OBT 人財マガジン

2012.03.14 : VOL135 UPDATED

この人に聞く

  • 株式会社日本M&Aセンター
    代表取締役会長 分林 保弘さん

     

    成長戦略としての「M&A」を考える(前編)

     

    歴史的な円高、人口の減少、国内産業の空洞化──日本経済に大きなダメージを与えているこれらの難局は、「すべてチャンスである」と日本M&Aセンターの分林会長は断言します。同社は、中堅・中小企業のM&Aに特化する、独立系コンサルティング会社です。国内で生き残り、世界で戦える会社をつくるには、他社との合併や連携が有効であり、昨今の経営環境の激変はM&Aを検討するきっかけと捉えるべきだといいます。今、M&Aの世界では何が起こっているのか。企業の成長につなげるためには何がポイントになるのか。分林会長にうかがいました。(聞き手:OBT協会代表 及川 昭)

  • [及川昭の視点]

    日本経済に占める中小企業の割合は、非常に高く製造業においては、全企業の中で99.4%を占め、雇用面でも75%、生産高でも約50%を占めている。
    然しながら、日本経済の土台を支えている中小企業の倒産は、10,000件を超えておりこれによって雇用基盤も大きく揺らいでいる。
    これと共に、後継者不在にあえぐ中小企業は65%を超えており、今回ご登場頂いた分林さんが率いる日本M&Aセンターは、日本の中小企業が生き残り、成長していくための道筋をつけているといえる。

    聞き手:OBT協会  及川 昭
    企業の持続的な競争力強化に向けて、「人財の革新」と「組織変革」をサポート。現場の社員や次期幹部に対して、自社の現実の課題を題材に議論をコーディネートし、具体的な解決策を導き出すというプロセス(On the Business Training)を展開している。

  • 株式会社日本M&Aセンター http://www.nihon-ma.co.jp/
    1991年に全国の公認会計士・税理士が共同出資して設立。「企業の『存続と発展』に貢献する」ことを理念に掲げ、中堅・中小企業の友好的M&Aに特化したM&A仲介サービスを展開。創業以来の成約件数は1500件を超え、なかでもM&Aによる事業承継の支援で数多くの成功実績を持つ。全国300超の会計事務所、約250の地域金融機関などとのネットワークは、業界屈指の規模。2007年12月に東証一部に上場。
    企業データ/資本金:10億円、売上高:50億800万円(平成23年3月期・連結)、従業員数:92名(平成23年4月28日現在・連結)

    YASUHIRO WAKEBAYASHI

    1943年生まれ。立命館大学卒業後、日本オリベッティに入社。同社会計事務所担当マネージャーを経て、86年に全国の公認会計士・税理士など400人が加盟する日本事業承継コンサルタント協会(現・日本中小企業経営支援専門家協会)の設立に参画。91年に株式会社日本M&Aセンターを設立し、92年代表取締役社長に就任。2008年から現職。2011年に「[最新版]中小企業のためのM&A徹底活用法」(PHP研究所)を上梓。

  • 円高はグローバル化戦略を推し進めるチャンス

    ────日本企業は今、非常に厳しい経営環境に立たされています。この難局を生き抜き、さらなる成長を目指す手段の一つとしてM&Aを捉えたときに、どのようなことが大切になるのか。今日は、成長戦略としてのM&Aについてうかがえればと思います。まず、最近のM&Aの動向についてお聞かせいただけますか。

    日本全体が今後発展するためには、マクロ的にいえば「グローバル化」と「集約化」、この2つしか方策はないと思いますね。

    日本の生産年齢人口は今後年間約1%ずつ減少していきますから、40年後には40%も減ってしまう。このままでは日本企業全体の売上が減少するのは目に見えていますし、労働力が40年間で40%減るということは、国内では工場などを維持できないわけですから、海外に出なければ生きていけない。つまり、一つの手段としてグローバル化に舵を切らなければいけないということなんです。このことに気づいていない経営者が、まだまだ多いように思いますね。

    2011年の日本の貿易収支が31年ぶりに赤字になったということも話題になりましたが、経常収支は黒字でしたよね。ということは、もっと所得収支を増やせばいいんです。海外法人の配当や利子を国内に還元して研究開発に投じ、さらにグローバル化していく。そうすれば日本は発展していきます。

    ただ、事業をグローバル展開するには海外に基盤が必要ですが、ずっと国内でやってきた企業にはそれがない。そこで、M&Aで現地の企業と提携する企業が多くなっているんです。だから、クロスボーダーM&Aを実施するにあたっては、円高は最大のチャンスなんです。海外に工場を出すにしても、海外の企業を買収するにしても、10年前と比べれば4割も安いんですから。

    事実、2011年の日本企業による海外企業のM&Aは件数で634件、金額ベースでは5兆5000億円と過去最高を記録しました(※)。ですから、特に大企業にとっては「経営戦略=M&A戦略」といっても過言ではない時代になったと思いますね。

    ※米調査会社トムソン・ロイター調べ。金額はドル建てで690億4400万ドルとなり、2008年の675億2600万ドルを上回って過去最高を記録。円建てでは08年の6兆9935億円に次ぐ2番目の金額となった。

    ────かつては、M&Aというと日本人にはどうしても抵抗があったと思うのですが、いつ頃から見方が変わってきたのでしょう。

    21年前にこの会社をつくったときは、友人たちに「乗っ取り屋を始めたのか」と冷やかされましたからね(笑)。でも、経営環境の変化に敏感な人ならここ10年、そうでない人でも少なくとも5年ほど前からは、そういったことは言わなくなりましたね。M&Aの仲介をしていると言うと、「いい仕事をしていますね」と、言葉が変わってきましたから。

