OBT 人財マガジン

2011.06.22 : VOL118 UPDATED

この人に聞く

  • 日本理化学工業株式会社
    取締役会長 大山 泰弘さん

    「人を仕事に」ではなく、
    「仕事を人に」あわせて生産性を高める逆転の発想(後編)

     

    チョークの製造で国内トップシェアを誇る日本理化学工業では障害者雇用を推し進め、社員の7割以上が知的障害者だ。しかしながら同社はそれをハンディキャップとしていない。製造工程を工夫することで他社に劣らない生産性をあげ、社員の幸福と企業の成長を同時に実現している。「障害者の方々に支えられて今がある」「人のために一所懸命にやっていると多くの人が応援してくれる」大山会長はこれ迄の道のりをこう振り、「利他の経営」が企業存続の秘けつであると語る。社員があって為される仕事か、仕事のためにいる社員か―何を重視するかによって企業の在り方は大きく変わる。(聞き手:OBT協会 伊藤みづほ)。

  • [OBT協会の視点]

    「幸せになりたかったら、まず、人を喜ばすこと勉強しなさい」──これはイギリスの詩人、M・プリオールの言葉です。自分の幸せしか考えられない人は、結局のところは幸せになれない。相手のことを第一に考えて行動すれば、結果は自分に返ってくる。人の幸せの道を「利他の精神」に見出すこの言葉は、企業経営にも当てはまるのではないでしょうか。真のリーダーに求められるのは、人に尽くす精神や、他人の幸せを自分の喜びに思える感性。この資質を持たない人がリーダーになると、組織の歯車が狂い始め、現場が疲弊し、不祥事といわれるような間違いが生じます。日本理化学工業の大山泰弘会長が貫かれているのも、まさに「利他の経営」。これを「きれいごと」と見るか、「真理」と受けとめるかによって、今後の自社のありようが見えるインタビューです。

  • 日本理化学工業株式会社 http://www.rikagaku.co.jp/
    1937年設立。石膏チョークが主流で教師に肺結核が多かった日本で、初めて炭酸カルシウム製チョークの国産化に成功。衛生無害なチョークとしてシェアを伸ばす。1960年から知的障害者の雇用に取り組み、1975年に全国初の心身障害者多数雇用モデル工場を開設。1981年には北海道美唄市にも同モデル工場を開設。これが縁となり、北海道立工業試験場との共同研究によって世界的にも稀なホタテ貝殻を再利用したダストレス・チョークを、2005年に開発。同年、粉がまったく出ない固形マーカー「キットパス」を早稲田大学と共同開発。幼児教育などの分野にも販路を拡げる。長年に亘る障害者雇用が評価され、労働大臣賞や企業フィランソロピー大賞社会共生賞など受賞歴も多数。
    企業データ/資本金:2000万円、従業員数/74名(2011年5月現在)

    YASUHIRO OHYAMA

    1932年生まれ。父が設立した日本理化学工業に、1956年、大学卒業と同時に入社。病身の父の後を継ぎ、1974年に社長に就任。2008年から現職。1960年から障害者雇用に取り組み、障害者雇用割合70%を実現。その経営姿勢が評価され、2009年に渋沢栄一賞を受賞。 著書に「働く幸せ」(WAVE出版刊)、「利他のすすめ」(同)。

  • 知的障害者の雇用は「四方一両得」

    ────御社では、人を仕事にあわせるのではなく、仕事を人にあわせることで、知的障害者の方々がいきいきと働ける職場を実現しておられます(前編参照)。一方で、利益をあげることも企業の命題ですが、この2つをどのように両立されているのでしょうか。

    「両立」ということではなく、労働力をいかに効率よく活用して生産するか、私が考えるのはこの1点です。障害者を雇用していて大変だから、経営が成り立たないというわけにはいかない。少しでも効率よく生産するというのが、企業の宿題でしょう。

    ────雇用しているのが健常者であれ、障害者であれ、企業活動に違いはないということですね。

    障害者は、働いて役に立つことに幸せを感じます。企業は、事業である以上は彼らに役に立ってもらわなくてはいけない。この共通点があるから彼らも成長し、企業も努力して発展します。しかし今の社会では、職業訓練を福祉施設で行いますね。そこに私は、社会のムダがあると思うんです。

