手応えはお感じになりますか。

    もちろん、手応えがあるからやっているんです。「あの異邦人は何を言っているんだ」と、もしそんな目で見られるのなら、私はとっくに辞めていますよ。みんなの目が変わっていく。会社が明るくなっていく。その姿を実感しているから、私はリーダーをやっているんです。

    菱食の社員は質が高いんです。その質の高い人たちを、ステージにあげてやることが私の役割です。ステージに立ったら、もう少し大きな場面が与えられます。場面が広がることで、自分の足りないものに気づきます。そして学ぼうとする。その繰り返しではないでしょうか。かつて私自身も、メーカー時代も含めてそういう教育を受けてきたんです。たまたま私は自分で気づいて、自分でステージを作ってきたけれど、気づかない人が大半でしょう。そういう人たちに、気づかせてやることもリーダーの役割なんですよ。

    しかし、当社はまだ改革半ばです。ですからこういった取材を受けて、私の考え方を外へ発表しようと。そして、外から追いこんでしまおうと。こういう手法なんですよ。物議を醸すこともあって広報は慌てますが(笑)、そうでもしないと変わりませんのでね。

    社員からバリアを取り除き、外の世界をわからせる

    ────トップの危機感が社内に伝わらず、「社員がついてこない」と嘆く経営者も多くおられます。現場にうねりを起こし、それを全社の動きつなげ、なおかつ継続していくために一番大事なことは何でしょうか。

    私は昨年、ニュースキャスターの小谷真生子さんの番組に出演したのですが(BSジャパン「小谷真生子のKANDAN」)そのときに「次世代の経営者に何を伝えたいですか」と聞かれましてね。私が即座に申し上げたのは、これからの時代はコミュニケーションがまず大事でしょうと。ただ、コミュニケーションというと、すぐに部下や社内の事を考えるんです。でも、そうじゃない。外の世界とのコミュニケーションが大事なんです。世の中や生活者のライフスタイルの変化といった、いろいろなものを感じ取る。そういう感覚を持たなくてはいけません。「社員がついてこない」と言うのは、社長が上から目線でしか見ていないんです。

    ────経営者の視線が内向きになっていることに問題があると。

    そうです。「俺はこう思っているのに、社内はちっとも変わらん」と。そんな上から目線で、変わるわけがない。「討議をしよう」といいながら、自分の言葉通りに操るためにやらせていたりね。そうじゃないんですよ。社員からバリアを取り除いて、外部の世界をわからせなくてはいけないんです。その結果、どの方向に行くかはわからない。経営者の意図とは違うところに走ってしまうかもわかりません。そんな危険も構わずに、やらせなくてはいけないんです。

    そして2つ目に必要なのは、感性です。リーダーになる人には、これがなくてはいけない。感性は天与のものだと言う人もいますが、違います。確かに僕は感性が強い。でもそれは、好奇心なんですよ。あらゆる物事に好奇心を持つことなんです。例えば、朝の通勤の道を変えてみる。すると、ああ、ここの道端に花が咲いているな、と。そういうことから季節を感じ取る。身の回りには刺激的な物事が、絶えずたくさんあるじゃありませんか。それをどう自分のリトマス試験紙に反応させて、感性を磨くか。すべては、好奇心なんです。

    さらに、それだけでは十分ではありません。もう1つ必要なのは、いつも考え続けるということ。会社に来た時だけスイッチをオンにしているようでは、絶対にダメです。そうしたら、小谷さんが言いましたよ。「そんなことをしていたら疲れませんか」と。もちろん疲れます。ですから、そういった日常の中で、非日常の場をどう作るかが大事なんです。僕は、気障なことを言うようですがニューヨークが大好きでしてね。メーカーにいた時代から、何かあるとポンとニューヨークに行くんです。そうすると、組織とも何とも関係ない、まったく違う自分が出てくる。いくつになっても、そういう自分を持っていたいと思いますね。

    社長だからそんなことができると言う人がいるかもしれないけれど、普通の生活の中でだって、温泉に行ってみる、あるいはハイキングをしてみる。何かいつもとは違う非日常の時間を持ったときに、違う自分を見つけるはずです。

    ────日本人は遊び下手だと言われますが、遊ぶことも大切なのですね。

    大事なことです。自分を解き放つということはね。そもそも仕事というのも、決められた枠の中でやっていてはダメなんです。20世紀型卸の時代の菱食は、恐らく、型にはめられた中で最大の効果を出そうとしていたんです。しかし、21世紀型のビジネスはもっとクリエィティブなものです。われわれは"ソフト"を売るんですから。"モノ"は後からついて来るんです。われわれ自身がワクワクしなくては、お客さまがワクワクするわけがない。そんな思いでやっています。

    ────創造的な改革のあり方を教えていただいたように思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

  • 聞き手:OBT協会  伊藤みづほ

    OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。

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