    グローバル展開には、ローカルの理解が不可欠

    ────しかし、海外企業のM&Aはリスクが大きいというイメージもあるように思います。

    いえ、実際には大手企業の失敗例は非常に少ないんです。なぜなら人をちゃんと派遣しているから。例えば、中国に工場を進出している大手企業はどこも、社員を何人も送り込んで苦労しながらもきちっとやっておられます。

    でも、中小企業は「これからは中国だ」と乗り込んで、現地企業の幹部と「乾杯!やりましょう!」と。勢いはいいけれど、契約書はいい加減なものでね。それで失敗するケースが多いですね。

    ────中国の宴会での「中日友好乾杯!」というあの雰囲気は、「これでうまくいく」と勘違いさせるものがありますね(笑)。

    すっかり親しくなった気になってね。でもそれはとんでもない間違いで、中国はアメリカと同じ契約社会ですから、「信義誠実の原則に則り」なんていい加減な契約は通用しないんです。韓国もそう。日本は島国だから、それがわかっていないんですよ。

    ────とすると、海外でのM&Aを考える日本企業は、何から始めるべきでしょうか。

    僕は、その土地に住んだことがある人間以外は、M&Aをやってはいかんと思っているんです。地元の新聞の斜め読みくらいはできないと、情報が入ってこない。辞書を片手に訳しているようでは、話にならないですよ。

    ────語学力だけでなく、現地の文化が肌でわかることが大切だということですね。

    そうです。例えば、当社の元中国人社員が独立して、上海に日中間の進出支援のコンサルティング会社を設立しました。そこの中国人のスタッフは、日本に住んだ経験のある人しか採用していません。日本人が何を欲しているのか、日本の風土や日本の経営者の性格はどうなのか。そういったことがわからなければ、仕事はできませんからね。

    ────そうした社員が自社にいなければ、現地に派遣して育てるか、現地に精通した人を採用するか。いずれにしても、海外でのM&Aの成功には人財が不可欠ですね。

    それはそうですよ。中小企業は、それだけ人にお金をかけていないことが多い。だからうまくいかないことが多いんです。

    ────国内のM&Aについては、いかがですか。

    国内はやはり集約化です。新日本製鉄と住友金属工業が今年10月に合併しますね。新日本製鉄は1970年代には世界第1位(※)の会社でしたが、今では世界6位。住友金属は世界23位ですから、完全にこの数十年で後れを取ってしまいました。合併はやらざるを得ないということなんです。薬品卸業界なども同様で、昔は約350社の卸会社がありましたが、今では上位4社のシェアが全体の8割以上。実質4社体制です。残りの会社はどこへ行ったかといえば、M&Aで大手のグループ会社に統合されたわけです。この集約化が、もう一つの生き残る道なんですよ。

    ※粗鋼生産量の世界ランキング

    中小企業の後継者不在問題を、M&Aで解決する

    ────では、国内のM&Aもかなり伸びているのではないですか。

    増えていますね。というのは、国内では中小企業の後継者不在も深刻化していまして、それによるM&Aも増えているんです。昨年末に、帝国データバンクがこういう発表をしました。「国内企業の65.9%が後継者不在である」と。41万社を対象にした調査ですから、これはまさに中小企業の現状を示す生データです。われわれも、今期(2012年3月期)の第三四半期までの成約件数累計は79組と、過去最高を記録しました。

    後継者不在にはいろいろなパターンがあります。少子化で息子さんがいない、あるいは息子さんはいるけれども本人に継ぐ気がない、継ぐ気はあっても経営に向かない──そして、もう一つ大きな要因になっているのが、会社の債務を社長が個人保証しているという問題です。その個人保証まで、後継者に引き継げるのかどうかということなんです。

    息子さんに会社を渡したら、会社の借金も背負わせなくてはいけない。世襲はやめて専務や常務を後継者にしたいと思っても、これまでサラリーマンとしてやってきた人に、何千万円、何億円の個人保証ができるのか。難しいですよね。だから、中小企業は親族しか社長になれない仕組みになっているんです。そのことをわかっていない方が、意外に多いんですね。

    ────事業承継と個人保証の問題は、実際に経験してみないとわかりませんからね。

    僕自身は、後継者不在の企業は5割程度かなと思っていましたが、先ほどの帝国データバンクの発表では65.9%だという。実際、年間7万社が後継者不在を理由に廃業(※)しているんです。これは、日本にとって大変な問題です。

    ※2006年版中小企業白書による

    ────それによって、日本経済にさらにブレーキがかかることにもなりかねませんね。

    そうです。ですから廃業ではなくて、大手企業グループの傘下に入るなどの集約化をしていかなくてはいけないんです。廃業した場合は、会社の資産を売っても借入金が返済しきれず、借金だけが残るというケースもあります。しかし、M&Aなら借入金も基本的に譲受企業に引き継がれますから、社長は個人保証から解放される。できる経営者のもとに集約化されれば、業績も伸びる。中小企業にとっても、M&Aは経営問題を解決するための非常に有効な方法なんですよ。

    M&Aの有用性を説く分林会長ですが、そのプロセスは慎重に進める必要があると注意を促します。どのようなことに留意すべきなのか、後編ではM&Aを成功に導くためのポイントについてうかがいます。



    *続きは後編でどうぞ。
    成長戦略としての「M&A」を考える(後編)

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