    知的障害者を20歳から60歳まで福祉施設でケアした場合、1人あたり約2億円の社会保障費がかかると言われています。日本理化学は障害者雇用を続けて50年、60歳を過ぎた社員が5人もいます。それだけで10億円分の社会貢献になっているそうで、こうした取り組みが評価されて、平成21年に第7回渋沢栄一賞を受賞しました。それまでも労働大臣賞などはいただいていましたが、経済的な貢献にもなっていたとは、私自身も驚きました。

    ベルギーには、企業が障害者を雇用すると、最低賃金額を国が助成してくれる制度があります。日本でいえば、最低賃金は年額にして150万円前後。施設でケアすれば40年で2億円、年額500万円の社会保障費がかかります。つまり、雇用を促進して最低賃金額を助成すれば、国は社会保障費を抑えられるのです。障害者は収入を得て自立でき、働くことで「究極の4つの幸せ」(前編参照)も味わえますから、意欲が湧いて成長します。そういった人財が中小企業で育ったら、企業体質の強化にもつながります。

    ────障害者の方々を受け入れるにあたって、製造工程や業務フローを見直すことが、企業体質の強化につながるということでしょうか。

    そうです。なぜそれができるかといえば、日本には「職人文化」があるからなのです。あるとき、ハンガリー人のジャーナリストが「日本には『職人文化』があるから、文字が読めない人もこうして戦力として活躍しているのですね」と、素晴らしい示唆を与えてくれたんです。欧米のマニュアル文化は、文字が読めることが前提です。しかし日本理化学では、砂時計を使うといった工夫で(前編参照)、知的障害者が働いています。それを「職人文化」といってくれた。

    となると、そうした職人文化を受け継ぐ日本全国の中小企業が働く場を用意できる仕組みをうまく作れば、知的障害者が自立できて働く喜びを得られますし、親御さんも助かるでしょう。企業は経営体質を強化でき、国は社会保障費を抑えられます。これを私は、「四方一両得」と言っているんです。このことを一人でも多くの方々に知っていただくことも、日本理化学の役割だと思っています。

    人間には、役に立てることを喜びと感じる本能がある

    そういう意識でいると、いろんな情報がタイムリーに入ってくるんですね。ある雑誌でたまたま読んだのですが、東京都立駒込病院脳神経外科の篠浦部長(篠浦伸禎氏)の説によると、人間の脳には「動物脳」と「人間脳」があるそうです。動物脳には本能や情動に関する機能が集まり、人間脳は知性や論理を司る。周囲の役に立つことに喜びを感じるのも、人間脳の働きだそうです。このことは「人を育てる」ということを考えるうえで、大変貴重な情報になりました。

    ────周囲の役に立つことに快感を覚えるのは人間だけ、そしてその性質は誰にでもあるということですか。

    そういうことです。

    ────しかし実際の職場では、「ここが足りない」と至らない点ばかりを指摘されることが多くあります。自分が何かに役立っているという実感や、働く喜びを感じられなくなっている人が増えているように思うのですが・・・。

    人はみな人間脳を持っているという前提でコミュニケーションを取れば、相手を見る目も変わるのではないかと思いますね。相手の理解が悪いとすれば、その人の人間脳を目覚めさせるこちらの努力が足りないということ。そう思えば、人のせいにはできませんよ。

    食堂には社員それぞれの目標が貼られている。スローガンは「まわりの人に役立つ成長をしよう」。「時間を守る」「パウダーの計量を間違えないようにする」など具体的な目標を掲げることで、成長意欲を引き出している。

    「利他の経営」が、企業を永続させる

    ────経営的に厳しい時期もおありだったと伺っています。知的障害者の方々の雇用を守りつつ、どのようにしてそういった局面を乗り越えられたのでしょうか。

    「守りつつ」ではなく、「助けられつつ」ですよ。本当に困ったことがあるのは事実です。例えば、モデル工場(※)をスタートさせたときには「簡単に作れるチョークだから、障害者を大勢雇用できるのだ」と、日本理化学はこう言われていたんです。そこで、チョーク以外もできることを示そうと、東京青年会議所を通じて知り合ったパイオニアの松本さん(三代目社長・故松本誠也氏)に、「何か仕事を発注してもらえませんか」とお願いしたところ、ビデオカセットの組み立てを任せてくださった。一時はチョークよりも売上高が多い事業に育ちました。ところが、カセットはベータ規格でしたから、数年後の「ビデオ戦争」の影響で生産が激減してしまったんです。

    ※昭和50年に国の心身 障害者多数雇用モデル工場第1号として川崎工場を開設

    そのときは大赤字を出しましたが、ビデオカセットの仕事の後は、取引先が「こんな仕事がありますが、やってみませんか」と紹介してくれました。また、モデル工場を作ろうという時、今の取引銀行である三菱銀行(現・三菱東京UFJ銀行)が応援してくれました。この銀行とのご縁も、不思議なつながりです。モデル工場の建設費用1億2000万円の融資を信用金庫から断られて困っていたときに、たまたま取引先を開拓していた三菱銀行の人が訪ねてきましてね。経緯を話したら、支店長にかけあって融資を引き受けてくれたのです。取引実績がゼロだったにも関わらず、です。そうしてつなぎ、つなぎでやってきたわけです。

    「カンブリア宮殿」に出たときに、村上龍さんがこう言ってくれました。「障害者を支え人を幸せにしていることが、ブーメランのように返ってくるんですね」と。その通りだと思いますね。人のために一所懸命にやっていると、多くの人が応援してくれる。それによって企業が永続できるのだと思うんです。

    ────2005年には粉がまったく出ない新商品「キットパス」を開発され、販路を広げておられます。ホワイトボードの普及でチョークの需要が減少する中、新しい市場の開拓に成功された秘けつは何だったのでしょうか。

    ホワイトボードマーカーは粉が出ないといいますが、チョークに比べれば少ないけれども、実際は少しは黒い粉が出ます。ですから、粉がまったく出ないチョークを作らないとマーカーに負けてしまう。そこで長年、研究開発に取り組んでいたんです。

    しかし、当社の技術力だけでは難しいので川崎市に相談したところ、産学連携の助成金制度を活用してはどうかと助言していただきましてね。早稲田大学の先生が、「障害者雇用に取り組む会社ならば協力したい」と応援してくださって、キットパスを開発することができたのです。

    ホワイトボードはもちろん、ガラスや鏡など表面が滑らかなものであれば、何にでも描くことができます。これも偶然の発見で、従業員が試作品でガラスに落書きしたんですね。注意したら、慌ててぬれた雑巾でサッと消した。それで、ガラスや鏡にも描いて簡単に消せることがわかったんです。

    しかも、これは子育てに役立つ商品です。子どもを外で安心して遊ばせられる場所が減っている今の時代、キットパスがあれば、外の景色を見ながら窓にお絵描きができるでしょう。木々の枝が風で揺れている、小鳥の声が聞こえると、五感を刺激できる。

    ────そこまで考えて開発されたのですか。

    とんでもない。やはり偶然の発見です。日本初の知的障害児教育施設をつくられた曻地先生(福岡教育大学名誉教授 曻地三郎氏)が、3歳までに五感を刺激すると障害の程度が改善される可能性があると言われているのを、たまたま読んだ本で知りましてね。キットパスはガラスに描けるのだから、白い画用紙に描くよりはずっと五感を刺激します。そこで学校やオフィスなどの従来の販路に加えて、幼児用教材としての可能性も追求しようと考えたのです。

    偶然がこうも続くと、何か仕組まれたみたいでしょう。神様は、誰かの役に立つことをする人には必ず報いてくれる──「神様なんかを当てにして」と言われそうですが、そういうことをもっと信じてもいいのではないかと思います。信じたほうが、結果としてうまくいくように思うんです。

    ────しかし私も含めて、そうしたことを信じる勇気がなく、目の前の損得で判断してしまう人が少なくないように思います。

    でも、人には「人間脳」があるわけですからね。役立つことをしている人は、みんなの支えが得られるんですよ。当社に視察に来られたある経営コンサルタントの方は、「これからは、地域社会にどれだけ貢献できるかが企業永続の条件だ」とおっしゃっていました。私は現実に、こうして周りの応援をいただきながらやってきましたから、そのことを実感しますね。

    同社の食堂の窓にも、キットパスで絵が描かれている。社員は誰でも自由に描くことができ、自分たちがどのような商品を作っているかが実感できる。

    「働く」とは、人のために動くこと

    ────その一方で、職場で疲弊し、働く幸せを感じられなくなっている人も多くいます。企業や人はどのようにすればこの現状を変えられるでしょうか。

    人間の究極の幸せは、人に愛されること、人に褒められること、人の役に立つこと、人から必要とされること。この4つであると、禅寺のご住職が私に言われましたが(前編参照)、これは人間が幸せになるための道を説いたものでもあると思いますね。人間はみな、愛されることを求めています。そのためには、まずは褒められることをして、自分の存在を周りに示さなくてはいけない。次に周りの役に立つことをして、必要とされるようにならなくてはいけないんです。

    今の若い人はどうかすると、幸せがくるのを待っているようなところがありますね。そうではなく、自分から動かなくてはだめだということです。

    ────「生活のために働く」のではなく、「自分の幸せのために働く」というように、働く側も意識と行動を変えなくてはいけないということですね。

    「働」という文字は、日本で作られた国字だそうです。「人」と「動」が組み合わさってできているこの文字は、神社の宮司かお寺の僧侶が作ったのではないかと思うんです。禅寺のご住職に教えられた「究極の幸せ」は、まさに「人のために動くこと」でしょう。それが、「働く」ということなんですよ。

    工場見学にくる小・中学校の子どもたちに「働くってどういうことか知っていますか」と聞くと、「はい!」とみんな手を挙げて言うのは、「会社に行ってお金をもらうことです」(笑)。だから、こう話すんです。「ただ来るだけでは、会社はお金をあげないよ。働くとは、人のために動くことだよ」と。文字の成り立ちと一緒に説明すると、みんな働くことの意味をわかってくれますよ。

    ────働くとは、人のために動くこと。とてもシンプルですべてが集約されている表現ですね。最後に一つご質問させてください。大山会長にとって日本理化学工業はどのような存在でしょうか。

    宿命、ですね。やむを得ず父の後を継いだわけですが、日本理化学に入ったから、それもチョークだったから、今の私があるのだと思います。振り返ってみれば、大学受験がうまくいかなかったり、思うような道は歩めませんでした。日本理化学の社長にも、渋々なりました。けれども、そのことで一番教えられたのは、逆境の中でも自分を最大限に活かす努力をするということです。

    チョークの市場規模は決して大きくありませんが、そこで障害者雇用に取り組んでいたら、世の中がそういうことに注目するようになって、本当に不思議なくらいにさまざまな応援をいただきました。これは単なる運やツキではなく、人の幸せのために頑張っている人は神様が応援してくれるということなんですよ。

    ────しかし、天の応援をアテにする気持ちがあったのでは、事はそのようには運ばなかったのではないかと思います。大山会長ご自身が、懸命に努力なさられたからこそではないでしょか。

    でも、それも自分の幸せのためにやっているわけでしょう。人間は、人の役に立つことが幸せなんですから。そして、それをみんなが応援してくれる。こんないいことはありませんよね(笑)。

    ────何のために働くのか。今日お話を伺って、私自身も働くことの意味を改めて考えたいと思いました。貴重なお話をありがとうございました。

    正門横に建つ「働く幸せ」のブロンズ像。障害者雇用に取り組むきっかけとなった禅宗の住職の言葉に寄せる、大山会長の思いが刻まれている。
    「導師は人間の究極の幸せは、人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、人から必要とされること、の四つと云われた。
    働くことによって愛以外の三つの幸せは得られるのだ。
    私はその愛までも得られると思う」

  • 聞き手:OBT協会  伊藤みづほ

    OBTとは・・・ 現場のマネジャーや次世代リーターに対して、自社の経営課題をテーマに具体的な解決策を導きだすプロセス(On the Business Training)を支援することにより、企業の持続的な競争力強化に向けた『人財の革新』と『組織変革』を実現している。

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